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No.12 「大学病院での不妊治療で排卵誘発剤の副作用により後遺障害。病院側の説明義務違反を認定」

平成15年8月27日 仙台高等裁判所秋田支部判決

(争点)

  1. 副作用防止注意義務違反
  2. 重症化予防注意義務違反
  3. 脳血栓症発症予防注意義務違反
  4. 説明義務違反
  5. 損害

(事案)

第1審原告(事故当時30歳の女性)が、第1審被告の設置するA大学医学部付属病院で排卵誘発剤を使用した不妊治療を受け、卵巣過剰刺激症候群(OHSS)(注1)を発症し、その結果脳血栓症を発症して左上肢の機能全廃等の後遺症が残った。また、妊娠した子供の中絶、夫との離婚に至った。

第1審で原告は、排卵誘発剤による体外受精の方法を選択した誤り、説明義務違反、副作用防止注意義務違反、重症化予防注意義務違反、脳血栓症予防注意義務違反を主張した。

原判決は説明義務違反の不法行為責任を認めて第1審原告の請求の一部を認容し、その余の請求を棄却。第1審原告、第1審被告双方が控訴。

(注1)【卵巣過剰刺激症候群】 ランソウカジヨウシゲキシヨウコウグン ovarian hyperstimulation syndrome
ゴナドトロピン療法時に、特に卵巣刺激作用の強力なHMG(human menopausal gonadotropin)製剤使用に際して認められることのある症状で、卵巣腫大、腹水貯留を主症状とする.甚しい場合には、卵巣は成人頭大に腫大し、血性腹水、脱水症状、腹痛などを示す.過剰刺激症状の最も初期に現れる軽微な症状は、尿中あるいは血中の過剰なエストロゲン増量反応である.したがってHMG-HCG(human chorionic gonadotropin)療法に際しては、卵巣腫大を内診および超音波断層像検査などでモニターするとともに、エストロゲン測定を繰返し行いつつ実施することによって、過剰反応を回避することが可能である 出典:CD-ROM最新医学大辞典スタンダード版(医歯薬出版株式会社)

(損害賠償請求額)

原審で原告が請求した金額 9,657万7,767円(内訳不明)

(判決による請求認容額)

●原審で裁判所が認めた額
330万円(内訳:慰謝料300万円+弁護士費用(推測)30万円)

●控訴審で裁判所が認めた額
770万円(内訳:慰謝料700万円+弁護士費用(推測)70万円))

(裁判所の判断)

(副作用防止注意義務違反)について

本件事故(平成4年)当時の医療水準として、hMG(注2)の投与量を225IUとしたことは不適切ではなかったと認定。hCG(注3)投与時にエストロゲン値を測定しなかったことにも注意義務違反は無いとした。また、原告の採卵数が27個であったことをもって、OHSS発症の可能性が高かったと認めることはできないから、平成4年当時の医療水準に照らし、大学病院の医師らにhCGの投与を中止すべき義務は無かったとした。

(注2)【HMG】 エツチエムジ・ human menopausal gonadotropin 〈HMG〉
閉経婦人尿性腺刺激ホルモンの略称.閉経婦人の尿中より抽出される性腺刺激ホルモンには卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体化ホルモン(LH)を含み、現在、最も強力な排卵誘発剤として使用される.ヒュメゴンR;Humegon R406.→閉経婦人尿性腺刺激ホルモン

(注3)【絨毛性性腺刺激ホルモン】 ジユウモウセイセイセンシゲキホルモン chorionic gonadotropin 《胎盤性性腺刺激ホルモン、ヒト絨毛性ゴナドトロピン、コリオニックゴナドトロピン;placental gonadotropin,human chorionic gonadotropin〈hCG〉》
胎盤の絨毛上皮から分泌される糖蛋白質ホルモンで、分子量38,000.α・βサブユニットから構成されるhCG-α,-βについてはすでにそれぞれの遺伝子構造も決定されている.妊娠初期に妊娠尿中hCGは急上昇し、妊娠10週頃に最高5,000~500,000IU/lに達し、その後、妊娠中・後期には,10,000IU/l程度と下降し、胎盤娩出とともに消失する.1930年頃より生物学的に,1960年頃より免疫学的に尿中hCGを測定し妊娠反応として用いられてきた.また絨毛性疾患の場合,hCGが腫瘍マーカーとして用いられる.hCGの生物作用はLHと類似し、成熟卵胞に作用して排卵を起こさせる.また黄体のプロゲステロン産生を促進する作用があるが、妊娠中大量に産生される意義について未知の点も多い.臨床的には、無排卵症、流産などに用いられる
出典:CD-ROM最新医学大辞典スタンダード版(医歯薬出版株式会社)

(重症化予防注意義務違反)について

大学病院の医師らが原告に対する経過観察を行う義務を十分に尽くさなかったということはできるが、そのことをもって直ちに重症化予防義務違反を認めることも、経過義務違反と原告の脳血栓症又は脳塞栓症との間の相当因果関係を認めることもできないとした。

(脳血栓症発症予防注意義務違反)について

平成4年当時の医療水準を前提とする限り、大学病院の医師らが、原告の症状が不妊治療の現場において、重症度のOHSSに一般的にみられる症状であるのか、それとも、それとは区別される血栓症又は塞栓症の発症の徴候であるのかを識別し、これに適切に対応することができなかったとしても、やむを得ないとして、医師の注意義務違反を否定。

(説明義務違反)について

患者に重大かつ深刻な結果が生じる危険性が予想される場合、そのような危険性が実現される確率が低い場合であっても、患者にそのような危険性について説明する義務があると判示。危険性が実現される機序や具体的治療法が不明であっても、説明時の医療水準において、ある危険性が具体化した場合に生じる結果についての知見を当該医療機関が有することが相当と認められれば、説明義務を負うと判示し、本件においてOHSSと血栓症または塞栓症との直接の結びつきについての知見が相当程度広まりつつあり、B医師自身も危険性を認識していたとして、大学病院の医師らに説明義務があったと認定。

(損害)について

説明義務が尽くされていたとしても、原告が不妊治療を断念していた高度の蓋然性は認めることはできないことなどから、全結果と説明義務違反との相当因果関係を否定。

慰謝料額については、説明義務を尽くされないまま原告に生じた結果が、全く予想外のもので、期待していた結果との対比からしても、また仮に説明義務が尽くされて治療を断念した場合の結果との対比からしてみても余りに深刻かつ悲惨な事態であり、原告の精神的苦痛は小さくないこと、及び大学病院の医師らが経過観察を怠ったことによる精神的苦痛もあることから、700万円が相当と認定。

カテゴリ: 2003年12月25日
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