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No.382 「分娩誘発剤投与後、妊婦が子宮破裂。医師に医学的適応がないのに分娩誘発剤を使用した過失及び分娩監視義務違反を認めた地裁判決」

広島地方裁判所平成8年3月28日判決 判例タイムズ912号 223頁

(争点)

  1. X1の子宮破裂の原因が分娩誘発剤アトニン-Oの投与にあったか否か
  2. 子宮破裂・胎児仮死と出生児(A)の死亡との間の因果関係の有無
  3. 分娩誘発剤アトニン-O使用の適応の有無
  4. 分娩誘発剤アトニン-Oの投与量(特に増量の程度)の適否及び監視注意義務違反、アトニン-O投与中止義務違反の有無

(事案)

X1(経産2回、人工中絶1回、自然流産1回を経験)は第三子(A)妊娠のため、平成2年(以下、特別の断りのない限り同年のこととする。)1月19日、Y医師の開設する産婦人科医院(以下、「Y医院」という。)において、Y医師の診察を受けた。この時点でX1は妊娠9週であり、分娩予定日は同年8月23日と診断された。

同年8月13日、X1は夫であるX2の盆休暇の間に出産したいとの強い希望により、Y医院に入院した。これに対し、Y医師は、陣痛発来前の誘発剤分娩は計画分娩であり、誘発には分娩誘発剤を使用すること等の説明を行い、X1は、その説明に納得した上で、誘発分娩を希望した。

同日20時から23時まで1時間毎にプロスタルモンE錠を合計4錠経口投与した。この結果、軽い陣痛が起きたが、時間の経過と共に陣痛は消失した。なお、この間児心音は良好であった。

翌14日10時40分、頚管軟化、開大を目的として風船ブジーを挿入したが、15時30分にはY医師の内診の結果、風船ブジー自然抜去を確認し、洗浄処置を行った。同日18時より21時まで1時間毎にプロスタルモンE1錠ずつ合計4錠を経口投与した。20時には分娩監視装置を装着し、陣痛の発来を確認したが、21時以降陣痛は消失した。

翌15日7時30分、Y医師の内診の結果、児頭高く、分娩誘発は無理と判断し、X1は退院した。

その後、8月30日午前11時にY医師がX1を診断したところ、子宮口二指開大し、やや柔らかくなっており、下腹部に緊張感があり、10分ごとにおなかが張るとの訴えがあった。このときのビショップスコア(頸感成熟度)は5点に相当した。また粘液性の帯下が認められた。

11時20分ころより30分間、分娩監視装置を装着したところ、児心音に異常はなく、12、3分おきに陣痛が認められたため、夕方入院を勧めた。

同日20時20分、X1は同医院に入院した。入院後は、午前中見られた陣痛は弱くなり、微弱陣痛で推移している傾向が見られた。そこでY医師は、「分娩がどうもスムーズに進んでいない。これは陣痛が弱いことが原因であると思われるので、もう一度薬を飲んでみましょう。」とX1に説明した上、同日20時30分から23時30分まで1時間毎にプロスタルモンEを一錠ずつ経口投与した。

23時20分から同50分まで分娩監視装置によるNST検査の結果、約8分の間隔で微弱な子宮収縮がみられ、児心音は正常であり、血圧にも異常は見られなかった。

8月31日午前8時、Y医師が内診したところ、子宮口開大三指弱であり、児心音は正常であった。また、児頭は少し高いが、胎胞に少し触れることができた。下腹部緊張感はあったが、陣痛は微弱であり、分娩進行に有効な陣痛の発来は見られなかった。

そこで、Y医師からX1に対し、「陣痛をここで強くして、分娩を進行させるために今日は点滴をしましょう。」とアトニン-Oの使用について説明がなされ、これに対しX1は「はい」と答えた。

