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No.224「巨大児を経膣分娩中に、肩甲難産となり、出生児に麻痺障害が生じた。医師の過失を認め、病院側に賠償を命じた地裁判決」

長崎地方裁判所平成11年4月13日判決判例タイムズ1023号225頁

(争点)

  1. 麻痺の直接の原因は何か
  2. B医師に過失はあったか
  3. 使用者責任に基づく損害賠償請求権の消滅時効の成否

(事案)

A(出産当時38歳の女性)は、昭和62年8月12日、Y県離島医療圏組合(以下、Y組合という)が開設するY病院において、妊娠11週2日、分娩予定日昭和63年3月1日と診断された。
昭和63年2月23日午後3時ころ、Aの陣痛が始まり、AはY病院を訪れ、同日午後10時10分、同病院に入院した。
Aの担当は、昭和62年5月に医師免許を取得し、研修医として大学産科婦人科教室に入局し、その後Y病院に出向し、勤務していたB医師であった。
同日午後11時10分、B医師は、Aに対し、人工破膜を行った。その時点で児頭はSP±0まで下降していたが、その後児頭の下降は進まず、翌24日午前4時30分においても依然としてSP±0であった。
Aの子宮口の開大は、2月23日午後10時30分までに8センチメートルになったが、その後の開大はなかなか進まなかった。
B医師は、2月23日午後10時30分以降、Aに分娩監視装置(CTG)を装着して同人の陣痛の状況及び胎児心音を監視していたところ、翌24日午前1時25分ころ、胎児に1分間に100拍の徐脈が発生し、その後、同日午前1時32分ころには1分間に160拍、午前3時ころには160拍台、午前5時10分ころには同160ないし170拍台となった。
B医師は、同日午前4時ころ、Aについて、その時点では軟産道強靱にあるものと診断し、さらに同人が体重83キログラムの肥満体であることなども併せ考慮し、帝王切開実施の可能性も考えて、検査を指示した。
同日午前6時10分、Aの子宮口はほぼ全開大になった。
同日午前6時55分、B医師はAに対し子宮底圧出法を試みて経膣分娩を行い、その結果同日午前7時12分、Xが娩出された(以下、「本件分娩」という)。なお、本件分娩の途中、Xは頭部だけが娩出し肩甲部の娩出が困難になる「肩甲難産」の状態に陥った。
出産時におけるXの体重は4250グラムであり、同人の1分後のAPスコアは4点(心拍2点、皮膚色1点、筋緊張1点)、3分後の同スコアは7点であった。
その後、Xの左腕に麻痺(エルブ麻痺・上腕部神経叢型麻痺)が存在することが判明し、現在も同部の麻痺が残っている。
そこで、Xは、平成3年8月10日、B医師の不適切な処置により障害を負ったとして、Y組合に対し、債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償を求め訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

患者(出生児)の請求額:計4032万7700円
(内訳:逸失利益2832万7700円+慰謝料1000万円+弁護士費用200万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:計2268万8687円
(内訳:逸失利益1368万8687円+慰謝料700万円+弁護士費用200万円)

(裁判所の判断)

麻痺の直接の原因は何か

裁判所は、この点につき、一般にエルブ麻痺の原因は、分娩時に上腕神経叢が過度に牽引又は圧迫されることにあり、本件でB医師が肩甲難産に陥ったXを娩出させる際、母体の左側を向いて娩出したXの頭部をつかみ、母体の背中側に牽引し、その際、少し無理して牽引したことが認められるため、Xの障害(エルブ麻痺)の直接の原因は、B医師の措置にあると判断しました。

B医師に過失はあったか

裁判所はまず、医学文献の記載や、鑑定人の供述から、肩甲難産に陥った場合においても、通常は、適切な手技をもって分娩介助にあたれば、胎児を損傷することなく又は鎖骨の骨折程度で娩出させることが可能であり、これは本件程度の巨大児であっても同様と考えられ、B医師としては、Xに対し適切な手技をもって分娩介助にあたるべき注意義務を負っていたと判断しました。
その上で、本件分娩を介助するに際してB医師がとった措置の手技は争点1記載の通りであり、これは、医学文献の記載及び鑑定人の供述に照らし、膣内に手指を挿入して胎児の腋窩に置くことなくその頭部のみをつかんで牽引した点や、胎児の体の上げ下げ等を十分せずに一方的に牽引したものと見られる点で、不適切な手技であり、その点にB医師に過失があったものと判断し、Y組合はXに対し債務不履行責任及び使用者責任に基づく損害賠償義務を負うと認定しました。


 使用者責任に基づく損害賠償請求権の消滅時効の成否

裁判所は、Aの供述によれば、同人はY病院入院中に、B医師から、Xがエルブ麻痺の状態にあることの説明を受け、さらに、Xの出生後2か月ほどした時点で、I市民病院の医師にXの右障害が治るかどうか尋ねたところ、同医師から「多分元には戻らないと思う。」と言われた事実が認められ、これにより、Aは「損害及ビ加害者ヲ知リタル」(民法724条)ものといえる。
したがって、使用者責任に基づくXのYに対する損害賠償請求権は、遅くともXの出生後約2か月を経過した時点から起算して3年後の平成3年4月末ころには消滅時効が完成していると判断しました。
以上から、裁判所は、上記「裁判所の認容額」記載の範囲で、患者の主張を認め、病院側に損害の賠償を命じました。判決はその後、確定しました。

カテゴリ: 2012年10月 5日
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