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No.27「夜間救急患者につき、検査せず心筋梗塞を肝臓疾患と誤診し患者死亡。診療契約上の債務不履行責任を高裁が認定。遺族が逆転勝訴」

平成2年4月27日大阪高等裁判所損害賠償請求控訴事件(判例時報1391号147頁)

(争点)

  1. 誤診が債務不履行となるか
  2. 本件における誤診が債務不履行に該当するか
  3. 債務不履行と死亡との因果関係

(事案)

昭和55年10月29日午後10時30分頃、患者A(男性、当時31才)が自宅において急に苦痛を訴えたので、同日午後11時07分、救急車で医療法人Yが開設する本件Y病院に搬入され、当直のM医師の診察を受けた。

M医師は、意識正常(清明)、瞳孔正常、顔面蒼白(顔色悪い)、眼球血膜に軽い黄疸症状、下腿に軽度の浮腫及び軽度の腹部膨満があり、心音に異常なしとの所見を得、主訴として上腹部痛、腹部膨満感、全身の倦怠感、息苦しさ、吐き気の訴えを受けたが、問診の際、患者Aが問いかけに対しほとんど応答せず、意思の疎通を欠き、隔絶感を感じさせたので、精神疾患の疑いを持ち、同行したAの母Xから精神分裂病で入院したことがあるとの誤った事実を聞かされ、さらに、肝臓疾患を患ったことがあることを聴取し、結局、前記所見及び主訴に基づき、肝臓疾患があるが緊急に処置しなければならない状態でないと判断し、本人の主訴も考慮してAを入院させた。

Aは、入院後苛々した状態が続き、体動が激しく、不眠、呼吸苦、吐き気、全身の倦怠感を訴え、翌30日の明け方になるに従い右症状が増強したので、同日午前7時頃、呼吸苦を軽減させるため酸素吸入がされたが、午前9時30分頃容体が急変し、9時37分頃無呼吸の状態となり、10時5分死亡した。

(損害賠償請求額)

遺族Xの請求額 5127万5172円(内訳:逸失利益3867万5272円+慰謝料500万円+遺族固有の慰謝料500万円+葬儀費用60万円+弁護士費用200万円)

(判決による請求認容額)

一審裁判所の認めた額 0 控訴審裁判所の認めた額 2913万5454円(内訳:逸失利益2413万5454円+死亡慰謝料500万円)

(裁判所の判断)

誤診が債務不履行となるか

診療契約に基づく医師(病院)の債務である診療義務とは、医師がその専門的知識・経験を通じて、その当時における医療水準に照らし患者の病的症状の医務的解明をし、その症状及び以後の変化に応じて適切かつ充分な治療行為をなすべき義務をいうと解すべきである。したがって、診断を誤った場合は、一般的医療水準から考えて右誤診に至ることが当然であるようなときを除き、債務の履行が不完全であったということができると判示しました。

本件における誤診が債務不履行に該当するか

本件においては、M医師は、心筋梗塞等の心疾患を疑わず、単に肝臓疾患とのみ診断したのであるから、診断を誤ったことは明らかであり、急な発症、上腹部痛ないし同部の膨満感、全身の倦怠感、呼吸苦、吐き気など、心筋梗塞等の心疾患の存在を疑わしめる一方、想定しうる肝臓疾患では説明しきれない症状があったのに、右誤診に至ったということができ、債務の履行が不完全であったというべきであると判示しました。

その上で、心筋梗塞は極めて死亡率の高く、しかも、発症後1週間、特に24時間以内に死亡することが多いという危険な疾患であるから、心筋梗塞と診断されたならば、早急に適切な対策を取らなければならず、したがって、緊急医療における実際の鑑別診断に当たっては、比較的に可能性が小さくても優先的にその該当の有無が検討されなければならないとし、本件ではAに心筋梗塞等の心疾患の存在を疑わしめる一方、想定しうる肝臓疾患では説明しきれない症状があったのであるから、右症状に敏感に対応して、少なくとも、心筋梗塞等の心疾患の可能性を検討すべきであったし、さらに確度の高い診断をするのに必要な検査をすべきであったと認定しました。

従ってM医師の誤診がやむをえなかった事情によるとか、過失がなかったとまではいうことはできないとしてM医師の債務不履行を認めました。

債務不履行と死亡との因果関係

心筋梗塞との診断がつけば、早急に適切な対策を取ることによってAを救命しうる可能性が大きかったことが認められるとして、債務不履行と死亡との因果関係を認めました。

カテゴリ: 2004年7月27日
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