医療判決紹介:最新記事

No.386 「内科から泌尿器科に転科した入院患者につき膀胱後部の腫瘍がスキルス胃癌の転移によるものと発見できず、その後、患者が自殺。転科から4、5ヶ月経過後の胃部の内視鏡、レントゲン検査を懈怠した病院の債務不履行責任を認めた地裁判決」

広島地方裁判所平成7年12月5日判決 判例時報1589号95頁

(争点)

  1. 入院当初の検査は本件診療契約に照らし十分なものであったか否か
  2. 泌尿器科への転科後の検査等は本件診療契約に照らし十分なものであったか否か

(事案)

A(当時54歳・旅館経営の男性)は、平成元年9月9日、強度の腰痛を訴え、B診療所の診察などを受けたのち、同月19日、Y組合の経営する病院(以下、「Y病院」という。)と診療契約を締結し、Y病院の内科に入院した。なお、Y病院は県北の医療分野においては最大規模を誇り、その中核となる病院であった。

Y病院では、Aの入院後、同月30日までに、腹部等の精密検査(以下、「入院当初の検査」という。)を行ったところ、膀胱後部の腫瘍、両側水腎症等が認められた。そのとき、Y病院は胃の内視鏡検査を実施したが、胃のレントゲン撮影による検査は行わなかった。

その当時、内科の担当医はAの病気の原因として、胃癌を疑い、胃癌の中にはいわゆるスキルス胃癌があることも可能性としては認識していた。

Aは、膀胱後部の腫瘍が認められたことから、同年10月2日、Y病院泌尿器科に転科した。

泌尿器科においては、5回にわたり、Aの膀胱後部腫瘍の組織の一部を採取し病理組織検査等が実施され、その結果はいずれも当該腫瘍は悪性とは認められないというものであった。

泌尿器科の担当医は胃癌からの転移も疑っていたが、腹部の内視鏡、レントゲン等の精密な再検査は行わず(平成2年2月22日、エコーで胃の形態を観察したことは認められる。)、また、内科への再転科、他病院への転院勧告も行わなかった。

平成2年4月2日からは、泌尿器科で化学療法(抗癌剤エンドキサン、オンコビン、ダカルバジン等の投与)を行った。

Aは、抗癌剤の投与開始ころより、強度の苦痛を訴えるようになっていたところ、同年4月8日に、付き添っていたAの妻の隙をついて、病院のベランダから投身自殺した。

その後、Aの遺体を解剖した結果、当時、Aはスキルス胃癌に罹患しており、膀胱後部腫瘍はスキルス胃癌の転移であり、そのために前記一連の症状を呈したものであったことが判明した。

そこで、相次ぐ検査にもかかわらず自己の病名が判明しないまま治療のためY病院に入院中であったAが、病状に対する不安や強度の苦痛から自殺したことにつき、Aの相続人(妻子)らが、Yに対し検査及び治療に不十分な点があるとして診療契約の債務不履行に基づき、損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
遺族合計6250万円
(内訳:逸失利益※の内金4000万円+慰謝料2000万円+弁護士費用250万)
※なお、逸失利益が認められないときの予備的請求として遺族固有の慰謝料1200万円

(裁判所の認容額)

認容額:
遺族合計330万円
(内訳:Aの慰謝料300万+弁護士費用30万円)

(裁判所の判断)

1 入院当初の検査は本件診療契約に照らし十分なものであったか否か

裁判所は、近年、内視鏡自体の性能が非常に向上したことに鑑みれば、通常の胃癌については、胃の内視鏡検査を行い、異常が認められなければレントゲン検査を行う必要がない場合もあると認められるが、ことスキルス胃癌については、胃の粘膜下に広範囲瀰漫的に浸潤する性質のものであるので、粘膜の表面上を視覚的に検査する内視鏡検査で何ら異常が発見できない場合にも粘膜下に胃癌が浸潤していることがあるのであって、その場合、レントゲン検査はスキルス胃癌による胃壁の硬化や伸展不良を発見するのに有効であることが認められるとしました。

そうだとすると、Y病院の担当医が胃癌の疑いを持ち、胃癌にはその一種としてスキルス胃癌があることも可能性として認識していた以上、胃部のレントゲン検査をする必要性があったものと認められるとしました。

しかし、この入院当初の検査の時点において、胃のレントゲン検査がなされていたらAのスキルス胃癌が発見できたか否かについては、当時のAの自覚症状等の状況等を総合的に判断すると、その可能性は極めて低かったものと言わざるを得ないと判示しました。

