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No.311「入院中の高齢者が義歯を装着しないまま病院食であるおにぎりを誤嚥し、その後死亡。担当看護師に見守りに関する過失があったとして県立病院側に責任を認めた地裁判決」

福岡地方裁判所平成19年6月26日判決

(争点)

Y2の見守りに関する過失の有無

(事案)

A(当時80歳の男性)は、老人性認知症、前立腺肥大、高血圧、高尿酸血症の既往症を有し、平成12年3月10日から介護老人保健施設であるB荘に入所していたが、食欲不振および発熱のため、平成15年10月30日、Y1県の経営する県立消化器医療センターY病院(以下、Y病院という。)に入院し、同病院のH医師から尿路感染症、誤嚥性肺炎、認知症、神経因性膀胱炎、高血圧及び前立腺肥大症と診断され、治療を受けた(以下、前回入院という)。

同年11月7日、Aは、肺炎所見や炎症所見が改善したため、Y病院を退院して、再度B荘に入所した。

その際、Y病院からB荘に対し、食事摂取時のムセを原因とする誤嚥性肺炎のリスク状態は継続しているとして、「全粥食開始するも、嚥下状態不良で咽せこみ見られたためミキサー食へ変更。」「時折ムセがある。」旨の申し送りがなされた。

Aは、その後も発熱や、食欲不振が続き、同月27日、食欲低下改善のためC病院に入院したが、同年12月2日に、食欲低下が続いたため、再度、Y病院の個室に入院した(以下、本件入院という。)。

H医師は、Aの本件入院後、尿路感染症と診断し、抗生剤ユナシンを投与するなど治療をしたところ、同月7日ころ発熱も治まり、同月10日ころ腹部症状も改善して、同月11日ころ腹痛や膨満感も見られなくなった。そのため、H医師は、同月16日頃から経過観察をしながら転院先の病院を探していたが、適当な病院が見つからず進展していなかった。

Aは、入院前から食欲低下の状態にあり、本件入院後も、病院食をさして食べない状況が続いて改善しなかった。そこで、看護師長がAに対し、食べたい物を尋ねたところAは「おにぎり」を希望した。そこで、Aの食欲増進とカロリー確保のため、同月25日の夕食から昼食と夕食がおにぎりに変更された。

ところで、Aは歯の欠損が多く上下とも義歯を使用していた。しかしながら、本件入院当時、義歯が合っていなかったため、装着しても浮いた状態となって、咀嚼能力が低下していたばかりではなく、装着するのが困難であり、Aも痛がってしばしば装着を嫌がっていた(もっとも、装着せずに食事を摂った際に、特に咽せたり誤嚥したりしたことはなかった)。

Aは、平成16年1月6日朝食時に義歯の装着に時間を要したものの、これを装着して朝食を摂ったが、翌7日朝食時には義歯の装着を拒否して、これを装着しないまま牛乳のみを摂取した。

Aは義歯が合っておらず痛がっていたため、平成16年1月9日、Y病院において往診したT歯科医の診察を受け、保存不可能な歯牙を抜歯した上で上下義歯を新たに作製することとなった。その際、看護日誌には、「左上歯銀歯グラツキあり。食事摂取時は必ず義歯装着のこと。誤嚥危険大」と記載された。

ところが、同月10日朝食時、Aは、義歯の装着を試みたがなかなか入らず、結局チョコレートと牛乳少量を摂取した。その後の義歯の装着状況は明らかではないが、Aは、同月11日朝食時、Y病院に勤務する準看護師であるY2の介助を受け、チョコレート1個を食べて、牛乳を飲んだだけであり、牛乳を飲んでしばらくしてから咽せた。

そして、同月12日朝食時に看護師がパンを食べさせるため義歯の装着を試みたが上下ともにうまく合わず、Aも2、3度触って填めようとしたが入らなかったため、「もうよかです。歯はいらん。」と述べて義歯を装着しないままパンとバナナ1本を食べた。なお、Aは、同日の昼食時、X(Aの次男)が持参したものを2割程度食べたが、その際も義歯を装着していなかった可能性が高い。

12日夕方、Y2らはAに夕食として病院食であるおにぎりを提供した。その際、Y2は、申し送りに従ってAに義歯を装着するように勧めたが、Aが義歯を入れると痛いと述べて拒否したため装着しなかった。

その後、Y2看護師が、他の患者の看護を行うためにAの病室を離れている間に、Aはおにぎりを食べてこれを誤嚥して窒息し、心肺停止状態となった。Aは、病室に戻ったY2看護師に発見され、Y病院医師らによる直ちに食物残渣の除去、気管内挿管等の蘇生処置が講じられ、30分後に心拍動が再開したものの意識は回復しなかった。

Aは、意識が回復しないまま、同年10月10日に呼吸不全により死亡した。

そこで、遺言によりAの全財産を相続したXは、Y2がAの食事中に食物の誤嚥がないかを見守るべき注意義務を怠ったなどと主張して、Y1県に対しては、主位的に使用者責任、予備的に債務不履行責任に基づき、また、Y2に対しては、不法行為に基づき損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

遺族の請求額 : 合計4050万9500円
(内訳:逸失利益1097万8670円+患者の慰謝料3000万円+遺族の慰謝料500万円+入院雑費40万9500円+葬儀費用150万円+弁護士費用360万円の合計額のうちの一部を請求)

(裁判所の認容額)

裁判所の認容額 : 合計1970万3853円
(内訳: 治療費235万3033円+入院雑費3万6000円+通院交通費2万2620円+後遺障害による逸失利益779万2200円+慰謝料800万円+弁護士費用150万円)

(裁判所の判断)

Y2の見守りに関する過失の有無

この点について、裁判所は、Aは、軽度ではあるが嚥下障害が続き、嚥下状態が悪かった上、Y2は、本件事故前日の朝食時に牛乳を飲ませた際にAが咽せたことを現認していたことを指摘しました。また、Aは、義歯を装着しなければ、うまく食塊形成や送り込みができずに誤嚥の危険性が増す状態にあったところ、Y2も、誤嚥防止のため義歯を装着するように指示されていることを認識しており、しかも、夕食を提供する際にAに対し義歯装着を勧めたが、これを拒否されたため、義歯を装着させないまま、嚥下しにくい食物であるおにぎりをAに提供したのであるから、より一層誤嚥の危険性を認識していたというべきであると判示しました。

上記のことから裁判所は、このような場合、担当看護師であるY2としては、Aが誤嚥して窒息する危険を回避するため、介助して食事を食べさせる場合はもちろん、Aが自分一人で摂食する場合でも、一口ごとに食物を咀しゃくして飲み込んだか否かを確認するなどして、Aが誤嚥することがないように注意深く見守るとともに、誤嚥した場合には即時に対応すべき注意義務があり、仮に他の患者の世話などのためにAの許を離れる場合でも、頻回に見回って摂食状況を見守るべき注意義務があったにもかかわらず、Y2は、これを怠り、Aの摂食・嚥下の状況を見守らずに、約30分間も病室を離れていたため、Aがおにぎりを誤嚥して窒息したことに気付くのが遅れたのであるから、Y2にはこの点について過失があると判断しました。

裁判所は、上記「裁判所の認容額」の限度でXの請求を認め、その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2016年5月10日
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