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No.54「患者の死因について遺族に誤った事後説明をした医師に損害賠償義務を認める判決」

広島地方裁判所 平成4年12月21日判決(判例タイムズ814号202頁)

(争点)

  1. 患者の死因が誤飲による窒息死であったか否か
  2. 患者の死亡について、医師らに過失があったか否か
  3. 遺族に対して誤った事後説明を行ったことにつき、説明をした医師に慰謝料支払義務があるか、あるとすればどのような場合か

(事案)

患者Aは、昭和58年1月9日朝、左片麻痺を起こして立ち上がれなくなり、K病院で診察を受けたところ、脳出血と診断され、即日入院して脳内血腫除去の手術を受けた。1月17日、患者Aは急性腎不全を併発し、人工透析を受けるためにF外科病院に転入院した。1月18日午後9時10分に患者Aの死亡が確認された。

患者Aの死亡直後、F外科病院院長のS医師は、患者Aの夫X1に対して、患者Aが消化管からの吐血を気管内に誤飲して窒息死したと説明した。

そこで、患者Aの夫X1、2人の子供X2、X3は、S医師及びF外科病院の勤務医であったY医師を被告として、両医師の過失によって患者Aが窒息死したとして損害賠償請求を提訴した。

訴訟の途中まで、S医師及びY医師は、患者Aの死因が窒息死であったと認めていたが、鑑定の結果、患者Aの直接の死亡原因は、脳障害に腎機能障害と何らかの感染症疾患とが加わり全身状態が極めて悪化して心臓の機能低下を招いたことによる、急性の心不全と判明した。

(損害賠償請求額)

遺族3名合計で5076万円
(内訳:逸失利益2552万円+慰謝料2000万円+弁護士費用524万円。ただし、事後報告義務違反についての慰謝料請求額は300万円)

(判決による請求認容額)

遺族3名合計で50万円
(内訳:事後説明義務違反についての慰謝料40万円+弁護士費用10万円)

(裁判所の判断)

患者の死因が誤飲による窒息死であったか否か

裁判所は、鑑定の結果を踏まえ、患者Aの死因は誤飲による窒息死ではなかったと認定しました。

患者の死亡について、医師らに過失があったか否か

裁判所は、患者Aの死亡に至る経過について、脳出血によりけいれんを伴う重篤な脳障害を引き起こしたうえ、さらに腎機能障害を併発したという病勢から、S・Y医師らが診療上の配慮をしても延命を実現できた可能性はなかったとして、患者Aの死亡についての医師らの過失を否定しました。

遺族に対して誤った事後説明を行ったことにつき、説明をした医師に慰謝料支払義務があるか、あるとすればどのような場合か 

裁判所は、自己が診療した患者が死亡するに至った経緯・原因について、診療を通じて知り得た事実に基づいて、遺族に対し適切な説明を行うことも、医師の遺族に対する法的な義務(ただし、あくまでも付随的な義務)であると判示しました。

更に、裁判所は、医師の基礎的な医学上の知識の欠如等の重大な落度によって、患者の死亡の経過・原因についての誤った説明が行われたような場合には、この点について医師に不法行為上の過失があるとし、医師は誤った説明によって遺族の受けた精神的苦痛が法的に見て金銭的な賠償を相当とする程度に重大なものである場合における慰謝料を支払う義務があると判示しました。 そのうえで、裁判所は、S医師による誤飲による窒息死という誤った事後説明の内容は、医学上の基礎的な認識を欠いていたために犯した誤りであり、あきらめきれない強い無念の思いを遺族に対して抱かせるものであるとしました。そして、そのことが本訴の提起にまでつながり、さらに、訴訟中も、S医師は、鑑定が行われるまで、引き続きこのような誤った事後説明に沿った主張、供述をしている、という本件訴訟の提起の前後を通じての経過をも考慮に入れると、S医師の誤った説明によって原告らの受けた精神的苦痛は、社会通念上、損害賠償の対象となる程度にまで達していると認めるのが相当であると判示し、S医師に慰謝料の支払義務を認めました。

(もう一人の被告であるY医師については、事後説明に関与していないとして、損害賠償義務を否定しました)

カテゴリ: 2005年9月26日
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