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No.409 「医師の血糖値測定義務違反と新生児が低酸素性虚血性脳症を発症したこととの間に因果関係を認めて、一審判決を変更し、病院側に損害賠償を命じた高裁判決」

大阪高等裁判所平成31年4月12日判決 判例タイムズ 1467号71頁

(争点)

血糖値測定義務違反と後遺症との間の因果関係の有無

(事案)

X(男児)平成22年12月18日午前8時12分頃、Y医療法人の運営する産婦人科専門病院(以下、「Y医院」という。)において、自然分娩により娩出された。Y医院では実働の医師はYの代表者理事長のO医師のみであった。

アプガースコアは、出生1分後が9点、5分後が10点でいずれも正常値であった。Xの出生時体重が2124gであり、在胎週数である40週5日に比して出生体重の少ない子宮内発育遅延(IUGR)の状態であり、保育器に収容されたが、出生当日から同月20日までは、特段の異常が見られなかった。

同月21日午前0時50分、看護師は、Xがミルク哺乳に25分かかったこと、その顔色が少し悪いように感じたことをO医師に報告した。O医師は、看護師に対し、保育器の温度を少し上げて様子をみて、異常があれば再度連絡するように指示した。その後、看護師によって、同日午前2時に体温測定等、午前4時20分に体温測定とミルク投与等、午前6時30分に体温測定等、午前7時10分にミルク投与がされたが、O医師への報告が必要な状態はみられなかった。

同日午前8時50分、O医師がXを保育器からインファントウォーマー上に移動させて診察しようとした時、突然、Xが茶褐色上の嘔吐(吐血)をし、呼吸減弱、心拍数60回/分以下となり、顔面が蒼白となって、30秒間心肺が停止した。

O医師はXに酸素投与や心臓マッサージを行い、同日午前9時10分、Z2大学病院周産期母子センター副センター長であるH医師に応援を要請した。H医師は、同28分にY医院に到着した。

O医師は、同日午前9時32分、救急車を依頼し、同39分にY医院に到着した救急車は、XをZ1市民病院の新生児集中治療室(NICU)に搬送した。Xは同50分のZ1市民病院への入院時、顔面蒼白で、頻脈がみられ、呼吸も不良であった。また、入院直後のXは、血糖値が20mg/dl未満で低血糖の症状を呈しており、カリウム値が8.8mEq/Lで高カリウム血症の症状を呈していた。

Xは、平成23年1月21日に孔脳症(出血・低血圧による低酸素性虚血性脳症)と診断された。Xの頭部MRI検査では両側の大脳半球に広範囲の異常信号域が認められ、頭部CT検査では前頭葉及び後頭葉に広範な陳旧性壊死が認められた。その原因は、出血性ショックによる低血圧、中枢神経への低酸素、虚血性脳症、低血糖による中枢神経障害と考えられた。

Xは、同月24日にZ1市民病院を退院した。退院時の診断名は、(1)胃出血による出血性ショック、(2)子宮内発育遅延、(3)出血性ショックによると思われる症状・後遺症として、低血糖症及び新生児低酸素性虚血性脳症による孔脳症、症候性てんかん及び脳性まひ、であった。退院時サマリーにおいては、考察として、「胃出血の原因は不詳であるが、胃出血に起因する出血性ショックのため循環動態が不安定になったことが脳の虚血性障害を来したと考えられる」と記載されている。

Xは脳性麻痺、孔脳症のため、歩行が何とかできる程度で、生活面の全ての行為に介助を要する状態であり、中程度の知的障害も有している。

そこで、Xは、Yの代表者であり担当医であったO医師において(1)Xの血糖値を測定すべき注意義務を怠り、Xが血糖値であることを看過したために、Xが低血糖に基づく胃出血により出血性ショックを発症して後遺症が残った、(2)Xを迅速にNICUに搬送すべき注意義務を怠ったためにXに後遺症が残った、として損害賠償請求をした。

原判決(神戸地方裁判所平成30年2月20日)は、O医師に上記(1)の義務を怠ったと認定したが、Xの後遺症との間の因果関係は認めるに足りないとし、O医師が上記(2)の義務を怠ったとはいえないとしてXの請求を棄却したため、Xが控訴した。

Xは、控訴審において、XはY医院において低血糖状態に陥っており、その低血糖のストレスによりAGML(急性胃粘膜病変。急激に発症し、胃粘膜を中心とした異常を認める症候群の総称であり、出血を伴うことが多い。新生児の胃・十二指腸潰瘍は、急性・二次性潰瘍が主体である。誘因は周産期の仮死による低酸素症、低血糖症、低体温、胃の過伸長に伴う血流障害などである)を発症し、その出血性ショックによって循環動態が悪化して後遺症を残すに至ったのであり、血糖値測定義務違反とXの後遺症との間には因果関係が存在すると主張した。

(損害賠償請求)

患者の請求額:
1億6855万9486円
(内訳:入通院慰謝料400万円+後遺障害慰謝料4000万円+逸失利益4130万4883円+将来介護費用のうち母による介護費用4831万7240円+将来介護費用のうち職業介護人による介護費用1961万7363円+弁護士費用1532万円)

