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No.173「前立肥大のレーザー手術中、医師の頸椎麻酔薬注入後、患者が呼吸停止、心肺停止に陥り、その後死亡。医師の責任を認めた判決」

札幌地方裁判所平成19年9月26日 判例時報2005号54頁

(争点)

  1. 医師に本件麻酔薬注入後、坐位による安静を維持して麻酔高の上昇を避けるべき注意義務違反があるか
  2. 医師に本件麻酔施行中に患者の全身状態を監視すべき注意義務違反があるか
  3. 医師の過失と患者の死亡との間の相当因果関係の有無

(事案)

患者A(本件手術当時79歳の男性)は、平成15年11月20日、初めて医療法人社団Y泌尿器科(Y法人)の開設するY泌尿器科(Y病院)を受診し、Y法人の理事長である泌尿器科医Y医師により、前立腺肥大、前立腺腫瘍(疑い)、尿道窄狭と診断された。AはY医師の勧めに従い、同年12月8日に前立腺生検手術、経尿道的レーザー前立腺切除術及び尿道窄狭切開術(本件手術)を受けることとした。

本件手術当日、Y医師は、午前11時24分、Aに脊椎麻酔をかけるため、第五腰椎と第一仙椎の椎間から、局所麻酔薬であるネオペルカミン・S(本件麻酔薬)1.8mlを注入した(本件麻酔)。

Y医師は、午前11時35分に経尿道的尿道狭窄切開術を開始し、39分に尿道拡張術を行い、43分にインディゴレーザーによる経尿道的レーザー前立腺切除術を開始し、45分に6カ所の前立腺生検手術を実施した。午前11時52分、Y医師はAに対し、プロレスターズによる前立腺レーザー高温度治療(プロスタ)を開始したが、その直後、Aの血圧が低下し、意識レベルも低下して呼吸停止状態になった。

Aは救急車で心肺蘇生処置を受けながらH病院に心肺停止状態で搬送され、H病院の医師により蘇生処置を受けた結果、心拍は再開したものの、意識を回復することはなく、低酸素脳症ないし蘇生後脳症と診断された。その後平成16年7月2日、急性肺炎を直接の死亡原因として、死亡した。

Aの妻X1、AとX1の子であるX2、X3、及びAの子であるX4はY法人及びY医師に対し、Y医師が手術を行うに際し、麻酔の管理等につきY医師に過失があり、その結果Aが死亡したと主張して、損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

患者の遺族の請求額:遺族合計8499万5850円
(内訳:治療費70万円+搬送先の入院雑費31万2000円+休業損害704万1311円+逸失利益3879万8539円+入院慰謝料374万4000円+死亡慰謝料2500万円+葬儀費用170万円+弁護士費用770万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:遺族合計5803万0964円
(内訳:治療費70万円+搬送先の入院雑費31万2000円+休業損害0円+逸失利益2524万8964円+入院慰謝料300万円+死亡慰謝料2200万円+葬儀費用150万円+弁護士費用527万円)

(裁判所の判断)

医師に本件麻酔薬注入後、坐位による安静を維持して麻酔高の上昇を避けるべき注意義務違反があるか

まず裁判所は、本件麻酔は、客観的にはサドルブロック(麻酔薬を坐位で注入する)の術式で行われており、Y医師も、本件麻酔をサドルブロックとして行ったものと認識していたと認定しました。

その上で、医学的知見によれば、サドルブロックにおいては、麻酔薬の上位レベルへの拡散を防ぎ、不要な麻酔高の上昇を避けるため、麻酔薬の注入後少なくとも5分間は坐位を維持すべきであるとされているとし、本件麻酔を行うに際し、Y医師には麻酔薬注入後少なくとも5分間は坐位を維持すべき注意義務があったと認定しました。

しかし、Y医師は、Aを坐位にして本件麻酔薬を注入し、その2分後にはAの体位を仰臥位に変換し、さらに3分後には仰臥位から砕石位に変換したというのであるから、Y医師には、坐位による安静を維持すべき注意義務を怠った過失があるとしました。

医師に本件麻酔施行中に患者の全身状態を監視すべき注意義務違反があるか

裁判所は、まず、医学的知見によれば、脊椎麻酔を行うに際し、麻酔薬注入後、麻酔レベルが固定するまでに少なくとも15分間程度は必要であると解されるから、医師は、少なくとも麻酔薬注入後15分までは麻酔高を注意深く観察すべき注意義務があるとしました。

しかし、Y医師は、本件麻酔に際し、本件麻酔薬注入後2分で坐位から仰臥位に体位を変換し、その直後に麻酔高を1回確認したのみであり、その確認の時点において、既に、Aの麻酔高は、サドルブロックにおける通常の麻酔高である第一仙椎ないし第五仙椎レベルを超えて、第一腰椎ないし第二腰椎レベルに至っていたにもかかわらず、それ以降は一度も麻酔高を確認しなかったというのであるから、Y医師には、本件麻酔薬注入後、麻酔高の監視を怠った過失があると判示しました。

医師の過失と患者の死亡との間の相当因果関係の有無

裁判所は、まず、医学的知見によれば、脊椎麻酔において、麻酔レベルが第五胸神経以上のレベルまで上昇し、いわゆる高位脊椎麻酔に至ると、交感神経遮断による末梢神経拡張などにより低血圧を生じ、意識レベルが低下することがあり、麻酔レベルが第三頸椎ないし第五頸椎まで上昇すると、呼吸筋を司る肋間筋、横隔神経が遮断され、呼吸停止に至ることがあると判示しました。

そして、本件では、Aの急激な血圧低下及びこれに引き続き生じた呼吸停止、心停止の原因は、麻酔高が第五胸神経以上のレベルまで上昇し、高位脊椎麻酔の状態、またはそれに近い状態に至ったためであると認定しました。

そして、Y医師の麻酔薬注入時の坐位による安静を維持して麻酔高の上昇を避けるべき注意義務及び監視義務に違反した過失と、Aの急激な血圧低下及びこれに引き続き生じた呼吸停止、心停止との間に相当因果関係を認めました。

さらに、Aが死亡した直接の原因は肺炎であるが、肺炎は本件手術時の呼吸停止、心停止により全身状態が悪化したために発生したものであり、本件手術時における呼吸停止、心停止は、Y医師の前記過失によるものであるとし、各過失とAの死亡との間に相当因果関係を認めました。

以上より、Y法人とY医師に対して、連帯して、「裁判所の認容額」記載の損害賠償義務を認めました。

カテゴリ: 2010年8月 4日
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