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No.282「分娩中の妊婦の子宮破裂により、娩出された女児が重度の脳障害を負い、その後死亡。子宮収縮剤オキシトシンの投与に関する医師の注意義務違反を認めた控訴審判決」

高松高等裁判所 平成8年3月28日判決 判例タイムズ927号178頁

(争点)

Y医師の義務違反の有無

 

(事案)

X1(昭和27年生・女性)は、X2と婚姻し、昭和51年7月に長男(3800グラム)、昭和54年7月に次男(3560グラム)を経膣分娩により出産した。

X1は、第三子を妊娠したので、当初、訴外市立U病院を受診していたが、昭和59年2月27日(妊娠31週目)から、Y医師の開設する診療所(以下、Y医院という)において、Y医師の診察を受けるようになった。

Y医師は、昭和43年12月に医師免許を取得し、昭和58年11月からY医院を開設し、産婦人科・皮膚科等の診療を行うようになった。Y医院における医師はY医師一人であり、昭和59年4月当時には、常勤の准看護師4名のほか、看護学生1名、正看護師の資格を有する非常勤の助産師1名のスタッフが勤務していた。

昭和59年4月18日、Y医師は、分娩監視装置(胎児の心拍数および子宮収縮の強さを計測する機械)を用い、X1に対するノンストレステストを行ったが、胎児に異状はなく、子宮に軽い収縮が見られた。

X1は、昭和59年4月27日、Y医院に来院して、誘発分娩を希望した。これに対して、Y医師は、内診により、X1の子宮頸管が十分成熟していることを確認した上、翌28日に誘発分娩を実施することを伝えた。

Y医院における誘発分娩の実施はX1が初めてのケースであったが、Y医師は、Y医院開設前に勤務したU病院で誘発分娩実施の経験を有していた。

翌28日午前10時ころにY医院に来院したX1に対して、同日午前10時40分ころから、子宮収縮剤オキシトシンの点滴投与による分娩誘発が開始されるとともにT看護師によりX1の下腹部に分娩監視装置のベルトが装着され、監視が開始された。

オキシトシンの点滴投与は、オキシトシン5単位を5パーセントぶどう糖液500ミリリットルに混ぜて、Y医師の指示により毎分10滴の開始時投与速度で始められ、その後も増減はなかった。

点滴投与開始及び分娩監視装置による監視を開始した時点では、Y医師は、外来患者の診察のため、陣痛室には立ち会っていなかったが、T看護師、S看護師が陣痛室でX1に付き添っていたほか、I看護師も最初の時点で立ち会っており、その後も時々立ち会っていた。

オキシトシンの投与開始後10分ほどして、X1に目立った陣痛が出現した。

最初に目立った陣痛が見られてから5分ほどすると、胎児に一過性徐脈が出現し、ほぼ2分間隔で発来する陣痛のたびに見られるようになり、それから30分ほどの間に、胎児の心拍数が毎分140回程度から毎分80回程度にまで下がることが5回あり、そのうちの1回は毎分60回にまで下がった。この一過性徐脈は、子宮収縮に伴う子宮胎盤機能不全(血流量減少)による遅発一過性徐脈である。

連絡を受けたY医師は、陣痛室に赴きX1を診察し、同日午前11時3分ころ、X1に体位変換を施して仰臥位から左側臥位とした。体位変換後、大きな一過性徐脈は徐々に解消し、午前11時30分以降は消失した。

Y医師は、X1の分娩が近づいたと判断して、午前11時45分ころ、X1を陣痛室から分娩室に移動させたが、その際に分娩監視装置による監視を中断した。午前11時55分ころから再び分娩監視装置のベルトを装着して監視が再開された。再装着後においても、ところどころで胎児心拍数が極端に上下する箇所があるものの、目立った一過性徐脈も基線細変動の消失も見られなかった。

分娩室に移動した後、Y医師は、同日午後0時10分ころと午後0時55分ころの2回にわたり、X1に対する内診を行った。午後0時55分に行った内診所見では、三横指開大の状態であり、約2分間隔での規則的な陣痛が発来していた。

午後1時20分ころに至って、X1の下腹部が異常な動きを見せて、子宮破裂が発生し、胎児がX1の腹腔内に押し出されてしまった。

看護師3人とともに分娩室で立ち会っていたY医師は、直ちに手術の準備を行うとともに、U病院に応援を依頼した。同日午後1時30分ころから帝王切開術を開始し午後1時40分ころには胎児(A)を娩出したが、Aの状態は悪く、Y医師の指示で到着したN助産師やU病院から応援に駆けつけた医師が蘇生術を施すなどした。Y医師は、X1に対する子宮縫合術を施した。

