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No.468「12歳男子が脊椎麻酔をかけての急性虫垂炎の手術中に心停止が起こり、脳障害の後遺症で回復不能となる。心電図モニタを装着しなかった過失等があるとして、県立病院の責任が認められた事案」

青森地方裁判所平成6年12月20日判決 判例時報1552号107頁

(争点)

  1. 心電図モニタを装着しなかった過失があるか否か
  2. 看護師が持ち場を離れたことに関する過失があるか否か

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

昭和62年4月2日、◇(当時12歳の男子)は腹痛のためかかりつけの内科で診察を受けたところ、急性虫垂炎の疑いがあるとして同内科から県である△の設置する病院(以下、「△病院」という。)の紹介状をもらい、午前10時30分ころ、△病院に赴いた。

△病院の小児科で診察を受けたところ、◇は、急性虫垂炎の疑いがあるとして、外科に行くように指示された。外科部長であるK医師は◇を診察した結果、同様に急性虫垂炎と判断し、経過をみるために◇に対して入院を指示し、◇は△病院へ入院し、外科のO医師が主治医となった。

同日午後0時半ころにO医師は、◇を診察して急性虫垂炎と判断したが、すぐに手術が必要とも思われず、◇がそれまでに何回か嘔吐しており、今後も絶食しなければならないことから、その場で点滴と抗生物質の投与を指示した。その後、午後4時ころに再度◇を診察し、その結果緊急手術の必要があると判断した。

同日午後5時30分、◇は麻酔前投薬を筋肉注射され、同日午後5時45分ころ、手術室に搬入され、手術台に移され5分間隔でセットされた自動血圧計をその右上腕部に装着された。△病院では、自動血圧計は5分間隔でセットされるのが通常であり、5分間隔の間にも手動で血圧を随時測定できるようになっていた。この時点の◇の血圧は161/98、脈拍数は毎分108であり、午後5時50分の血圧は142/84であった。

なお、◇の身長は157.5センチメートル、体重43.5キログラムであった。

本件手術は、執刀医O医師、助手N医師、機械出しW看護師、血圧脈拍測定T看護師と外回りK看護師で行われた。

麻酔は脊椎麻酔とし、頭部高位とするために頭部に枕が設置された。

同日午後5時53分ころ、O医師は、◇の第3、第4腰椎間に高比重脊椎麻酔剤ネオペルカミンS2.4ミリリットルを約15秒間で注入(右側臥位で実施)し、注入後、看護師が◇の体位を背臥位に戻し、◇に目覆いをした。また、当時、△病院では、全身麻酔の場合や特に心臓に問題がある患者の場合以外は手術に際して心電図モニタをつけないのが通常であり、本件手術に際しても、心電図モニタは使用されなかった(なお、心電図モニタの使用は保険診療の対象とならない)。

同日午後5時55分ころ、血圧98/40、脈拍数毎分110。O医師は、T看護師からこの血圧の数値の報告を受け、血圧が下降していたことから、点滴を速める措置を取った。その後、O医師は、消毒を行い、圧布をかけ、麻酔レベルの確認のために◇の皮膚をピンセットでつまんで刺激を与え、痛みに対する反応で麻酔レベルを調べた結果、麻酔上界が第7胸髄であることを確認した。他方、T看護師は、午後5時55分ころの血圧等の自動測定後、マニュアルでも血圧等を測定し、O医師に報告した。

同日午後5時58分ころ、O医師は麻酔の効果が十分と判断し、血圧も安定してきたことから、麻酔域が上がらないように手術台の頭の方を少し高くした上で本件手術を開始した。

同日午後6時9分ころ、虫垂切除が終了して、O医師は、◇の顔を見て、「盲腸が取れたから手術はもうすぐ終わる。」などと声をかけた。なお、O医師のいた位置からは、圧布が邪魔になるので、のぞき込むようにしなければ◇の顔は見えない状態であった。

同日午後6時10分ころ、血圧100/36、脈拍数毎分108、◇の顔色は特に悪いということはなく、K看護師の問いにも◇は返答した。

虫垂を切除してからO医師は、虫垂の断腸を埋め込む作業などをし、T看護師は、出血量を量るためにそれまでいた◇の頭部付近から離れ、落ちている5,6枚のガーゼを拾ってその重さを量り、麻酔記録に記述した。その後、切除された虫垂の状態を見てから、◇のそばに戻り、「もう、あとは縫って終わりよ。」と声をかけながら◇の顔を覗き込んだところ、◇は顔面が蒼白で呼吸が停止しており、脈も触れないという状態であった(なお、この時点でも◇は目隠しをされていた)。T看護師は、あわてて◇のほほを揺り動かして呼んだが反応はなく、脈も触れなかったのでO医師らに呼吸が停止していることを報告した。このとき(午後6時12分前後)O医師は◇のお腹を閉じようとしていたが、◇がチアノーゼ状態にあることが判明し、N医師はマウストゥマウスの人工呼吸を施し、O医師は、看護師に対して心電図モニタの装着と挿管の指示をした。

T看護師は、呼吸停止をO医師らに報告後すぐに麻酔科の医師を呼びに行き、麻酔科の医師2名が手術室に駆け付け、心マッサージ及びバッグトゥマスク法により酸素100パーセントの人工呼吸が行われた。

