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No.497「動脈瘤の疑いから術前検査として患者の同意を得た心臓カテーテル検査につき、明らかな動脈瘤がないことが判明して術前検査としては不必要になったが、医師がその説明をせず、狭心症の確定診断目的で同検査を行ったことにつき、慰謝料が認められた地裁判決」

横浜地方裁判所平成29年2月23日判決 医療判例解説70(2017年10月)号47頁

(争点)

心臓カテーテル検査に関する説明義務違反の有無

*以下、原告を◇、被告を△ないし△と表記する。

(事案)

平成27年12月18日(以下、特段の断りのない限り同年のこととする)、◇(本件入院時69歳の女性)は△センター(独立行政法人である△1が設置管理)の心臓血管外科の外来診療において、心電図検査、血液検査、生化学検査、免疫血清検査を受けた。△2医師(△センター心臓血管外科に勤務する医師)は、◇に対し、総腸骨動脈瘤の疑いがあって、検査入院が必要であり、12月21日に入院、同月25日に退院予定であるが、病状が重い場合はそのまま手術になることがある旨を告げ、「病名」欄に「総腸骨動脈瘤の疑い」、「治療計画」に「検査入院のための入院です」と記載し、「(他に考え得る病名)」欄は空白とする入院診療計画書を示し、◇は遅くとも同月21日までに上記入院診療計画書に署名をした。

医師(△センター心臓血管外科に勤務する医師)は、◇につき、本件入院後の同月21日に血液検査、免疫血清検査、尿一般検査、便検査、肺機能スクリーニング、輸血検査、胸腹部のX線撮影、心電図、一般細菌検査、血圧脈波検査等を行い、同月22日に胸腹部の造影CT検査を行い、同月24日に冠状動脈造影を目的とした心臓カテーテル検査を行う旨の指示を出した。また、△医師は、本件入院時における◇の食事を「N2食」とする旨の指示を出した。

12月21日、◇は△センターに入院し、12時2分頃、△センターの医師から、心臓カテーテル・心血管造影検査に関する危険性及び「検査の必要性及び付随する危険性や起こりうる合併症に関して十分理解された上で、患者様自身の自由意志により検査を受けるか受けないかを決定することができます。検査を受けないことによる不利益を受けることはなく、また一度承諾した後でも、いつでも承諾の取り消しをすることができます。」(本件説明書記載1)、「心臓カテーテル・心血管造影検査を検査の必要性及び付随する危険性や起こりうる合併症に関して十分理解し、私自身の自由意思により心臓カテーテル・心血管造影検査を受けることを同意承諾します」(本件説明書記載2)との記載がある本件説明書を示されて、これに署名をした。

◇は、同日13時15分頃に、△医師の依頼による尿一般検査、血液検査、生化学検査、免疫血清検査、便検査、輸血検査を受けた。

△センターの看護師は、13時30分、◇の「入院時併存病名」として「狭心症」と診療記録に記載した。また、△センターの看護師は、13時30分時点で栄養管理計画は「保留中」とされていたものの、13時31分に、◇の12月21日及び22日の夕食について、「食種」を「N2」、「病名」を「狭心症(加算)」とする指示を出し、夕食に「N2」の食事を提供した。

◇は、△医師の依頼により、13時41分に一般細菌検査を受け、15時29分頃に血圧検査を受け、16時13分頃に血圧脈波検査及び心電図検査を受け、16時18分頃に肺機能スクリーニングを受け、16時59分頃にCR画像を撮影し、17時3分にX線撮影をした。

△センターの看護師は、18時49分、血圧(収縮期)が「160~170と高値」であることから「アムロジピン2.5mg内服開始となる」と診療記録に記載し、◇に内服させた。◇は、遅くとも19時49分の時点で、血圧が高いことを指摘されて、「こんなに高いなんて。言われたことないです。」と発言し、△センターの看護師に対し、症状はない旨を伝えた。

△センターの看護師は、22時以降12月25日にかけて、数時間に1回◇の血圧を測定し、◇に対して血圧が高い旨や、血圧が下がらない旨を伝えて、ニカルピン等を投与するなどにより、◇の血圧コントロールを行った。

12月22日、△医師は、10時32分、△センターの医事に依頼して、診療記録に◇の病名が「狭心症」であると登録した。

医師は、同日16時頃、◇の胸部から下腹部にかけての造影CT検査を依頼し、これに基づいて同検査が実施された。同検査に係る画像診断書の所見欄には、「左総腸骨動脈の拡張と蛇行が目立つが動脈瘤ははっきりしない」、「大動脈には拡張は認めない」、「左下葉に石灰化結節」、「子宮体部後屈と腫大あり。子宮底部に石灰化を認め筋腫の可能性がある」との記載がある。

△センターの栄養士は、17時26分、◇の食事内容を「常食」とする栄養管理計画を作成したが、それ以降も退院に至るまで、◇に「N2」の食事が提供された。

12月23日、△医師は造影CT検査に関し、「CT上明らかな瘤はなし」との所見を診療記録に記載した。

12月24日、△センターの医師は、心臓カテーテル検査を行い、冠動脈に有意な狭窄は認めず、心機能に問題はないとの所見を示した。△らは、心臓カテーテル検査を行うに当たって、◇に対し、12月23日の所見を説明しなかった。

