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No.271「社内定期健康診断の採血時に、保健師が、従業員の右腕正中神経を損傷し、カウザルギーないしRSDを発症。保健師の過失を認め、保健師と会社に対する損害賠償請求及び会社に対する障害付加補償金請求を認めたが、損害発生についての従業員自身の寄与を認めて、一審判決よりも損害賠償額を減額した高裁判決」

高松高等裁判所 平成15年3月14日判決 判例タイムズ1150号238頁

(争点)

  1. Xが本件採血により障害を負ったか否か
  2. Xの損害額

 

(事案)

X(昭和29年11月17日生まれ)は、昭和48年4月にA公社(昭和60年に民営化しA株式会社となる)に入社し、平成8年7月17日当時、A株式会社S支社の法人営業部システムインテグレーション部門に所属し、システム設計を担当する業務に従事していた。

Y2は、昭和48年に看護師免許、翌年に保健師および助産師の免許を取得し、昭和49年4月から、A公社病院で助産師業務に従事し、平成8年7月17日当時には、A株式会社S支社労働部のS管理所に所属し、保健師として稼働していた。

なお、平成11年に、Y1株式会社(以下、Y1社という)がA株式会社から分離、独立して設立され、A株式会社とXの雇用関係がY1社に承継されるのと同時に、本件に関連するXの権利義務関係もY1社に承継された。

平成8年7月17日午前9時40分ころ、A株式会社S支社施設内において定期健康診断が実施され、Y2が、Xから、指定検診項目の1つである採血(本件採血)を行った。

Y2は、尺側皮静脈から採血するため、Xの右腕肘窩部分に針を刺したが、血液の逆流は認められなかった。Xが、針を刺された後で「痛い」と言ったため、Y2は、針を抜き、針やスピッツ(血液が流れ込む容器)を新しいものに替えて、あらためてXの左腕に針を刺して採血した。

本件採血直後、Xは、Y2に対し右手にしびれがある旨訴えた。Xは、Y2から、医師の面接を受けるように勧められ、Y2の同僚のK医師に対し、右手第1、2指にしびれがあると訴えた。

同日、XはB病院で受診し、同月22日には、同病院のN医師(整形外科部長)が、「右正中神経麻痺、反射性交感神経性萎縮症」と診断した。

B病院のN医師は、平成8年11月29日、上記診断とは異なり、「右手・右前腕知覚障害、運動時痛」と診断し、平成10年7月7日にも同様の診断書を作成した。また、平成9年2月4日、N医師は、Xが労働者災害補償保険法による療養費用請求をするにあたり、Xに「右手・前腕の痛み、シビレ、反射性交感性萎縮症」があることを証明した。

また、Xは、平成8年12月16日、C病院の麻酔科蘇生科M医師の診察を受け、M医師は、同日、Xに右上肢の知覚障害、痛み、浮腫、運動障害があることから「カウザルギー」と診断した。その後もM医師はXの診察を行い、平成10年7月13日付診断書、同日付療養費用請求書、平成11年4月26日付け診断書、同年10月4日付け診断書2通で、いずれもXの症状を「(右上肢)カウザルギー」と診断している。さらに、Xは、労災保険法による療養費用請求をするにあたり、C病院のP医師から、平成9年1月27日に「カウザルギー」、同病院のQ医師から、平成11年6月14日に「RSD(反射性交感神経性ジストロフィ)」との診断を受けている。

平成12年1月26日、Xが、C病院で、サーモグラフィー検査を受けた結果、右手指・上肢体温は左のそれらよりも低く、有意な左右差が認められた。

平成12年10月2日および同年11月6日、Xは、C病院麻酔科R医師から「カウザルギー」との診断を受けている。また、平成13年1月22日に、D大学医学部整形外科の医師がXの症状を「右上肢カウザルギー」による右上肢の運動障害、異常感覚と診断した。

平成11年3月10日、E労働基準監督署長は、Xには右上肢、特に手関節と肘関節の中心部より右手指にかけて、常時疼痛を中心とした異常感覚及び知覚低下があり、また右上肢肘関節以下の神経症状による運動障害があるとして、これらを総合的に判断して障害等級第7級3号に該当すると認定し、労災保険法による障害補償年金の支給を決定した。

そこで、Xは、Y2の過失によってXの右腕正中神経が損傷し、障害等級7級3号に該当する障害を負ったとして、Y2に対し、不法行為に基づく損害賠償請求を、Y1社に対し、不法行為(使用者責任)または債務不履行責任に基づく損害賠償請求及び、社員等業務災害付加補償規則に基づく障害付加補償金の支払いを求めて提訴した。