心電図モニタは午後6時14分ころに装着され、◇が心停止の状態にあることが確認された。また、気管内挿管が同日午後6時16分ころになされている。同じ午後6時16分ころには◇の血圧は回復し、午後6時19分ころの心電図の波形は正常範囲に戻っている。同日午後6時37分ころには◇の自発呼吸が再開している。

同日午後6時25分ころに手術が再開され、午後6時35分ころに終了したが、◇の意識は回復しないままであった。

その後昭和62年4月5日に◇は転院し、高圧酸素療法による治療を受け、同年5月7日に△病院へ戻ってさらに治療を受け続けたが、植物状態から回復することはなく、平成元年10月18日に△病院を退院後、重度障害者の施設に入園した。

そこで、◇およびその両親(◇および◇)は、◇が植物状態になったのは△病院の医師等に過失があったとして、△に対して、不法行為に基づく損害賠償を請求した。

(損害賠償請求)

請求額:
1億1902万4264円
(内訳:逸失利益6000万4996円+過去の付添費用432万9000円+将来の付添費用969万0268円+患者の慰謝料2500万円+両親の慰謝料2名合計1000万円+弁護士費用1000万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
8141万2810円
(内訳:逸失利益4200万2568円+過去の付添費用372万4000円+介護費用1018万6242円+患者の慰謝料1500万円+両親の慰謝料2名合計500万円+弁護士費用550万円)

(裁判所の判断)

1 心電図モニタを装着しなかった過失があるか否か

この点について、裁判所は、保険診療の対象とならず、かつ臨床の場においても一般的に使用されているものでもない器具を使用しなかったことを過失としてとらえることは△病院にやや酷であることは否定できない(もっとも、臨床の場において一般的に使用されていないことのみをもって使用しなかったことが法律上正当化されるべきではない。)と判示しつつも、しかしながら、脊椎麻酔には心電図モニタが必須であることは文献上も明らかであること、現に心電図モニタの装着を実施している病院も存在すること、△病院には心電図モニタが存在しいつでも使用可能な状態にあり、心電図モニタを使用すること自体△病院にとって特に経済的な負担となるものではないこと、△病院は県においても有数の設備と陣容を備えた病院であり、県民からそれに見合った水準の高い医療が期待されていること、本件のような15歳未満の若年者に対する脊椎麻酔においては麻酔事故が発生する可能性が高いことが指摘されていると判示しました。

さらに、本件では、若年者に対するものとしては比較的多量の麻酔薬が使用されており(虫垂摘出手術の際のネオペルカミンSの投与量の標準は2.5ミリリットルとされているところ、若年者については、麻酔が高位になりやすいことから投与量を減らすべきであるとの指摘がなされている。)、特に高位麻酔には注意すべき状況にあったこと、麻酔薬注入わずか5分後に執刀を開始していること、精神的な因子によって麻酔が高位に及ぶことがあるが、◇1の各血圧から明らかなとおり、痛みと手術前の緊張が相当高度であったと推測され、また、◇の平常時血圧自体不明であったのであるから、血圧低下により一層の注意を払うべきであったといわざるを得ないこと(以上の本件に特有の事情を以下に「特に注意すべき諸事情」という)、以上の諸点に照らすと、本件においては、患者監視の必要性が特に高く、△病院には麻酔事故が発生しないように心電図モニタをあらかじめ装着して患者の状態を厳重に監視する義務があったものと認めるのが相当であると判断しました。

2 看護師が持ち場を離れたことに関する過失があるか否か

T看護師は午後6時10分ころに◇の血圧や脈拍に異常がないことを確認後、出血量の確認等のために◇のそばを離れ、その約2分後に◇のところへ戻ってきたときに、◇の異常に気付いている。

この点について、裁判所は、ネオペルカミンSによる脊椎麻酔は比較的長時間(約1時間)効果が持続し、麻酔高が変動する可能性があること、脊椎麻酔中の重篤な事故は麻酔薬注入後30分以内に多数生じていること、本件事故(手術中の呼吸停止、心停止)は麻酔薬注入約19分後に発見されていること、脊椎麻酔中にはそれまでの経過に異常がなくても1,2分の間に突然重篤な徐脈や血圧低下が発生し、心停止などの重大な事故に至る例が文献上報告されていること、特に本件のような15歳未満の若年者に対する脊椎麻酔においては麻酔事故が発生する可能性が高い上、本件では前述のように特に注意すべき諸事情が存在したこと、以上に照らすと、麻酔薬を注入した午後5時53分ころからの経過が良好で、午後6時10分ころの血圧、脈拍数、呼吸に特段の異常がなくとも、△病院には、その後患者の容態が急変した場合に備えて患者を厳重に監視する義務があったものと言わざるを得ない(特に本件においては、心電図モニタも装着されておらず、また、自動血圧計も5分おきに測定するようにしかセットされていなかったのであるから、患者監視に当たる者の役割は極めて重要である。)と判示しました。

したがって、T看護師が◇のそばを離れたことは、その時間がほんの数分間のわずかな時間であったとしても、上記義務に違反したものと評価せざるを得ないとしました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2022年12月 9日
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