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No.448「肺がんの手術後肺気腫に罹患した患者が胃潰瘍を悪化させ、穿孔による急性腹膜炎を発症し緊急開腹手術後に死亡。医師に胃潰瘍の存在を疑い検査をしてこれを発見し適切な薬物療法を行うべき注意義務違反を認めた地裁判決」

大阪地方裁判所平成10年2月16日判決 判例時報1666号102頁

(争点)

胃潰瘍の存在を疑い検査をしてこれを発見し、適切な薬物療法を行うべき注意義務の有無

※以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(昭和63年の死亡当時67歳の男性)は肺気腫の既往症があり、かかりつけ医の紹介により、医療法人△の開設する病院(以下、「△病院」という。)に通院し、同病院に十二指腸ポリープ及び結核により入院したこともあった。

昭和62年7月27日付けの△病院内科医G医師の紹介により府立成人病センターで受診し、左肺扁平上皮がんとの診断を受け、同年9月には、同センター胸部外科において、左上葉肺切除手術を受け、その後、慢性呼吸機能障害の状態にあった。

Aは、同年12月3日、呼吸困難を主訴と、肺がん術後、肺気腫及び椎骨脳底動脈循環不全により△病院に入院し、以後G医師を主治医として呼吸器のコントロールを受けていたが、昭和63年5月14日(以後、特段の断りのない限り、同年のこととする)、症状が安定し、退院した。4月16日のAの体重は45.5㎏であった。

Aは、退院後も△病院で継続的に診療を受けていたが、風邪をひき、6月3日、呼吸困難を生じたとして呼吸器系専門医である△病院内科の△医師の診察を受けた。

Aは△医師から肺気腫、喘息との病名で入院を指示され、△病院に再度入院し、△医師を主治医として治療を受けることになった。

6月4日および5日、Aは、吐き気及び微熱が続いたため、6日に△医師の指示により、胃エックス線検査が行われた。G医師は、その結果、食道は異常はなく、慢性胃炎、十二指腸ポリープの所見ははっきりしないと判定した。△医師は、慢性胃炎は非常に多い病気なので、これがあっても異常な所見ではないと判断し、Aの妻に対し、「特に問題はない。」と説明をした。

6月7日、Aには腹満はなかった。その後も、Aは、微熱が続き、睡眠障害の持続を訴えていたので、△医師は同月17日まで抗菌剤を静脈注射した。

同月20日、採血が行われ、白血球が多くなっていることが翌21日判明した。Aの体重は41.5㎏であった。

Aが、29日、30日にも吐き気を訴えたため、△医師はびらん性胃炎であると判断し、同日から胃粘膜保護剤及び抗生潰瘍剤等を投与した。

Aは、7月1日にも吐き気を訴え、吐き気が取れたら退院したいと希望した。

同月4日、Aに吐き気と嘔吐があったので、△医師は、Aに対し、抗潰瘍剤を投与し、胸部レントゲン検査がなされた。

Aの吐き気は、同月5日午後2時以降は徐々に軽減したが、同月11日午前10時以降はまた強くなり、同月13日以降は軽減し、同月15日以降には消失した。

同月14日に行われた検査では、便の潜血はマイナスであった。しかし、その後も食欲不振は続いていた。

医師は、ビブラマイシンを飲んだ4日目に吐き気の訴えがあったことから、同月6日の時点では、薬剤の投与により、吐き気が生じ、点滴により食欲がなくなったものと判断した。

Aは神経痛に苦しんでおり、その原因を冷房の効き過ぎだと考えていたことから、7月15日、△医師に対し、その旨告げて、退院を申し出た。△医師は、同月18日に予定されている肺機能呼吸抵抗検査の結果を見てから退院許可を出すことにした。