裁判所は、したがって、入院当初の検査の時点におけるレントゲン検査の不実施とAのスキルス胃癌を早期に発見できなかったこととの間に因果関係を認めることはできず、Y病院が入院当初にレントゲン検査をしなかったことを根拠に、Y病院の遺族らに対する損害賠償債務を認めることは出来ないと判断しました。

2 泌尿器科への転科後の検査等は本件診療契約に照らし十分なものであったか否か

裁判所は、Aは、平成2年1月2日ころ、胃部の不調を担当医に対して書面で訴えていたこと、それに対して、担当医は消化調整作用の効力を持つ薬品を投与していることが認められ、担当医はAの胃の不調の原因を薬品等の副作用であると判断したものと推測されるとしました。その点については、当時の状況からして無理からぬ面もあるが、一般に日本人については胃癌の発生率が高く、担当医も当初から胃癌からの転移であるとの疑いを持っていたこと等の事情も勘案すれば、少なくとも胃部の再検査を検討する契機とはなり得たものと考えられると判示しました。

実際にも、Y病院は平成2年2月22日にAに対してエコーで胃の形態を観察する検査を行っており、その時点で胃癌からの転移であるとの疑いを依然として持っていたことが推認されると指摘しました。そうであれば、当時、胃部の内視鏡検査、レントゲン検査が困難であった等の事情が認められない以上、その時点でさらに胃部の内視鏡検査、レントゲン検査を実施することも検討されてしかるべきであったと判示しました。

転科直後においては、その直前になされた内科における胃部の精密検査によりなんら異常が発見されなかったことをもって再検査の必要性を認めなかったとしても落度があるとはいい得ないが、その後4ないし5ヶ月経過している平成2年2月ないし3月の時点においては、何らかの状況の変化が生じ、以前の検査では発見することができなかった異常を発見する可能性があることにも思いを致し、胃部の再検査を実施すべきであったのであって、Y病院において胃癌からの転移であるとの疑いを持ち続けていたこと、胃癌の中には初期には粘膜上に顕著な兆候を表さないスキルス胃癌もあること、スキルス胃癌の進行速度は速いこと等を認識していたということに鑑みても上記のようにいわざるを得ないと判断しました。

裁判所は、そのうえで、平成2年2月ないし3月ころに胃部の内視鏡検査、レントゲン検査をした場合のAの胃癌発見の可能性について検討し、解剖時である平成2年4月初旬ころのAの胃の状態はスキルス胃癌により鉛管状となり、漿膜上には多数の白色病変がみとめられ、胃体部は高度の肥厚が認められるというもので、いわばスキルス胃癌の末期状態にあったものと認められると判示しました。

また、Aの膀胱後部の腫瘍がスキルス胃癌からの転移であることからすると、Aが入院した当初には既にスキルス胃癌に罹患していたものと認められ、ただ、入院当初にはまだその初期段階であったため、粘膜上に病変を表していなかったものと認められるとしました。

そうすると、Aのスキルス胃癌は、Aの入院時である平成元年9月ころより、翌2年4月ころにかけて急速に進行したということが優に推認されるのであって、その進行程度からすると、平成2年2月ころの時点においては、癌が相当程度進行し、胃の粘膜上になんらかの病変が認められるようになっていたであろうことを推認することができると判示しました。

したがって、その時期に、胃の内視鏡検査、レントゲン検査を行っていればほぼ確実に胃癌が発見されたと認めることができるとしました。

以上により、Y病院が、平成2年2月ないし3月ころに、Aの胃部の内視鏡、レントゲン検査を行わず、これによりAの胃癌を発見できなかったことは本件診療契約上の過失ないし債務不履行であると認められると判断しました。

ただし、スキルス胃癌の再発率は高く、手術後の3年ないし5年生存率は決して高いものとはいえないことが認められ、現にAのスキルス胃癌は入院当初既に膀胱後部に転移し腫瘍を形成していたこと等の状況に照らしてみると、Aの胃癌が上記検査によって発見され、手術等の治療がなされたとしても、Aが快癒し67歳まで労働可能であった可能性については極めて低いものと言わざるを得ず、Y病院の債務不履行とAの逸失利益の損害との間の因果関係は認められないと判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で遺族らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年7月 9日
ページの先頭へ