医療判決紹介:最新記事

No.379 「国立病院入院中の幼児に装着された気管カニューレの抜去により、幼児が脳酸素欠乏症による高度中枢神経障害を起こしその後死亡。医師に気管カニューレ装着上の過失があったと推認した地裁判決」

東京地方裁判所平成元年3月29日判決 判例タイムズ704号244頁

(争点)

気管カニューレ装着に関する医師の過失の有無

(事案)

A(昭和50年8月15日生)は、出生時、下側の食道と気管支とがつながっている下部食道気管瘻を有するグロスC型の先天性食道閉鎖症を伴っていたため、昭和50年8月18日と19日の両日にわたって、B市立B病院において、前記食道閉鎖症に対する治療の第一段階として、胃瘻造設及び下部食道気管瘻切離の手術を受け、前記胃瘻部から継管により栄養補給を受けるとともに、咽頭分泌物が気管に流入して肺合併症を起こさないように口側食道盲端部において分泌物の吸引を受けていたが、Aは、痰が多く、肺合併症(肺炎)を度々起こしていた。

Aは、前記食道閉鎖症に対する根治手術を必要としたが、Aの場合、上下の食道盲端部の距離が長く、食道と食道とを単純に吻合することは不可能だったため、国立Y病院(以下、「Y病院」という。)において、胸腔内で有茎空腸を上下食道盲端間に移植して各端々を吻合する方法による食道再建手術(本件食道再建手術)を受けることになった。

昭和51年11月1日、AはY病院へ転院し、同月22日、C医師らの執刀により本件食道再建手術を受けた。

Aは、本件手術後、鼻腔から気管内に外径4ミリメートルのポルテックス製チューブを挿入して陽圧人工呼吸を受けるようになったが、気道内の滲出液の貯溜や胸腔内の移植腸管の穿孔に伴う炎症等により肺炎の危険が続いたため、その後継続して人工呼吸を受けていた。

昭和52年1月17日、自力呼吸をするため上記チューブの抜管が試みられたが、気管入口部の声帯部に肉芽様の組織が盛り上がっているところがあり、気道が狭窄していて自力呼吸が十分にできなかったため、上記チューブを抜管することができなかった。

同月26日、Aに対して気管切開手術が施行され、切開部に肉芽増殖及び上気道狭窄の防止に効果のあるシリコン製Tチューブが挿入され、Aは、以後このTチューブにより自力呼吸をするようになった。

しかし、その後も、このTチューブによっては気管内分泌物を十分に吸引することができず、Aは、しばしば肺炎を併発したため、昭和52年4月28日以降、Tチューブに代えて、気管内分泌物の吸引がしやすいポルテックス製気管カニューレが挿入された。また、同年7月12日には、気管切開部より上方の声門直下にできた肉芽を除去する手術を受けたが、この時、肉芽の再生を防止するため、シリコンメッシュを巻いて棒状にしたものが気管切開部上方の声門直下に挿入された。

Aは、本件食道再建手術後みられた移植腸管の穿孔もその後治癒して、胃瘻部からの継管注入による栄養補給から徐々に経口摂取もできるようになり、また、気管内分泌物が十分に吸引できなかったことなどによる肺合併症も次第に改善され、身体的には全体として良好な状態に向かっていた。そして、将来の退院、家庭内看護に備えて、母親であるX2に経口摂取の練習をさせることなどを目的として、昭和52年7月25日から、X2が24時間Aに付き添うこととなり、同日午前11時ころから正午ころまでの間に看護師らが準備をしてAをそれまでの病室(病床が6床ある)から個室である本件病室に移動させた。

その後、同日午後1時40分ころ、I看護師がAにミキサー食を与えるために本件病室を訪れたが、Aが動き回るので、Aをベッドの上に仰向けに寝かせ、Aの身体をそのままの状態に押さえ付けるチョッキ様の抑制帯を装着し、輸液ポンプを使用してミキサー食200ccをAの胃瘻部から注入し始めた。

X2は、I看護師と世間話などしていたが、Aがミキサー食注入開始後10分くらいしてうとうとし始めたところ、I看護師からAが眠っている間に食事をしてきたらどうかと言われたため、これに応じることにして、その旨をI看護師に告げ、I看護師が本件病室を退出してから5分くらいした同日午後2時ころ本件病室を出た。そして、X2は食堂で食事をした後、付添用のベッドを借りる手続きをして、同日午後2時40分ころ本件病室に戻ったところ、Aは顔面そう白の状態で、胃瘻部から注入を受けていたミキサー食を嘔吐し、口と首の周りにミキサー食が飛び散り、気管カニューレが気管切開部から抜去していることを発見し、直ちに本件病棟記録室(ナースステーション)に看護師を呼びに行った。