午前10時、アトニン-O2.5単位の投与が、インフュージョンポンプ1分間10滴の割合(1分間0.5ミリリットル)で開始された。

10時15分、X1を監視中の看護師から、外来診察中のY医師に対し、出産に有効な腹部の張りと出血が見られないとの報告があった。この報告に基づいて、Y医師は、アトニン-Oの点滴投与につき、1分間に15滴(1分間に0.75ミリリットル)に増量するよう指示した。

10時30分、Y医師は、陣痛間隔が1ないし1.5分間隔になったとの報告を受け、分娩監視装置装着を指示し、10時40分には記録が開始された。

10時50分、Y医師は、外来看護師にX1の様子を見るように指示したところ、看護師からX1に出血が見られるとの報告を受けたため、直ちに診察したところ、凝血のある多量の出血を認めたので、分娩監視装置をはずし、病室から分娩室へ移送した。

10時52分、Y医師はアトニン-Oの点滴を中止し、ラクテックG500ミリリットルに切り換えた。このとき子宮口は四指開大しており、手拳大の血塊が混ざった出血が認められ、病的収縮輪が認められ、血圧は上が102、下が80であり、顔色不良にて前ショック状態で子宮破裂も疑われた。

11時00分、Y医師は、B市民病院が転送受け入れを受諾した後、X1を救急車で同病院へ転送した。

11時34分には、X1はB市民病院に到着し、直ちに手術室に搬入された。同病院医師の診断の結果、全身所見としては、ショックの少し前の状態であり、多量の出血が認められ、胎児部分を直接腹壁から触れることができたので、完全子宮破裂と判断された。

11時52分、開腹手術が開始された。B市民病院のH医師の開腹所見によれば、児頭は子宮頸部及び膣内に嵌入していたが、子宮の下部、膀胱の移行部において横方向に幅広く断裂しており、子宮頸部は後壁を残すのみとなっていた。児の肩甲及び軀幹はすでに腹腔内に娩出されていた。胎盤は子宮後壁に付着していたが、常位胎盤早期剥離の所見はなかった。

11時57分にAが娩出され、15時40分、子宮膣上部切断術施行による子宮並びに左子宮付属器摘出術が終了し、17時にX1は病室に戻った。

その後、X1は治療を続け、9月17日にB市民病院を退院した。

一方、Aは8月31日、体重3027グラムで出生したが、生後1分のアプガースコアは4点という重症仮死であった。直ちに気管内挿管が行われ、酸素投与、心マッサージ、エフェドリン投与等が行われ、30分後にアプガースコアは10点となった。しかし、心雑音が認められ、ファロー四徴症が疑われた。そのため、同日夕方、心疾患の専門病院であるC病院に転送され、NICU(未熟児管理センター)に入院した。入院時の心エコー検査の結果、Aは「ファロー四徴症の極型」であることが判明したほか、動脈管開存、大動脈狭窄と診断された。

ファロー四徴症の極型とは、肺動脈閉鎖、心室中隔欠損、大動脈騎乗、右心室肥大の存する心臓奇形をいい、肺動脈閉鎖及び心室中隔欠損があるため、体循環により右心室に達した血液(静脈血)が肺動脈に移行することができず、直接左心室に入り、そのまま大動脈に流れ込み、このままでは肺循環が全くできないため生存することができないものをいう。そこで、肺への代替血流路として動脈管(大動脈と肺動脈をつなぐ血管であり、正常な場合には、生直後閉鎖される。)が開存し、一部の血液は肺に流入して血液を酸素化(肺循環)させることにより、生存が可能となる。

そこで、ファロー四徴症に対する治療として、動脈管開存保持のためプロスタグランディンE1製剤の持続点滴が開始された。

その後のAの治療経過は以下のとおりである。

9月7日、頭部X線CTスキャンが施行され、頭蓋内出血像はなかったものの、中等度の脳浮腫が認められた。

9月10日、動脈管が狭小化していることが確認されたため、B-Tシャント術(鎖骨下動脈と肺動脈の吻合手術)が施行された。

10月16日、動脈管が閉塞しかかっていることが判明し、同日から翌17日にかけて、上行大動脈と肺動脈の吻合のための緊急手術(セントラルシャント術)が開始された。

11月6日、頭部X線CTスキャンにより軽度の脳室拡大像及び脳萎縮像が得られた。

12月28日から全身に浮腫がみられ、心臓の症状悪化が考えられた。

平成3年1月6日、心エコー検査の結果、左心室駆出率が40ないし50%に低下していることが認められた。

同年1月12日、突然呼吸が停止し徐脈となる。直ちに挿管し、呼吸管理をするとともに、酸素投与、強心剤の投与により蘇生したが、1月15日まで症状は好転することなく推移した。

