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No.116「大学病院で心停止間近の患者に対し、腎臓移植の準備のために大腿部を切開してカテーテルを挿入。患者本人の確定的な承認がない以上違法として、損害賠償請求を認めた判決」

大阪地方裁判所平成10年5月20日判決 判例タイムズ990号97頁

(争点)

  • 心停止間近の患者に、腎臓移植に備えて心停止後の腎臓の悪化を防ぐために大腿部を切開して灌流液注入用のカテーテルを挿入する医師の行為は、当該行為に確定的な承認をしていない患者に対する不法行為となるか

(事案)

平成5年10月25日、A(死亡当時29才の女性・看護師)は、勤務先病院で激しい頭痛に襲われ、CT検査の結果脳内血腫があることが判明したので、Y1学校法人の経営するY1大学附属病院救急センター(以下Y病院という)に入院した。

Aの容態は悪化し、27日午後6時頃には、医師により脳死に近い状態であり死亡することはほぼ確実であろうと判断されるに至った。

Y病院のY2医師(Y医大救急センター助教授で、救急センターにおける腎臓移植のための事務の責任者でもあった)は、移植するためにAの腎臓の提供を受けたいと考え、30日にAの母親で自らも看護師であるX及びAの夫に対し、Aの腎臓を移植のために提供することを承諾するよう申し入れ、そのころからそれまでの主治医にかわり、Aに対する医療を主として担当するようになった。Xは、31日午後、救急センターに対し、Aの腎臓を移植のために提供することを承諾する旨記載のある「臓器・組織提供承諾書」と題する書面に署名して、これを提出した。

その後、Aの容態は悪化し31日午後8時頃には血圧が60台にまで低下し死亡の危険性が生じた。そこで、Y2は、移植に備えて腎臓に灌流液を流すためにAの大腿部を切開して灌流液注入用のカテーテルを挿入(本件カテーテル挿入行為)した。

11月2日午後7時頃、Aの血圧低下、脈拍低下が著しくなり、午後7時50分、X及びAの夫立ち会いの下で心停止によるAの死亡が確認された。Aの心停止後、直ちに還流用カテーテルに灌流液が流され、午後8時30分からAの両側の腎臓が摘出されて移植された。

Aの母親であるXが、Y1学校法人及びY2医師を被告として、本件カテーテル挿入行為などについて不法行為が成立するとして損害賠償請求訴訟を提起した。

Aの相続人は、Aの夫、Aの母親、Aの父親の3人であり、Aの母親の相続分は6分の1である。

(損害賠償請求額)

遺族(患者の母)の請求額:1500万円
(内訳:Aの3000万円の慰謝料請求権のうち母の相続分(6分の1)500万円+母固有の慰謝料請求権850万円+弁護士費用150万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:20万円
(内訳:Aの90万円の慰謝料請求権のうち母の相続分(6分の1)15万円+弁護士費用5万円)

(裁判所の判断)

心停止間近の患者に、腎臓移植に備えて心停止後の腎臓の悪化を防ぐために大腿部を切開して灌流液注入用のカテーテルを挿入する医師の行為は、当該行為に確定的な承認をしていない患者に対する不法行為となるか

裁判所は、まず、生存している患者の身体を傷つける医師の行為は、その行為が当該患者に対する治療行為として必要なものである場合には、正当な業務行為として違法性がないといえるが、それ以外の場合には、「患者本人のその行為を承認する確定的な意思の表示」があり、かつ、「患者本人の当該承認意思の表示があれば、当該行為が社会的に許容されるといえるものであること」などの違法性を阻却する特段の事由が存在しない限り、違法であると判示しました。

そして、本件カテーテル挿入行為はAの身体を傷つける行為であり、Aの心停止後にAの腎臓が悪化するのを防ぐための措置として行ったものであり、Aの救命のための治療行為として行ったものでないことは明らかであると判断しました。

つぎに、本件カテーテル挿入行為は、Aの延命にほとんど悪影響を及ぼすものではなく、本人の当該行為を承認する確定的な医師の表示が前もってなされていたのであれば、社会的に許容される行為であると判示しました。そのうえで、上記の違法性を阻却する特別の事由の存否について検討し、Aが本件カテーテル挿入行為を承認する旨の確定的な意思表示をしていたとは認められないとして、違法性は阻却されないと判断しました。

そのうえで、裁判所はAの慰謝料は90万円であり、母親Xはその6分の1にあたる15万円の損害賠償請求権を相続取得したと判示し、弁護士費用5万円とあわせて20万円の支払をY1とY2に命じました。

カテゴリ: 2008年4月 4日
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