上記検査では症状の軽快が見られ、吐き気もおさまり、便の潜血もマイナスとなったため、△医師は同月19日、Aの退院を許可した。なお、Aの体重は40.1㎏であった。

Aは退院後の7月20日、少量の血痰があり、吐き気も持続しているとして、△医師の診察を受けた。

Aは、同月22日、腰痛及び膝蓋の感覚の異常を訴えて△病院に通院し、△医師は腰椎及び骨盤のレントゲン検査を行い、整形外科受診を指示した。Aは翌23日、△病院整形外科で受診し、理学療法等を受け、非ステロイド系消炎鎮痛剤(NSAID)であるロキソニン内服薬(1日3錠、7日分)を投与された。△医師は、その当時、ロキソニン内服薬が、消化器に対して攻撃的に作用し、稀に消化器潰瘍を起こす可能性があることを認識していた。Aはその後同月25日から28日までの間、毎日△病院整形外科に通院した。

Aは、29日、4日前から血尿が続いているとのかかりつけ医の紹介状を持参し、△医師の診察を受けた。△医師は、Aは出血性膀胱炎に罹患していると判断し、抗菌剤を投与するとともに、腰痛に対して、座薬を投与し、加えて抗潰瘍剤を投与し、肺気腫対策のための点滴をした。

30日、Aは、△病院整形外科で理学療法を受け、△病院内科でK医師(消化器専門)の診察を受けた。Aが吐物中にうすいコーヒー色の吐血を認めたと訴えたので、K医師は、嘔気止めプリンペランの筋肉注射及び胃炎・胃潰瘍治療剤を静脈注射し、翌日も受診するように指示した。

31日午前0時30分ころ、Aは、呼吸不全、吐き気、腰と左足の痛み等を訴えて、△病院内科のS医師の診察を受けた。同医師は、Aに呼吸困難の症状が見られたため、胸部レントゲン検査を指示し、入院を指示した。入院後は△医師が主治医としてAの診療にあたった。同日のAの体重は40Kgであった。

8月1日、Aが嘔吐したため、胃薬、吐き気止めの投薬が開始され、坐薬も投与された。

Aは、入院後、吐き気及び食欲不振等を訴えていたが、8月2日午前10時ころ嘔吐し、その後も吐き気を訴えていた。同日午後3時ころからは、自制不可能な心窩部痛を訴え、同部分に圧痛が見られた。△医師は同日午後4時40分、ブスコパンを筋肉注射し、午後5時50分、ペンダジンを筋肉注射した。また、座薬を投与した。Aの痛みは、同日午後7時30分には軽減し、自制の範囲内となった。

8月3日午前7時30分ころ、ナースコールがあり、Aに血圧の低下と嘔吐が見られた。同日午前8時50分には消化器内科専門医G医師が回診し、腸閉塞を疑い、腹部レントゲン検査を指示した。Aは左下腹部の痛み及び吐き気を訴え、同部分に圧痛が見られ、嘔吐もあった。G医師はレントゲン写真を見た上、腸閉塞の疑いがあると判断し、外科のD医師に相談した。D医師は、坐位による腹部レントゲン検査を指示し、その結果にフリーエアを認めたため、腸閉塞により腸に穿孔が生じている可能性があると判断し、手術が必要だと判断した。D医師は、Aの妻に対し、その旨伝えた上、手術しないと確実に死亡するが、手術の結果肺がもたなくて死亡する危険性もかなり高いとの説明をした。Aの妻は手術を希望した。

同日午後3時ころ、Aに対し、D医師を執刀医として緊急開腹手術が行われた。その際、Aの胃体部前壁噴門側に直径約5ミリメートルの穿孔が認められ、腹腔内に食物残渣及び腹水があり、腹膜炎が生じていることが判明した。D医師はAの胃穿孔部を切除して縫合閉鎖し、腹腔内にドレーンを留置した。以後、D医師がAの主治医として診療にあたった。

術後、Aの腹満と吐き気はなくなり、8月10日には飲茶、11日には食事の経口摂取(流動食)の再開が指示され、12日も経口摂取が行われた。その間の同月4日及び10日には、胸部レントゲン検査がされた。