第一審裁判所(松山地方裁判所)は、Xに障害が生じたのは本件採血によるものであるとして、Y1社に使用者責任、Y2に不法行為責任を認めた上で、前記「第一審裁判所の認容額」記載の損害賠償を命じた。そこで、これを不服としてY1社及びY2が控訴した。

 

(損害賠償請求)

患者の請求額:合計3259万9179円

① 会社及び会社の保健師に対して:1561万0779円
(内訳:後遺障害による逸失利益2641万1617円-{既払分731万2438円(労災保険法による障害補償年金566万3238円+厚生年金保険法による障害厚生年金164万9200円)+障害付加補償金1698万8400円}+慰謝料1200万円+弁護士費用150万円)

②会社に対して:1698万8400円
(内訳:社員等業務災害付加保証規則に基づく障害付加補償金)

 

(判決による認容額)

第一審裁判所の認容額:合計2418万8400円

①会社及び会社の保健師に対して:720万円
(内訳:慰謝料600万円+弁護士費用120万円(*後遺障害による逸失利益については、1414万8670円と認定したが、既払いの公的年金が731万2438円あることと、未払いの障害付加補償金1698万8400円が支払われたならば損害填補されると見込まれる部分を控除すると、認容相当額はないと判断した。))

②会社に対して1698万8400円
(内訳:社員等業務災害付加補償規則に基づく障害付加補償金)

 

控訴審裁判所の認容額:合計2158万8400円

①会社及び会社の保健師に対して:460万円
(内訳:慰謝料420万円(慰謝料自体は一審同様600万円としたが、患者の寄与度を3割として7割相当額のみ請求可能とした)+弁護士費用40万円(*後遺障害による逸失利益については、1418万8670円と認定した後、患者の寄与として損害額の3割を認め、990万4069円が患者の請求しうる損害額とした上で、損害の填補については一審と同様に既払いの公的年金が731万2438円あることと、未払いの障害付加補償金1698万8400円が支払われたならば損害填補されると見込まれる部分を控除すると、認容相当額はないと判断した。))

②会社に対して:1698万8400円
(内訳:社員等業務災害付加補償規則に基づく障害付加補償金)

 

(裁判所の判断)

1.Xが本件採血により障害を負ったか否か

この点について、控訴審裁判所は、一審裁判所の以下の判断を維持しました。

本件採血においては、Xの右腕尺側皮静脈から採血するため、注射針が肘窩部分に刺されたが、血管内に針先が入ったならば通常認められる血流の逆流がなかったこと、Xは針が皮膚表面に刺された瞬間ではなく、針が刺された後で痛みを訴えていること、結局右腕からの採血はできず、あらためてXの左腕から採血されたこと、肘窩の尺側皮静脈に針を刺す場合、深く刺すと正中神経を傷つけることがあること、本件採血直後、Xは正中神経支配域である右手第1、2指のしびれを訴えていること、本件採血の5日後である平成8年7月22日には、B病院のN医師が「右正中神経麻痺、反射性交感神経性萎縮症」と診断している事実を認定しました。

その上で、裁判所は、これらの事実に照らせば、本件採血の際、Y2が刺した注射針は血管を外れて深く刺さってしまい、X右腕の正中神経を傷つけたものと推認するのが相当であるとしました。

次いで、裁判所は、Xは本件採血直後から右手のしびれ等を訴えるようになったこと、Xは現在でも右手には触れられただけでも強い痛みがあるなどと訴え、D大学病院医師らは、いずれもXに知覚障害、運動障害等を認め、本件採血を原因とする「右上肢カウザルギー」ないし「RSD」の症状がある旨診断していること、RSDないしカウザルギーは、四肢またはその他の神経の不完全損傷によって強度の疼痛が生ずるものであることなどが認められ、これらによれば、Xは本件採血によって正中神経が傷ついたことを原因として、カウザルギーないしRSDを発症し、疼痛を中心とする後遺障害が残ったものと認めるのが相当であると判断しました。

2.Xの損害額

(1)  Xの後遺障害の程度

控訴審裁判所は、まず、Xの後遺障害の程度について検討しました。

裁判所は、Xの右腕にはカウザルギーないしRSDの障害があること、Xの右腕には浮腫があり、左腕に比べて右腕の体温が明らかに低いなどの症状があること、Xは日常生活でも右腕をかばいながら行動しており、右手で荷物を持ったまま移動したりはできないこと、一方、Xは、右手で細やかな文字をある程度継続して筆記したり、物差しを利用して線を引いたりすることが可能であること、自動車(通常仕様のもの)で1時間30分程度連続して運転することは可能であること、E労働基準監督署の後遺障害認定の際の事情聴取書の記載は、Xの実際の症状よりかなり誇張された内容となっていること、医師に対する愁訴内容についてのカルテ等の記述も同様にかなり誇張された内容となっていること、労働基準監督署による後遺障害認定の際には、右手の関節の可動領域や右手でできる作業内容等については、主としてXの供述を医師や監督署職員が聞き取った内容に基づいて認定されていること、Xの右手は、現在、通常は伸ばすことができず、力を入れて伸ばそうとすると手が細かく震え、かなり努力しなければ手のひらを頬に沿わせて顔につけることができない状態にあること等が認められるとしました。