Aは上記子宮破裂により腹腔内に押し出された結果、酸素供給が断たれたため、無酸素脳症となって重度の脳障害が生じた。そのため、Aは、重度の精神運動発達遅滞及び脳性麻痺(疼直性四肢麻痺)、てんかん、脳萎縮に罹患したほか、咳反射不十分のため、肺炎を繰り返していた。

昭和61年1月5日、Aは急性肺炎により死亡した。

そこで、Aの両親であるXらは、子宮収縮剤オキシトシンの過剰ないし不適切な投与に起因する過剰強陣痛により子宮破裂が発生し、その結果、Aが重度の脳障害を患って出生し、死亡したとして、Y医師に対して、診療契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求をした。

第一審裁判所は、Xらの請求を一部認容したので、これを不服としてY医師が控訴し、Xらも附帯控訴(控訴された側が相手のした控訴に附帯して行う、原判決に対する不服申立て。)をした。

 

(損害賠償請求)

原告ら(死亡女児の両親)の一審での請求額 : 両名合計1億1000万円
(内訳:逸失利益2856万8318円+慰謝料7000万円(内訳不明)+墳墓葬祭費100万円+医療・交通費100万円+弁護士費用1000万円の合計額の内金)

附帯控訴人ら(原告ら)の附帯控訴における追加請求額 : 1463万4852円
(内訳:逸失利益2099万9662円+慰謝料2000万円(死亡女児分1000万円+母親分600万円+父親分400万円)+墳墓葬祭費80万円+医療・交通費83万4950円+弁護士費用700万円)の合計額4963万4612円から一審認容額3499万9760円を控除した額)

 

(判決による認容額)

一審裁判所(松山地裁)の認容額 : 両名合計3499万9760円
(内訳: 逸失利益1499万9760円+慰謝料1600万円(死亡女児分700万円+母親分500万円+父親分400万円)+墳墓埋葬費用80万円+弁護士費用320万円)

控訴審裁判所の認容額:追加請求額に対する認容額は0円
(一審判決の認容額を維持)

 

(裁判所の判断)

Y医師の義務違反の有無

控訴審裁判所の判断

この点について、裁判所は、子宮筋のオキシトシンに対する感受性には差があり、感受性の高い妊婦には微量でも子宮収縮が起こり、過量のときは過強陣痛が発生して母児に悪影響を与えることがあるので、オキシトシンの静注は少量から開始し、陣痛発来状況及び胎児心拍等を観察しながら、適宜増減する必要があると判示しました。裁判所は、また、原審鑑定によれば、子宮収縮剤に対する感受性は、分娩経過が遷延して、子宮筋が疲労すれば低下するが、それまでは子宮口の開大、胎児先進部の下降など分娩の進行とともに増大するものであることが認められると判示しました。

そのうえで、裁判所は、原審鑑定、控訴審証人(M医科大学産婦人科教授)の証言や同証人作成の意見書、S大学医学部産婦人科P教授作成の意見書によれば、原審鑑定人、I教授及びP教授の三者とも、分娩監視記録上、午前10時55分ころから午前11時30分ころまで遅発一過性徐脈が頻繁に出現していた間、胎児が正常の範囲を超える低酸素状態に陥っていたと判断し、この胎児の状態から見る限り、子宮収縮が頻回に起こりすぎており、オキシトシンの投与が過量であったと判断され、この遅発一過性徐脈出現の時点で、胎児へのストレスを軽減するために、オキシトシンの投与を中止するか、少なくとも減量して、胎児及び子宮収縮の状態を慎重に観察すべきであったものと判断していると指摘しました。

裁判所は、これらを総合的に考慮すると、胎児に遅発一過性徐脈が頻繁に出現した時点で、Y医師がオキシトシンの投与を中止するか、少なくとも減量していれば、本件子宮破裂は発生しなかったものと認めるのが相当であると判断しました。そしてその措置を採らなかったY医師には、本件の子宮破裂につき善管注意義務違反があったと認定しました。

以上より、裁判所は、一審判決は相当であって、本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないとして、棄却しました。その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2015年3月10日
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