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No.402 「入院中の患者のカニューレにティッシュが詰められ、患者が心肺停止に陥りその後死亡。患者遺族の請求を棄却した地裁判決を取り消して、病院の損害賠償責任を認めた高裁判決」

大阪高等裁判所平成30年9月28日判決 判例時報2419号5頁

(争点)

  1. 病院の医療従事者が患者に装着されていた気管切開カニューレにティッシュペーパーを詰めた後、ティッシュを除去することを失念して放置した過失があるか
  2. 患者の心静止の原因

(事案)

患者A(昭和19年生まれの男性)が、平成23年6月14日、脳内出血の治療のため、社会医療法人Yが開設するY病院に入院し、同月24日、肺炎を併発したため気管切開術を受け、気管切開部に気管切開カニューレである「トップ気管切開チューブポールシリコンプレフォート型8.0(カフェアー+)」(以下、気管切開カニューレ一般を「気切カニューレ」、Aに装着されていた気切カニューレを「本件カニューレ」という)を装着された。

Aは、平成23年6月29日(以下、「本件当日」という)午後、Y病院1階にある検査室において、深部静脈血栓の検索のための下肢静脈エコー検査を受けた後、入院していた301号病室に戻りP1看護師及びP5看護助手(以下、「P1看護師ら」という)の処置を受けた。

P1看護師らが上記処置を終えて本件病室に隣接する看護師詰所(以下、「本件詰所」という)に行くなどして退室した後の午後2時25分頃、Aは、本件病室において、何者かにより本件カニューレにティッシュペーパー(以下、「本件ティッシュ」という)を詰められた状態で、かつ心肺停止となっているところをY病院の看護師に発見された。本件ティッシュは、本件カニューレ(スリップジョイント部)から少なくとも5cmほど挿入され、3cmほどが広がったような形状で、外に出ていた(以上の状況を、以下「本件事故」という)。

なお、Aは、本件事故時、医用テレメータを装着されていた。

Aは、本件事故後、ただちに蘇生処置を受けたが、蘇生後脳症となり、遷延性意識障害に陥った。

Aは平成23年11月22日、D病院に転院し、平成24年6月14日、症状固定となり、蘇生後脳症と診断され、コミュニケーションは表出・理解ともに困難、自動運動は見られない、痛覚刺激に対しても表情の変化は見られない、反射は、左右とも2・3頭筋、腕橈骨筋、膝蓋腱反射亢進、筋力は精査困難と診断された。

Aは、平成25年2月5日、F病院に転院したが、平成26年5月に死亡した。

A及びAの妻子は、平成26年1月12日、Yに対して訴訟を提起し、本件ティッシュは、Y病院の医療従事者が、加害の故意をもって、本件カニューレに詰めたものであり、また、Y病院の看護師らには医用テレメータの緊急アラームが鳴った場合、直ちに本件病室を訪問し、本件カニューレに生じた異常を除去する等の措置をとるべきであったのに、これを怠る等の過失があり、その結果、Aが窒息して、心肺停止の状態となり蘇生後脳症に陥ったと主張し、Y病院の医療従事者の故意による不法行為、またはY病院の看護師らの注意義務違反等の過失による不法行為があり、Yは使用者責任を負うとして損害賠償を求めた。Aが原審の途中で死亡したため、Aの妻子が訴訟を承継した。

原判決(神戸地裁平成29年3月21日判決)は、Aの妻子らの請求をいずれも棄却したため、Aの妻子らはこれを不服として控訴を提起した。

控訴審において、Aの妻子らは、原審で主張していた、「Y病院の医療従事者のうちのいずれかが、加害の故意をもって、本件行為を行った」との主張を撤回し、医療従事者は、患者の生命・身体の安全を守るため、気切カニューレを閉塞させないよう注意すべき義務を負うところ、P1看護師ないし他のY病院の医療従事者のいずれかが、本件カニューレ周囲の汚染を防止する等の目的で、本件カニューレに本件ティッシュを詰めた(本件行為を行った)後、漫然とこれを除去することを失念して、放置したという過失による不法行為の主張に変更した。

(損害賠償請求)

原審での請求額:
(患者遺族合計)3000万円
(内訳:葬儀費用150万円+治療費188万6542円+入院雑費136万3500円+入院付添費590万8500円+入通院慰謝料431万8000円+死亡逸失利益805万8112円+死亡慰謝料2800万円+損害賠償関係費用11万7390円+弁護士費用511万5204円+妻固有の慰謝料300万円+子2名の慰謝料合計300万円の合計額の内金)
控訴審での請求額:
(患者遺族合計)3000万円
(内訳:葬儀費用150万円+治療費188万6542円+入院雑費136万3500円+入院付添費590万8500円+入通院慰謝料431万8000円+死亡逸失利益805万8112円+死亡慰謝料2800万円+損害賠償関係費用11万7390円+弁護士費用511万5204円+妻固有の慰謝料300万+子2名の慰謝料合計300万円の内金)

(裁判所の認容額)