裁判所は、これらの事情を総合すると、Xの後遺障害は、一般的な労働能力は残存しているものの、神経系統の機能に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるものであるものというべきであり、労災後遺障害等級表に当てはめれば9級7号の2に該当すると認めるのが相当である(なお、後記障害付加補償金請求権につき、同表7級3号の障害程度に応じた補償を受けることとは矛盾しない。)と判断しました。

(2)労働能力喪失率

次に、Xの労働能力喪失率について、控訴審裁判所は、Xは、本件採血当時、システム設計を担当する部署で主にコンピューターを操作していたこと、本件採血後右手が思うように動かせないため一時異動になったものの、再度従前の職場に復帰していること、Xには、本件採血から口頭弁論終結時までの約6年半の間に減収が生じていないこと、Xが従前の職場に復帰できたのは、Xは訓練によりコンピューターのキーボードを左手だけで操作することができるようになったことにも関係があること、将来においては、減収・転職の可能性も否定できないこと、Xの後遺障害は労災後遺障害等級表9級7号の2に該当すると認められること(このことが直ちに労働能力喪失率を決定するものではない。)が認められ、これらを総合すると、労働能力喪失率は30%とするのが相当であるとしました。

(3)過失相殺

控訴審裁判所は、RSDないしカウザルギーは、発症とともにすみやかに診断、治療を開始することが大切で、慢性期に入る以前の早期治療が特に重要と解されるところ、Xは、平成8年12月16日、C病院のM医師により、その症状をカウザルギーと診断されたものであるが、その際、同医師の勧める星状神経節ブロックによる治療に難色を示し、結局、経過観察とされたこと、その後も、Xは、医師の勧める侵襲的治療には難色を示し、物療とビタミン剤投与のみの治療を受け続けていたことが認められる。

Xによれば、同人が星状神経節ブロックの治療を避けたのは、神経に針を刺すことを恐れてのことだというのであり、注射により障害を負ったXにしてみればそれもやむを得ない面はあるということはできると判示しました。

控訴審裁判所は、しかし、RSDないしカウザルギーは、慢性期に入る以前の早期治療が特に重要と解されるところ、Xの右手が、現在、上記のような症状であることについては、Xにおいて、上記のような医師の勧める症状改善に有効と思われる早期治療を断り続けたことがその一因となっていると強く推認されると判示しました。その上で、控訴審裁判所は、このようなXの対応は、損害の公平な配分という観点からすれば、現在の損害発生についてXが寄与した部分があり、その割合は、損害額の3割と認めるのが相当であると判断しました。

裁判所は、なお、Y1社及びY2は、Xの症状につき精神的・心因的要因に基づく部分がある旨主張し、証拠によればRSD自体、交感神経系の異常な緊張が関与している場合が多いと推測されていることが認められると判示しました。しかしながら、裁判所は、Xにおいて、その症状が精神的ないし心因的要因に基づいて生じていると認めるに足りる証拠はなく、同主張は理由がないとしました。

(4)障害付加補償金請求権

控訴審裁判所は、Y1社の「社員等業務災害付加補償規則」21条は、Y1社は社員が業務上負傷し、身体に障害が存するときは、労災保険給付の際認定された障害の程度(障害等級第1級~第14級)に応じて補償を行うと規定していると判示しました。その上で、控訴審裁判所は、同規定には、補償を行う日は記載されていないことから、上記障害付加補償は、期限の定めのない債務であって、請求によって支払義務が生じるものと解されると判断しました。

そして、控訴審裁判所は、本件では、Y1社の社員であるXが業務上負傷し、労災保険給付の際、障害等級7級3号に認定されたと判示し、上記規定は、労災保険給付の等級認定の程度に応じて補償を行うものであるところ、本件口頭弁論終結時において、労災保険給付の等級認定が変更されたとする主張、立証はないと認定しました。

控訴審裁判所は、したがって、当該規定に基づき、XはY1社に対して、X平均日額1万4124円に1360日を乗じ、ここから労災保険法により給付される初年度の年金額185万0200円及び特別年金年額37万0100円をそれぞれ控除した額から、100円未満の端数を切り上げた額である1698万8400円の障害付加補償金請求権を取得したものと認められるとしました。

以上より、控訴裁判所は、第一審裁判所の認容額を変更して、上記控訴裁判所認容額の限度でXの請求を認容しました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2014年9月10日
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