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No.230「大動脈冠動脈バイパス手術の適否を判断するため、肝機能検査を受けた患者がアナフィラキシーショックに陥り無酸素脳症を発症。大学病院担当医師の問診義務違反を認めて学校法人に損害賠償を命じた地裁判決」

横浜地裁 平成15年6月20日判決 判例時報1829号97頁

(争点)

  1. 本件ICG検査とAPショックおよび心停止発症との因果関係の有無
  2. 医師のAPショック発症の予見可能性の有無
  3. 予診・問診義務及び本件ICG検査回避義務違反の有無

(事案)

X1(当時60歳の男性・家電製品販売修理を目的とする会社代表者)は、平成10年3月8日、学校法人Yが経営するY大学医学部附属病院(以下「Y病院」という)において不安定狭心症と診断され、同日、Y病院に入院(以下「本件入院」という)した。

X1の担当医であるY病院内科勤務のH医師は、平成3年5月に医師免許を取得し、平成9年3月、医学博士号を取得した循環器を専門とする医師であり、本件ICG検査当時臨床経験は約7年であり、ICG検査の経験数も100例近くを有していた。

X1は、昭和49年から昭和55年ころまでの間、正露丸を服用した後、顔面が膨らんで発疹ができ、他院の医師から正露丸アレルギーを指摘されたことがあった。本件入院中には、X1に回診にきたY病院の医療従事者から、薬でアレルギーが出たことがあるかを問われ、X1の妻X2が正露丸で顔が腫れたことがある旨を伝えており、本件入院当初の看護記録にも同様に記載されていた。

なお、X1の娘には喘息があり、このことは、本件入院当初、X2から伝えられ、これも本件入院当初の看護記録に記載された。

同年3月30日、X1の大動脈冠動脈バイパス手術の術式の適否を判断するための肝機能検査として、同日午前8時45分頃、H医師は、X1に対し、ヨード剤(ヨウ素を含有する薬剤)を含有する試薬であるICG(インドシアニングリーン)の静脈注射を行った(以下、本件ICG検査という)。

これが完了した午前8時57分頃、X1が異常を訴え、午前8時59分頃に呼吸が停止し、午前9時9分ころ心停止となった。

X1は、心停止状態になったことにより、脳が無酸素状態となり、脳が広範囲にわたり不可塑的に損傷を受ける無酸素脳症となり、四肢麻痺及びコミュニュケーション障害の状態となり、治療を受けたが後遺障害は全く改善されず、同年4月30日後遺障害の症状が固定した(身体障害者認定1級)。

そこで、X1およびその妻子(妻・X2、子・X3、X4)らが診療契約の債務不履行または被用者たるH医師の過失による使用者責任に基づきY学校法人に対して損害賠償請求をした。

注:本紹介において、「ICG検査」とは、肝機能検査として実施されたヨード剤を含有する試薬インドシアニングリーンの静脈注射を指す。
注:本紹介において、「AP」とは、アレルギー反応であるアナフィラキシーの略称である。

(損害賠償請求額)

患者と妻子の請求額合計:2億462万5869円
(内訳:患者の逸失利益5096万3220円+入院診療費等入院関係費443万2861円+入院付添費293万4000円+将来の入院費等3058万8470円+将来の付添費2729万2218円+患者の慰謝料3000万円+患者の禁治産宣告申立にあたっての精神鑑定費用25万円+弁護士費用1500万円+患者の妻の逸失利益2316万5100円+患者の妻の慰謝料1000万円+患者の子2名合計の慰謝料1000万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:計7711万3388円
(内訳:患者の逸失利益1209万2907円+入院診療費749万7070円+入院雑費222万1700円+入院付添費683万4000円+診断書料3万8850円+将来の入院診療費473万9598円+将来の入院雑費236万9799円+将来の入院付添費631万9464円+患者の慰謝料2600万円+弁護士費用500万円+患者の妻の慰謝料200万円+患者の子2名合計の慰謝料200万円)

(裁判所の判断)

本件ICG検査とAPショックおよび心停止発症との因果関係の有無

この点について、裁判所は、本件IGC検査後にXに生じた一連の症状(気分の悪さ、口腔内不快感、くしゃみ等)及びその経過は、AP反応からAPショックを経て心停止に至る一般的発生機序と符合していると認定し、XはAP反応発症後本件APショックを発症し、本件APショックにより心停止の状態に至ったと判示して、H医師による本件ICG検査とXに発症した本件APショックないし本件心停止との間には相当因果関係があると判断しました。

医師のAPショック発症の予見可能性の有無

この点について、裁判所は、ICG静注によりAPショックが発症する可能性は、ヨード剤過敏症者のみならず、アレルギー体質を有する者にもあり、APショックは即時型免疫反応であるため、同じ反応を示すアトピー性皮膚炎、鼻アレルギー及び喘息などを持つアレルギー体質の者に発症しやすく、また、アレルギー体質は遺伝的傾向があるところ、Xは正露丸の服用による薬剤アレルギー反応の既往歴があり、また、長期にわたって鼻炎で悩まされ、さらに、Xの娘にも喘息があるのであるから、H医師としてはXを含むXの一家一族が何らかのアレルギー体質を有することを確診し得たものといえるとしました。そして、アレルギー体質であれば、ヨードアレルギー体質でもある可能性もあるのであるから、Xに対してヨード剤を含有する本件薬剤を静注することにより、ヨードアレルギー反応であるAP反応、ひいて、APショックを発症することを予見できなくはなかったと判示しました。その上で、ICGの知見を有し、ICG検査の臨床経験多数を有するH医師には、ICG検査によりXにAPショックが発症することの具体的予見可能性があったと認定しました。

予診・問診義務及びICG検査回避義務違反の有無

この点について、裁判所は、ICGは、それに含有されるヨード剤に反応してショックを発症する可能性があり、ヨード過敏症の既往歴のある者に対する使用は禁忌であり、アレルギー体質を有する者に対して使用する場合には、適応の選択を慎重に行い、診断上、ICG検査が必要な場合には、使用に際してショック等の反応を予測するため、十分な問診を行うべきものであると判示しました。

その上で、X及び娘の既往歴ないし症状はアレルギー体質の発症と認めるのが相当であり、アレルギー体質には遺伝的傾向があることからすれば、それがヨードアレルギーであるか否かを事前に確定することはできないとしても、少なくとも、Xが何らかのアレルギー体質を有することは、容易に確診が可能であったというべきであるとしました。そして、アレルギー体質であれば、それがヨードアレルギー体質である可能性も当然にあり得るわけであり、ヨードアレルギー体質であれば、ICGに反応してAP反応等を発症する虞れがあって、その場合には、上記のとおり、ICGが少なくとも慎重投与とすべきものとされるのであるから、H医師としては、本件ICG検査を実施するに当たっては、あらかじめ、Xおよび家族に対し、改めて具体的な問診を実施し、同人らに存する上記既往歴及び症状を確認し(これによりXが永年鼻炎症であることも知り得たはずである。)、Xがアレルギー体質であるか否かを確定すべき義務があったと判断しました。そして、H医師が、本件ICG検査を実施するに当たり、X及びその家族に対し、同人らのアレルギー既往歴及び症状、ひいて、Xにおけるそれを確認すべき問診を何ら実施していないことは、Y学校法人も自認するところであって、この点において、H医師には過失があるというべきであると判断しました。

以上から、裁判所は、上記「裁判所の認容額」記載の範囲で、Xらの主張を認め、病院側に損害の賠償を命じ、判決はその後、確定しました。

カテゴリ: 2013年1月17日
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