I看護師は、X2に呼ばれたため、O看護師にも声を掛けて、二人で本件病室に入ったところ、Aは、顔面蒼白の状態で、仰向けに身体をまっすぐ伸ばした姿勢でベッドの上で横たわっていた。I看護師が直ちにAの脈をとってみたが、脈はなく、既に心停止、呼吸停止の状態であった。そして、Aの気管切開部に挿入されていた気管カニューレは、その上部に通されてAの首の周囲に結び目を作って縛られていたひもが完全にほどけた状態でAの頭の左側のベッド上にあったので、I看護師は、すぐこれをAの気管切開部に挿入しようしたが、気管切開部のところが吐物でいっぱいになっていたので、まず吐物の吸引を始めた。そこへO看護師からの知らせでK師長やT医師が駆け付けてきて、T医師らが、抜去した気管カニューレをAの気管切開部に挿入した上、人工呼吸器のアンビュウバッグで酸素を送り、心臓マッサージを施行し、ボスミン1アンプルを心室内に注入するなどの蘇生術を行った結果、Aは、同日午後2時45分ころ心臓の拍動を再開し、同日午後3時ころには自発呼吸も再開したが、その後の諸処置にもかかわらず意識は回復しなかった。

なお、Y病院においては、Aの気管カニューレの交換は、少なくとも1週間に1回の割合で医師が適宜行っていたが、昭和52年7月25日発生した本件事故前最後の気管カニューレの交換は、同月19日にT医師により行われた。なお、T医師は、当時、気管カニューレの固定方法として、気管カニューレを気管内に挿入した上、その上部に通してあるひもをAの首の回りに回し、指一本が入る程度の余裕を残して首の後方又は側方で固結び(男結び)の方法で緊縛し、余分なひもを結び目の末端で切り、その後気管カニューレの入っているところに二つないし三つ折りしたガーゼを入れる方法をとっていた。

本件事故によりAは脳酸素欠乏症による高度中枢神経障害を残していわゆる植物人間の状態となり、約5年間闘病生活を続けた後、昭和57年6月12日、本件事故を契機とする長期にわたる持続的な低酸素状態による遷延性(慢性的)窒息により死亡した。

そこで、Xらは、Aが植物人間の状態に陥り、死亡したのは、Y病院医師らに過失があったためであるとして、Y(国)に対して、民法715条による損害賠償請求をした。なお、Aの生前に提訴されたが、途中でAが死亡したため、相続により両親(X1及びX2)がAの権利義務を承継した。

(損害賠償請求)

遺族(両親)の合計の請求額:
1億369万2587円
(内訳:逸失利益3380万6059円+雑費8万4930円+葬儀費用37万5000円+慰謝料6000万円+弁護士費用942万6598円)

(裁判所の認容額)

遺族(両親)の合計の認容額:
2640万1222円
(内訳:逸失利益1171万6293円+雑費8万4930円+葬儀費用20万円+慰謝料1200万円+240万円。相続人が2名のため、端数不一致)

(裁判所の判断)

気管カニューレ装着に関する医師の過失の有無

裁判所は、本件事故発見当時、気管カニューレの上部に通されてAの首の周囲に結び目を作って縛られていたひもが完全にほどけ、右のひもがその上部に付いたままの状態で気管カニューレがAの頭の左側のベッド上にあったところ、本件全証拠を検討しても、気管カニューレのひもがどのようにしてほどけ、気管カニューレがどのように抜去したのかを具体的に明らかにすることはできないと判示しました。

しかしながら、本件全証拠を検討しても、何人かが故意に気管カニューレを固定しているひもをほどくなどして気管カニューレを抜去したことをうかがうことはできないことにかんがみれば、他に反証のない限り、何らかの偶発的原因により気管カニューレを固定していたひもの結び目が自然にほどけて気管カニューレが抜去したものと推認するのが相当であり、本件全証拠を検討しても右推認を覆すに足りる証拠はないとしました。

その上で、裁判所は、Aは本件事故当時気管カニューレによって呼吸を行っていたのであるから、気管カニューレをAに装着する本件病院の医師には、気管カニューレのひもが自然にほどけて抜去することのないようしっかりと気管カニューレを装着すべき注意義務があることはいうまでもないところ、何らかの偶発的原因により気管カニューレを固定していたひもの結び目が自然にほどけて気管カニューレが抜去した場合には、他に反証のない限り、気管カニューレの装着に不適切なところがあったものと推認するのが相当であり、本件全証拠を検討しても右推認を覆すに足りる証拠はないとしました。

裁判所は、そうすると、本件事故発生前最後にAに対して気管カニューレを装着したT医師には気管カニューレ装着上の過失があったものというべきであるから、同医師の使用者であるYは、民法715条1項により、本件事故によってAおよびXらに生じた損害を賠償すべき責任があるとしました。

裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXらの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年3月 8日
ページの先頭へ