12月25日、△医師は、8時59分に、△センターの医事に依頼して、診療記録に◇の病名が「高血圧症」であると登録した。また、△センターの医事は、同時刻に、◇の「入院時併存病名」として「高血圧症」と診療記録に記載した。

医師および△医師らは、遅くとも9時20分には、「入院中血圧高値でありアムロジピン5mg、オルメテック20mgを導入しています。もともとかかりつけがなく近医での血圧コントロールを含めたご加療の継続をご本人が希望しています。」と記載した診療情報提供書を作成した。

◇は、同日、退院直前の医師面談において、△センターの医師から、明らかな総腸骨動脈瘤が認められなかったと説明されたが、それ以前には、そのような説明は受けていなかった。

◇が、退院後、△センターに手紙を送ったのに対し、△センターの心臓血管外科医長が、平成28年1月14日、◇と面談し、「動脈硬化はかなり進んでいるので、患者の健康のため、医師の良心として検査を実施すべきと判断した」などと説明した。

そこで、◇は、入院後のCT検査により総腸骨動脈瘤がないことが判明したにもかかわらず、そのことの説明もなしに、不必要な心臓カテーテル検査が行われた等と主張して、△医師及び△3医師に対しては不法行為により、△及び△センター院長である△4医師に対しては使用者責任により、損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
156万円
(内訳:不必要であった心臓カテーテル検査費用及び5日分の入院費用6万円+ △らの無理な血圧の上げ下げにより、高血圧症になったか進行が加速し、薬を手放せない体になったことによる、現在及び将来にわたる医療費の負担及び日常生活を維持するための予定外の費用50万円+精神的苦痛100万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
1、△3、△4につき、3名連帯で30万円
(内訳:慰謝料30万円)
2につき0円(◇の請求棄却)

(裁判所の判断)

心臓カテーテル検査に関する説明義務違反の有無

この点について、裁判所は、本件入院は、総腸骨動脈瘤の有無を確認し、病状が重い場合の緊急手術を予定したものであるところ、本件入院当初、心臓カテーテル検査が少なくとも総腸骨動脈瘤の術前検査として行われることが予定されていたことは、当事者間に争いがないと指摘しました。また、◇が署名をした本件説明書には、「検査の必要性」を理解してこれに同意する旨の記載(本件説明書記載2)があるところ、疑い病名の1つとして狭心症があり得ること及びその確定診断の観点から心臓カテーテル検査を実施する必要があることを◇に説明していないことは△らの自認するところであるから、◇が、総腸骨動脈瘤が認められた場合の術前検査としての「検査の必要性」を前提として、心臓カテーテル検査に同意をしたものであり、他の「検査の必要性」を前提とする同検査には同意していないことは明らかであったと判示しました。

さらに、△センターの医師らは、本件説明書記載1で「検査の必要性」について「十分理解された上で」、「自由意志により検査を受けるか受けないかを決定することができ」、「一度承諾した後でも、いつでも承諾の取り消しをすることができます」と謳っているのであるから、患者が承諾した後に検査の必要性がなくなったり、検査が必要とされる理由が変更されたりした場合には、患者に対して検査の必要性について改めて説明し、承諾を撤回する機会を与えることを当然予定していたものというべきであるとしました。

以上から、△センターの医師のうち、少なくとも、△らの主張によれば、本件入院時の◇の診察にあたった医師であると認められる△医師には、総腸骨動脈瘤がないこと及び術前検査としての心臓カテーテル検査の必要性がなくなったことが明らかになった場合には、これを直ちに◇に説明する義務を負うとともに、術前検査以外の目的でなお心臓カテーテル検査を行う必要性があった場合には、これを説明し、心臓カテーテル検査について改めて◇の同意を得る義務を負っていたというべきであるとしました。

しかし、△医師は、12月23日に明らかな動脈瘤が認められないことが判明し、これに伴って術前検査としての心臓カテーテル検査の必要性がなくなった時点で、これらを◇に説明し、さらに、◇に狭心症の疑いをもってその確定診断をする目的で心臓カテーテル検査を行おうとするのであれば、狭心症の疑いがあること及びその確定診断としての心臓カテーテル検査の必要性を◇に説明し、改めて心臓カテーテル検査について同意を得る義務を負っていたものというべきであるにもかかわらず、◇に何ら説明をせず、同月24日に心臓カテーテル検査を行い、同検査後の同月25日になって初めて△センターの医師が、◇に動脈瘤がないことを説明したと判示しました。

裁判所は、△医師には、◇に対して、明らかな動脈瘤がないことが判明し、術前検査としての心臓カテーテル検査が不必要になったこと及び狭心症の疑いがあり、その確定診断のために心臓カテーテル検査が必要であることを説明せず、◇の同意なく、狭心症の確定診断のための心臓カテーテル検査を行った不法行為を認定しました。

他方、△医師が本件入院中の◇を実際に診療したことを認めるに足りる証拠はなく、◇に説明をする機会があったとは認められないとして、△医師において説明義務があったとの◇の主張は前提を欠き、失当であると判断しました。

そして、△及び△医師は、△医師の不法行為について使用者責任を負うと判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2024年2月 9日
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