同月13日には、血液ガス検査が行われたが、Aは、自分で酸素マスクをはずしたり、フラフラ歩行していたため、D医師は脳の障害を疑い、同月15日にAは脳外科医の診察を受け、脳へのがんの転移は認められないと診断された。同日には白血球の異常な増大が見られたが、同月16日には、腹腔内に留置したドレーンを抜去できるに至った。

同日、D医師はAの胸部レントゲン検査をし、肺がんの状態は「不変」であると判断した。Aは同日、急性呼吸器不全を起こし、ICUにおいて人工呼吸器を装着するに至り、その後も呼吸不全の継続、悪化が進んだ。同月19日には、胸部レントゲン検査がなされたが、両肺に直径0.3mmないし1cmの陰影が認められた。△医師は、Aの妻に対し同日、肺がんの再発が進んでおり、全身への転移がある可能性が強く、同日中にも死亡する可能性がある旨説明した。

同月20日、Aは心不全、呼吸不全を直接死因として死亡した。

そこで、Aの妻である◇は、△に対し、診療契約違反及び使用者責任に基づき、△医師に対し、不法行為に基づき損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

患者遺族の請求額:
2605万6500円
(内訳:逸失利益605万6500円+死亡慰謝料1500万円+妻固有の慰謝料300万円+弁護士費用200万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
2093万7995円
(内訳:逸失利益403万7995円+死亡慰謝料1200万円+妻固有の慰謝料300万円+弁護士費用190万円)

(裁判所の判断)

胃潰瘍の存在を疑い検査をしてこれを発見し、適切な薬物療法を行うべき注意義務の有無

この点について、裁判所は、Aは、肺がん手術後、慢性肺気腫に罹患しており、しばしば呼吸困難で入院を繰返していたのであって、昭和63年6月には、吐き気等の胃部症状があり、6月6日の胃エックス線検査では、慢性胃炎と診断されていたと指摘しました。そして、Aに対して長期間の抗生物質の投与が行われていたこと、その後の臨床経過において吐き気と体重減少が見られたことを考え併せれば、昭和63年6月の時点で、Aには胃潰瘍が生じていたものと認められるとしました。

裁判所は、この時点で、胃潰瘍の存在を確定的に判断することが困難であるとしても、上記のような事情がある以上、胃潰瘍の疑いは十分にあったし、△医師としても、これを認識すべきであったのであるから、△医師は、Aの胃の状態について細心の注意を払うべきであった上、7月30日には、Aは吐血を訴えて通院したのであるから、少なくともこの時点では、出血性胃潰瘍の存在を疑い、緊急内視鏡検査ないし胃エックス線検査を行うべき注意義務があったし、その検査結果が判明するまでは、絶食、輸液、止血剤、潰瘍に対する薬物療法を行うべきであったと判示しました。

さらに、7月22日以降、腰痛のために投与された鎮痛剤や、NSAIDが、既に存在していたAの慢性胃潰瘍の急性増悪を引き起こし、穿孔を生じさせたと指摘しました。

そして、この穿孔による急性汎発性腹膜炎が生じたため、Aに対し緊急開腹手術がなされるに至ったが、慢性の閉塞性肺疾患を有する患者では、手術侵襲に伴う急性呼吸器不全は高い頻度で発生し、主たる死因となっているところ、この手術侵襲と肺機能の悪化、低酸素血症による脳障害、心臓機能の低下等により、Aは死に至ったと判示しました。

従って、△医師は、少なくとも昭和63年7月末には、Aについて、胃潰瘍の存在を疑い、胃内視鏡検査ないし胃エックス線検査をしてこれを発見し、胃潰瘍に対する適切な薬物療法を行うべき注意義務を負っていたことになるが、△医師は、これらの措置を講じることなく、鎮痛剤等の投与を続けてものであって、この点で△医師に過失が認められるとしました。

裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2022年2月10日
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