(裁判所の認容額)

原審の認容額:
0円
控訴審での認容額:
1億4532万7679円
(内訳:入院慰謝料50万円+後遺障害慰謝料2800万円+逸失利益3568万2711円+将来介護費用のうち母による介護費用4831万6948円+将来介護費用のうち職業介護人による介護費用1961万8020円+弁護士費用1321万円)

(裁判所の判断)

血糖値測定義務違反と後遺症との間の因果関係の有無

控訴審裁判所は、まず、IUGR児には低血糖症が高頻度に認められていること、Z1市民病院において、Xの血糖値はショック状態と低血糖に対する治療を受けても容易には回復していないのであって、Xの低血糖は出血性ショックによる一時的なものではなく、Xのグリコーゲン貯蔵能力が低かったためとみるのが相当であること、ショックによって血糖値が低下する証拠はないことからすれば、XはY医院に入院しているときから低血糖状態であったと認められるとしました。

次に、Xの主たる症状について、Z1市民病院医師は一貫して、Xの症状を胃出血による出血性ショックと診断しており、肺出血については、出血性ショックによるものとみられているのであり、Xの主たる症状は胃出血であったと判示しました。

胃出血の原因について、控訴審裁判所は、XはZ1市民病院入院時、胃破裂を疑わせるほどの胃出血を起こして、出血性ショックに陥っているところ、XはY医院において低血糖状態であったのであり、低血糖はAGMLの1つの原因なのであるから、Xの低血糖は胃出血の発生の原因であったといえるとしました。病院側は、Xの胃出血はAGMLではなく真性メレナ(ビタミンK依存性凝固因子欠乏による消化管出血。鑑別にはヘパプラスチンテスト、トロンボテストの凝固異常の検査が行われる)である可能性を主張しましたが、控訴審裁判所は、Xの血液凝固能は基準値以下であったが、ヘパプラスチン値が20%以下となると凝固因子血病による消化管出血をきたす危険性が高まると指摘されていることからすれば、ヘパプラスチン値が44%であったXの胃出血の主たる原因が凝固異常であったとは認め難いとしました。

また、病院側はAGMLのストレス原因として分娩のストレス、IUGR児であったことを挙げましたが、控訴審裁判所は、正常な分娩もAGMLの原因であるストレスとなり得るのであるが、出生直後の状態に異常がなく、出生後72時間以上を経過していたXについて、分娩自体のストレスがAGMLの主たるストレスになったとは考えにくいと判示しました。

更に、Xは相当程度の過長臍帯で、消化管その他の臓器の発育が未熟であった可能性があり、Xの胃のストレス耐性が低かったことが胃出血の原因となった可能性も否定できないが、Xに対しては過長臍帯でIUGR児であったことから臓器の発育が未熟である可能性を前提に治療に当たるべきであったのに、血糖値測定などが行われてなかった本件では、因果関係の判断に当たり上記可能性を重視することは相当でないとしました。

なお、Z1市民病院のカルテにはミルク負荷もストレス原因と疑う記載があり、医師の意見書もその旨を指摘するが、ミルクアレルギーはIgE値などにより判別されるところ、Xの入院時のIgE値は正常値であり、ミルクアレルギーがAGMLのストレス原因になったと認めることはできないと判断しました。

そして、控訴審裁判所は出血性ショックを来すほどの大量出血の有無について以下のように述べました。

XのZ1市民病院入院時における脈拍は1分間に200ないし230回で、頻脈(1分間に90回以上)であり、血圧低下という重度の出血性ショックの状態を呈しており、Z1市民病院医師は一貫して出血性ショックと診断していたのであるから、Xは出血性ショックに陥っていたとみるほかないとしました。なお、小児は血液量が体重の19分の1と少なく、少ない出血量でもショックを起こすものとされ、新生児では30mlの出血でも生命に関わることがあるとされているのであり、赤血球の輸血がされなかったことから、Xが出血性ショックに陥っていたことを否定することはできないとしました。

また、胃内の出血は、胃液によってヘモグロビンが変色するので、吐血に新鮮血が混ざっていないことはXに出血性ショックを引き起こすほどの出血があったことと必ずしも矛盾するものではないし、IUGR児は多血症が頻度の高い合併症として出現するので、ヘモグロビン値が低下していなくてもXに出血性ショックを引き起こすほどの出血があったことは否定できないと判示しました。

そして、控訴審裁判所は、Xの脳の虚血性障害は胃出血による出血性ショックのために循環動態が不安定になったことが原因であると認定しました。そうすると、Xは、Y医院において低血糖状態であり、それがストレスとなりAGMLを発症し、出血性ショックに陥り、循環動態が不安定になり、低酸素虚血性脳症を発症したと認められるとしました。

これに加え、Z1市民病院において孔脳症の原因として低血糖による中枢神経障害が指摘されていること、低血糖の存在が神経障害の程度を高めた可能性があるとの医師の指摘があることも考慮すると、O医師の血糖値測定義務違反とXの後遺症との間には因果関係があると判断しました。

以上から控訴審裁判所は、原判決を変更して、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2020年6月10日
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