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No.14 「開業医に転送義務違反を認定。急性脳症患者の請求を棄却した高裁判決を最高裁判所が破棄差戻し」

平成15年11月11日 最高裁判所第三小法廷判決

(争点)

  1. 開業医に高度な医療を施すことのできる適切な医療機関への転送義務を怠った過失があったか
  2. 上記転送義務違反と、患者の急性脳症による後遺障害との間の因果関係が証明されなくても、転送されていれば患者に重大な後遺障害が残らなかった相当程度の可能性があると証明されるときは、医師はその可能性を侵害されたことについて不法行為責任を負うか

(事案)

上告人(事故当時小学6年生)が昭和63年9月27日ころから発熱し、同月29日と30日にかかりつけの被上告人(開業医)が開設する本件医院(内科・小児科を診療科目とし、入院施設のない診療所)で被上告人の診療を受け、薬剤の投与を受けた。しかしその後再び発熱し、大量の嘔吐をするなどし、同年10月3日午前8時30分ころ、本件医院で被上告人の診察を受けて急性胃腸炎、脱水症等と診断され、約4時間にわたり本件医院2階の処置室で700ccの点滴による輸液を受けたが嘔吐の症状は改善されなかった。

上告人はいったん帰宅したが、嘔吐の症状が続いたので午後4時ころ以降、再度本件医院で診療を受け、2階の処置室で再び点滴による輸液を受けたりしたが、嘔吐の症状は治まらず、軽度の意識障害等を思わせる言動もあり、不安を覚えた母親が被上告人の診察を求めたが、1階で外来診療中だった被上告人はすぐには診察せず、点滴の合間に上告人を診察した。

上告人は午後8時30分ころ、点滴を終えて母親に背負われて1階に下り、被上告人の診察を受けた後、午後9時ころ帰宅した。帰宅後も嘔吐の症状が続き、上告人は10月4日早朝から母親の呼びかけにも返答しなくなった。

被上告人は午前8時30分、上告人方に電話をし、上告人の容態を知ってすぐに来院するよう指示した。上告人は午前9時前に本件医院に来院したが、意識の混濁した状態で、呼びかけにも反応しなかった。

被上告人は総合病院への緊急入院を決めて紹介状を母親に交付した。

同日午前11時に上告人の入院措置がとられたが、意識は回復せず、平成元年2月20日、原因不明の急性脳症と診断された。

上告人は、その後も急性脳症による脳原性運動機能障害が残り、身体障害者等級1級と認定され、日常生活全般にわたり常時介護を要する状態にある(平成13年5月8日後見開始の審判を受け、成年後見人が付された)。

(判決による請求認容額)

患者側敗訴の控訴審判決を破棄差戻ししたので、損害についての判断は最高裁判所ではなされていません

(裁判所の判断)

(転送義務違反)について

(1)原審(大阪高等裁判所)は昭和63年10月3日午後4時ころから同日午後9時ころまでの間の診療(以下本件診療という)の終了時までに急性脳症の発症を疑って、上告人を総合医療機関に転送すべき義務はなかったと判断した。

(2)上告審(最高裁判所)は、以下の理由で原審の判断を覆した。
1. 被上告人は、初診から5日目の本件診療を開始する時点で、上告人の症状が治まらないことなどから、それまでの自らの診療が適切なものでなかったことを認識可能であったとし、また、本件診療開始後も上告人に軽度の意識障害を疑わせる言動があったことなどから、上告人が急性脳症等を含む何らかの重大で緊急性のある病気にかかっている可能性が高いことも認識できたとみるべきである。
2. 重大で緊急性のある病気のうちには、その予後が一般に重篤で極めて不良であって、予後の良否が早期治療に左右される急性脳症等が含まれることになどに鑑みると、上告人に軽度の意識障害等を疑わせる言動があり、母親から診察を求められた時点で、直ちに上告人を診断した上で、重大で緊急性のある病気に対しても適切に対処し得る、高度な医療機器による精密検査及び入院加療等が可能な医療機関へ上告人を転送し、適切な治療を受けさせるべき義務があった。
3. 被上告人には、上記転送義務を怠った過失があり、これと異なる原審の判断には、転送義務の存否に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。

(相当程度の可能性の侵害)について

(1)原審は、仮に本件診療終了時までに上告人を総合医療機関に転送すべき義務があったとしても、鑑定の結果等に照らせば被上告人の転送義務違反と上告人の後遺障害との間に因果関係を認めることができないとした。更に、早期転送によって上告人の後遺症を防止できたことについての相当程度の可能性があるということもできないと判断した。

(2)上告審は以下の理由で原審の判断を覆した。
1. 「医師が過失により医療水準にかなった医療を行わなかった場合には、その医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが、上記医療が行われていたならば、患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う」とした平成12年9月22日の最高裁判決を引用し、転送義務違反と重大な後遺症という本件の場合も同様に解すべきとした。
そして、転送義務違反行為と患者の重大な後遺症の残存との間の因果関係の存在は証明されなくとも、適時に適切な医療機関への転送が行われ、同医療機関において適切な検査、治療等の医療行為を受けていたならば、患者に重大な後遺症が残らなかった相当程度の可能性の存在が証明されるときは、医師は患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解するのが相当とした。
2. 上記相当程度の可能性の存否については、本来転送すべき時点における上告人の具体的な症状に即して、転送先の病院で適切な検査、治療を受けた場合の可能性の程度を検討すべきと判示。
3. 更に、急性脳症の予後につき、原判決の引用する統計によれば、昭和51年の統計では、生存者中、その63%には中枢神経後遺症が残ったが、残りの37%(死亡者を含めた全体の約23%)には中枢神経後遺症が残らなかったこと、昭和62年の統計では、完全回復をした者が全体の22.2%であり、残りの77.8%の数値の中には、上告人のような重大な後遺症が残らなかった軽症の者も含まれていると考えられることからすると、これらの統計数値は、むしろ上記の相当程度の可能性が存在することを伺わせる事情というべきであると判断。
5 .原審の上記(1)の判断には、相当程度の可能性の存否に関する法令の解釈適用を誤った違法がある。

結論 破棄差戻し

原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決中上告人に関する部分は破棄を免れないとした上で、相当程度の可能性の存否等について更に審理を尽くさせるため、上記部分につき、本件を原審に差し戻すとした。
(裁判官全員一致)

カテゴリ: 2004年1月28日
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