医療判決紹介:最新記事

No.444「胃・十二指腸潰瘍の手術後、患者が汎発性腹膜炎のため死亡。縫合不全による腹膜炎に対する処置を怠った医師の過失を認めた地裁判決」

岐阜地方裁判所大垣支部平成2年7月16日判決 判例時報1368号114頁

(争点)

医師の過失の有無

※以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

昭和60年9月15日、午前0時過ぎころ、A(当時27歳の男性・鉄道会社勤務)は、上腹部痛のため、△医師が開設する病院(以下、「△病院」という。)を受診し、即刻同病院に入院した。そして、その後の検査の結果、十二指腸に3か所の潰瘍があったため、△医師による手術を受けることになった。

Aは、同月24日、△医師により、胃のほぼ3分の2及び十二指腸の潰瘍ができている部位を切除する手術を受けた。その後、Aの熱は、同月26日に37.6度、同月27日に37.4度、同月30日に37.7度となったことがあったが、それ以外は、ほぼ37度前後であり、脈拍数は、同月26日が114、同月27日、同月28日が80台であったが、同月29日には106、同月30日には100となった。白血球数は同月25日が1万6700と高く(なお、同日から同年10月2日までの間に白血球数を検査したという記録はない。)、同月27日以降しゃっくりが始まり、腹痛もほとんど止むことなく続いていた。

Aの熱は、同年10月1日は38.1度、同月2日には38.5度となり、そのころには眼には黄疸の症状が現れていた。また、同月2日には白血球数が1万9200と異常に高かった。これらの症状から△医師は、同月1日ころには、Aが手術に起因する腹膜炎を起こしている疑いを持った。

△医師は、同月3日、Aに対し2回目の開腹手術を行ったが、Aの十二指腸盲端部や、胃と空腸の吻合部、空腸と空腸との吻合部に明らかな縫合不全を発見することはできなかった。しかし、腹腔内、特に十二指腸盲端部および空腸と空腸との吻合部の付近には大量の血液様の膿汁があり、その膿汁には胆汁を伴っているようで、その部分が少し癒着したようになっており、そこに溜まった血液が化膿し炎症を起こして限局性腹膜炎を発症しているものと考えられた。そこで、△医師は、Aの腹腔内に7本のドレナージを行った。

その後、ドレナージによる排膿が逐次あり、同月6日には排膿量も減ってきた。他方、同月4日には、Aは肺の合併症を起こし、胸腔内に水がたまるとともに、肺炎症状をともなって痰がたまったため、胸腔穿刺、胸腔ドレナージ、気管支ファイバーによる気道吸引等が行われた。

Aは、同月9日にいたり、脈拍数が140、呼吸数が45となり、それと同時に腹腔内に入れてあるドレナージから茶色様の古い血液のようなものが大量に排出され、また、大量のタール様の便も排出された。さらに、同日のAの血圧は最大値が84まで低下した。この症状からみて、Aには腸管からの出血があると考えられたため、△医師は、同月10日早朝に輸血を行った。しかし、同日午後4時35分ころ、Aは汎発性腹膜炎のため死亡した。

そこで、Aの遺族である妻および子らは、Aが死亡したのは、△医師の過失があったからだとして、△医師に対し、損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

患者遺族(3名合計)の請求額:
6986万6000円
(内訳:逸失利益4556万6000円+慰謝料2000万円+葬儀費用80万円+弁護士費用350万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
6042万5893円
(内訳:逸失利益3612万5894円+慰謝料2000万円+葬儀費用80万円+弁護士費用350万円。相続人が複数のため端数不一致)

(裁判所の判断)

医師の過失の有無

この点について裁判所は、まず、以下の医学的知見があることを指摘しました。

胃や十二指腸潰瘍の手術に伴う縫合不全は腹膜炎の原因となる。縫合不全の発生とその臨床症状の発現時期は、手術後6日ないし11日が多いとされているが、十二指腸盲端部の縫合不全はより早期からおこり、手術後3日が多いとされている。縫合不全の典型的な臨床症状としては腹痛、背部痛、嘔吐、がんこなしゃっくり、いったん下降していた体温の上昇、脈拍の増加、手術の影響とはみられないほどの白血球の増加等がある。また、胸膜炎、膿胸を合併することもあり、その場合は、胸下部の打診により濁音を呈し、呼吸音は減弱する。縫合不全は重篤な腹膜炎の原因となるため、このような症状が明確になるまで徒らに時間を費やすべきではなく、疑わしい場合には、各種の検査により、積極的にその有無を確かめなければならないとされている。そして、縫合不全の治療方針で最も大事なことは、腹膜炎を限局化させ、縫合不全部からの漏出物を直線的に体外に誘導することであり、そのためには、絶食と胃チューブによる吸引によって漏出物を減少させると同時に、最も有効適切なドレナージを確保し、持続吸引によって漏出物の腹腔内貯留を防ぎ、薬物によって感染を抑えるなどすることが重要であるとされている。

その上で、裁判所は、Aは第一回目の開腹手術の際の十二指腸盲端部における縫合不全により腹膜炎を発症させており、△医師としても、発熱、脈拍数、白血球数、しゃっくり、等のAの症状からして、当然にこれを認識し、ただちに必要な検査を実施してこれに対応した処置をとるべきであったにもかかわらず、これをしなかった結果、腹膜炎を悪化させ、10月3日に二度目の開腹手術を行ったにもかかわらず、その後腹膜炎に起因する穿通性潰瘍により、大量の排液が腹腔内に拡散したための汎発性腹膜炎を発症させたのであるから、この点において、△医師には、診療上の過失があり、△医師の上記過失行為は、Aおよび◇らに対する不法行為を構成するといわなければならないと判示しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2021年12月10日
ページの先頭へ