1月16日、心臓カテーテル検査中に2回徐脈となり、心臓マッサージ、強心剤の投与により蘇生した。カテーテル終了しNICUに帰室後、吸引直後に徐脈となったため、直ちに心臓マッサージを開始し、ボスミン静注、気管内挿管により蘇生した。

1月17日11時に心臓停止し、心臓マッサージ開始し、ボスミン静注、気管内挿管を続けるも効果無く、12時10分に死亡した。

そこで、Aの両親であるX1及びX2は、X1の子宮破裂の原因は分娩誘発剤投与による過強陣痛にあり、Aの死亡は、子宮破裂・胎児仮死を原因とする低酸素症による脳障害に起因するものであると主張し、Yに対して、損害賠償を請求した。

(損害賠償請求)

請求額:
(X1及びX2合計)4570万円
(内訳:Aの慰謝料1600万円+Aの逸失利益1000万円+X1の慰謝料1500万円+弁護士費用470万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
550万円
(内訳:X1の慰謝料500万円+弁護士費用50万円)

(裁判所の判断)

1 X1の子宮破裂の原因が分娩誘発剤アトニン-Oの投与にあったか否か

この点につき、裁判所は、まず、子宮破裂の原因としては、子宮下部の過度伸展、子宮筋の解剖的変化(帝王切開による瘢痕等)のほか、重要なものとして、陣痛促進剤の過剰投与等による加害子宮破裂があげられると指摘しました。

そして、8月31日午前10時にアトニン-Oを投与する以前、また、投与開始後も10時15分にアトニン-Oを増量するまでは有効な陣痛がなかったと認められるのに、増量後15分を経過した10時30分には陣痛の間隔が1ないし1.5分となり、さらに10時50分には出血がみられているという事実経過及び鑑定も指摘するように、分娩監視記録に陣痛曲線が比較的規則正しく4回記録されており、このように比較的陣痛の周期が短く、頻回に発生する協調性の陣痛曲線は、オキシトシン開始時にみられる陣痛曲線であること、X1が今回出生した児(A)の体重は3027グラムであり、巨大児とはいえないこと等、本件においては分娩誘発剤の投与以外に子宮破裂の原因となる要素は存在しないことからアトニン-Oの投与が子宮破裂の原因であったと推認することには十分な合理性があると判示しました。

2 子宮破裂・胎児仮死と出生児(A)の死亡との間の因果関係の有無

裁判所は、Aにはファロー四徴症の極型という先天的な心疾患が存在したこと、Aは、X1の子宮破裂に起因する低酸素状態による重度の仮死で出生し、その後も胎児仮死に続発した脳浮腫(無酸素性虚血性脳病変)が疑われ、11月6日の頭部X線CTスキャンでも、軽度の脳室拡大像及び脳萎縮像が得られたこと、Aは、10月16日に行われた上行大動脈と肺動脈の吻合のための手術後、血流が増加し、その容量負荷に心臓が耐えられず、徐々に機能が低下したため、年末から心不全が増強し、心停止に至ったものであり、死亡原因は肺動脈の低形成及び高度の心筋の障害であること、肺動脈の低形成は先天的なものであり、周産期に子宮破裂があったことと関係があるとは認められないことなどを指摘しました。

その上で、胎児仮死による脳障害が心筋障害ひいてはAの死亡に影響を与えているとはいえず、その他の証拠によっても子宮破裂・胎児仮死とAの死亡との間の因果関係の存在を認めるには足りないと判示して因果関係を否定しました。