原審裁判所の認容額:
0円
控訴審裁判所の認容額:
3000万円
(内訳:葬儀費用150万円+治療費・入院雑費0円+入院付添費0円+死亡逸失利益439万1187円+慰謝料2100万円+損害賠償請求関係費用11万7390円+妻固有の慰謝料200万円+子2名の慰謝料合計200万円の合計額のうち、妻子らの請求の限度内)

(裁判所の判断)

1 病院の医療従事者が患者に装着されていた気管切開カニューレにティッシュペーパーを詰めた後、ティッシュを除去することを失念して放置した過失があるか

この点に関し、裁判所は、Aは本件当日の午後2時8分に最後のエコー検査を受けた旨記録されており、その後本件病室に戻ったものであり、また、P2看護師は、Aの心静止を確認し、午後2時25分にPHSでP12医師に本件事故の発生を連絡した旨説明しているので、本件行為はその間の15分程度の間に行われ、Aはその間に心静止に至ったものであると判示しました。

また、本件行為を行うには、少なくとも1ないし2分程度の時間を要すると判示しました。

その上で、本件病室の位置関係や本件詰所における看護師の在室状況、Aの同室患者やAの家族の状況などを検討した結果、第三者が本件病室に入った事実はないと判断しました。

他方、P1看護師を初めとするY病院の医療従事者は、本件事故の前後を通じ、本件病室に出入室していたこと、Q院長は、本件当日にAの遺族らに対して行った説明において「現状では多量の喀痰または分泌物が口腔または気切部から流出した場合にそれをティッシュペーパーで拭うことは日常に良く行われている。分泌物の流出が多い場合に周囲の病衣やリネンが汚染しないように分泌物を吸収させる目的で患者の体上に敷いておくことも時にあった。」と説明し、「今後はティッシュペーパーで痰を吸収させるような手順を禁止しようと思う」などと述べたほか、Yが作成した報告書には「事故後に行った再発防止のための具体的方策と期待される効果」の一つとして、「ティッシュペーパーが気道閉塞を起こさないようにする予防策」が取り上げられ、その中で、「気道切開または気管内挿管している患者については以下のことを取り決め、看護手順として追加統一することとした。分泌物および喀痰が多量であった場合にティッシュペーパーで拭う時は、拭ったその手で廃棄する。ベッド上、患者の身体上にティッシュペーパーをおかない。分泌物・喀痰・加湿水で病衣・リネンが汚染するのを予防する際にはタオルを使用する。」などと記載していることが認められると判示しました。

その上で、P1看護師を初めとする看護師等Y病院の医療従事者が、Aが本件病室に戻った後に、気切部(スリップジョイント周辺)の汚れを取り、あるいは、痰を吸わせる意図でティッシュを詰めるという行為に及んでいた可能性は否定できないといわざるを得ないと判示し、本件行為はP1看護師ないし本件病院の医療従事者により行われたものというべきであると判断し、Yの看護師ないしは医療従事者の過失を認定しました。

2 患者の心静止の原因

この点につき、裁判所は、まず、Aのエコー検査画像上記録された最終の時間は、午後2時8分であり、Aは同検査終了後、Y病院の1階にある検査室から3階にある本件病室に帰室し、P1看護師らによる痰の吸引やオムツ交換等を受けた。そしてP2看護師は午後2時25分には、Aの呼吸が停止しており、心静止であることを確認した上で、P12医師に本件事故の発生を連絡した。したがって、Aはこの間の約10ないし15分以内に本カニューレに本件ティッシュを詰められ、心静止に至ったものと認められると判示しました。

次に、Aは、本件病院に入院して数日後頃から、激しい喀痰の流出が見られており、痰は粘性を有する黄白色等を呈していたが、本件事故後、P4看護師が、蘇生処置のため本件カニューレから本件ティッシュを引き出した際、本件ティッシュの周囲には喀痰や分泌物等、粘液様の物質が付着していたと判示しました。

そして、本件事故後の蘇生措置において、Aに対しては、心臓マッサージとアンビューバッグに引き続き、人工呼吸器による人工呼吸が行われたところ、それによりモニター上に波形が現れ、ボスミン1Aの投与によりsinus rhysm(洞調率)となったこと、本件事故直後のSpO2 は82、血液検査(動脈血ガス)の結果は、pHが7.272、nCO2が61.4mmhg、pO2が78.7mmhgであり、アシドーシス、高二酸化炭素血症と認められたが、Dダイマーの値は4.00と正常範囲であったこと、血圧は、ドパミン持続投与と人工呼吸器による強制換気により上昇し、安定したことなどを判示しました。

その上で、裁判所は、以上認定したところによれば、Aは本件カニューレに本件ティッシュが詰められたため、激しく流出し続ける粘性が強い痰が、本件ティッシュと本件カニューレとの間に付着した結果、本件カニューレが閉塞し、窒息となり、これによる低酸素状態に起因して、心肺停止(心静止)となったものと認めることが相当であると判断しました。

以上より、裁判所は原判決を取り消し、上記(裁判所の判断)の控訴審裁判所の認容額のとおりの判決を言い渡し、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2020年3月10日
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