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No.64「帝王切開後、患者の同意なく子宮と右卵巣を摘出。患者の夫である医師が子宮摘出に同意をした場合でも、大学病院の過失を認めた地裁判決」

東京地方裁判所 平成13年3月21日判決(判例時報1770号109頁)

(争点)

  1. 説明義務違反の有無

(事案)

患者XはY大学病院形成外科K医師(教授)の妻(40歳)で、2人の間には長男がいた。Xは平成6年1月Y大学病院産婦人科を受診し、妊娠と診断され、以後T医師の検診を受けていた。

8月22日、Xは出産のためY大学病院に入院した。T医師は、胎児の位置、子宮筋腫があること、前回帝王切開で分娩していること等を説明した上で、腹式帝王切開術により分娩を行うことについて、Xの同意を求めた。Xは腹式帝王切開術により分娩を行うことについて同意し、手術同意書に署名押印したが、その際、輸血について全く拒否するわけではないが、できる限り避けてほしい旨要望した。

8月24日午後1時30分、本件帝王切開が開始され、Xは午後1時34分に胎児(二男)を娩出した。しかし、胎盤の自然剥離が容易にみられなかったため、T医師が胎盤を用手剥離したところ、胎盤を剥離した部分の子宮内膜前壁面に直径約5センチメートルの隆起があり、それに対応する胎盤母胎面には円形陥凹部があった。そして、子宮内膜面及び子宮胎盤剥離部周辺からにじみ出るような出血が持続した。

Xの夫K(医師)は別の手術室で手術をしていたが、時間に余裕ができたので、Xの様子を見に立ち寄ったところ、T医師は、夫K(医師)に、Xの子宮からにじみ出るような出血が持続していることを伝えた上、それに対して考えられる対策とその問題点を説明し、子宮の全摘出を行うのが一番安全であるとして、それを希望するか否か尋ねた。夫K(医師)は、子宮からの出血が止まらない可能性があることや再手術の可能性があることを考え、Xの子宮の全摘出を承諾した。

T医師は、当初Xの子宮のみを摘出するつもりであったが、右側卵巣と子宮との癒着が予想していた以上に強固で剥離させることが困難であったため、子宮とともにXの右側卵巣を摘出した。その際、T医師はXの尿管を結紮した。 その後Xは、Xの同意を得ることなく、子宮及び右側卵巣摘出術(本件手術)を行い、また誤って尿管を結紮したとして、Y大学とT医師に対して損害賠償請求訴訟を提起した。

なお、損害の項目には、本件手術後の入通院、体調不良のために依頼した家政婦の賃金・交通費や、入通院のため夫の協力や実母の援助を得るため、夫の勤務先及び実家に近い場所へ引越せざるを得なかったことによる引越費用も含まれている。

(損害賠償請求額)

患者Xの請求額
4400万円
(内訳:入通院治療費100万8853円+通院交通費4万円+入院雑費8万0694円+家政婦の賃金・交通費93万5590円+引越費用99万5538円+逸失利益2675万6553円+子宮等の喪失による慰謝料1000万円+尿管結紮による入通院及び後遺症慰謝料1000万円の小計4981万7228円の一部4000万円+弁護士費用400万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額
1391万7535円
(内訳:治療費60万5713円+入院雑費8万0694円+家政婦の賃金・交通費93万5590円+引越費用99万5538円+子宮及び右側卵巣喪失を理由とする慰謝料500万円+尿管結紮を理由とする慰謝料500万円+弁護士費用130万円)

(裁判所の判断)

説明義務違反の有無

裁判所はまず、「医師が患者に対して手術のような医的侵襲を伴う治療を行う場合には、患者の自己決定権が尊重されなければならないから、医師は患者に対し、治療を行うことが緊急を要し、これを受けるか否かの判断を患者に求める時間的余裕がないなど特段の事情があるときを除いて、患者の症状、治療の方法・内容及び必要性、その治療に伴い発生の予測される危険性、代替的治療法の有無、予後等、患者が当該治療を受けるかどうかを決定するのに必要な情報を当時の医療水準に照らし相当と認められる範囲内で具体的に説明して、当該治療を行うことについて患者の同意を得る診療契約上の義務を負う」と判示しました。

次に、子宮摘出についてXの夫Kが同意していた点については、「緊急に治療する必要があり、患者本人の判断を求める時間的余裕がない場合や、患者本人に説明してその 同意を求めることが相当でない場合など特段の事情が存する場合でない限り、医師が患者本人以外の者の代諾に基づいて治療を行うことは許されない」とし、本件では、いったん閉腹してXの回復を待ったとしても、直ちにXの生命に影響するような状況にはなく、本件手術には本件帝王切開に引き続いて行わなければならないほどの緊急性はなかったと認められる上、病名も子宮筋腫であって癌等の病気の場合のように患者に説明すること自体に慎重な配慮を要するともいえないから、夫Kの代諾に基づく治療が許される特段の事情はなかったと認定し、T医師が本件手術を行うについてXの同意を得なかったことは、医師としての注意義務に違反すると判示しました。

また、裁判所は、尿管が結紮された事実が直ちにT医師の注意義務違反とはいえないが、本件手術終了時及びその後に尿管損傷の有無を確認し、異常が発見されたときには直ちに必要な医療措置を講ずべき義務に違反したと認定しました。  そのうえで、裁判所はT医師及びT医師の使用者であるY大学の損害賠償責任を認め、上記損害賠償を命ずる判決を言い渡しました。

カテゴリ: 2006年2月15日
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