3 分娩誘発剤アトニン-O使用の適応の有無

裁判所は、医学的適応による分娩誘発とは、母胎・胎児において、妊娠を継続した場合のリスクの方が分娩誘発を行った場合のリスクに比べて大きいと判断された場合に行われると判示しました。

そして、胎児側の適応としては、妊娠中毒症、高血圧、糖尿病等の合併症によって胎盤機能の不全・低下が認められる場合や過期妊娠等が、母体側の適応としては、前期破水による子宮内感染のおそれがある場合等があげられるとしました。

しかし、本件では、母胎に合併症はなく、破水もしておらず、また、出産予定日を1週間経過していただけであり、過期妊娠ともいえないと指摘しました。また、平成2年8月30日に行われたNST検査の結果も、胎児心拍数曲線も基線細変動がやや乏しいが、異常とまではいえず、医学的に急いで分娩を誘発すべき状態ではなかったと判断しました。

このように、裁判所は、Y医師は、X1に対し、医学的適応がないにもかかわらず、分娩誘発剤を使用したものであり、この点において、医療契約の本旨に従わない履行ないし不法行為上の過失が認められると判断しました。

4 分娩誘発剤アトニン-Oの投与量(特に増量の程度)の適否及び監視義務違反、アトニン-O投与中止義務違反の有無

裁判所は、アトニン-Oの増量については、産婦人科医のガイドライン冊子によれば、15から30分毎に毎分3滴(1.5mU/分)ずつ患者の状態を観察しながら増加すべきであるとされるが、これは平成2年1月に発行されたものであり、その発行と同時にそこに記載された方式が統一的に実施できるというものではなく、特にY医師が一般開業医であること及び当時は分娩誘発剤の投与法について従来の投与法が議論されていた時期であり、投与法の基準がひとわたり確定するのに数年を要したという背景事情を考えれば、Y医師がアトニン-O投与開始から15分後に投与量を1分間15滴(1分間0.75ミリリットル)に増量するよう指示したとしても、当時の医学水準を前提とする限り、一般論としては必ずしも不適切とは言えないとしました。

しかしながら、アトニン-Oの使用説明書をはじめ各種の資料によれば、オキシトシンには、子宮収縮剤としての性格上、過量投与により過強陣痛を惹起し、その結果胎児徐脈、胎児仮死が発生することがあり、甚だしい場合には子宮破裂・胎児死亡などが生ずる危険があることが認められ、それゆえに、陣痛を誘発する際の要約(必要条件)としては、十分な分娩監視が可能であることがあげられると指摘しました。

Y医師には、厳重な監視義務があるにもかかわらず、アトニン-Oを投与開始時には当初分娩監視装置は装着せず、しかもY医師は全くX1を観察せず、監視を看護師に任せており、アトニン-O増量に際しても、Y医師は診察しないまま、陣痛が強くないとの看護師の報告のみでこれを行っている点で監視義務違反が認められると判示しました。

本件において、誘発分娩開始以降、陣痛の状況を慎重に監視し、それに基づいてアトニン-Oの投与量を陣痛の状況に応じて調節し、その他適切な処置がとられていたら、子宮破裂は生じなかったものと考えられるとしました。

また、過強陣痛が生じたとしても、早期に発見さえできれば、直ちに薬剤投与を中止し、産婦に安静を取らせ、酸素投与を行う等の対応をとり得ることを考えれば、監視義務が十分に尽くされていれば、仮にアトニン-Oの増量がなされたとしても、過強陣痛・子宮破裂の切迫兆候の発見が遅れることはなく、アトニン-Oの投与を中止する等の適切な処置を行うことにより本件子宮破裂は生じなかったものと認められると判断しました。

裁判所は、Y医師には、アトニン-O投与後の監視義務の点に関しても医療契約の本旨に従わない履行ないし不法行為上の過失が認められるとしました。

以上より、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年5月10日
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