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No.123「ギラン・バレー症候群を罹患した患者が航空機で転送後に心停止に陥り、重度の意識障害に。転送時期の判断、転送の際の呼吸管理について転送前の担当医師に過失を認め、病院に損害賠償義務を認めた判決」

福岡地方裁判所平成19年2月1日判決 判例時報1993号63頁

(争点)

  1. 転送時期選択についての債務不履行及び過失の有無
  2. 転送時の搬送方法、呼吸管理等についての債務不履行及び過失の有無
  3. 債務不履行及び過失と患者の後遺症との因果関係の有無

(事案)

患者X(システム開発に従事する当時25歳の男性)は、平成9年6月4日、目が見えにくく、足元がふらつくようになり、千葉市内にあり、後にY医療法人が経営主体となるY病院に来院し、入院した。同年6月9日、Y病院の担当医師OはXをギラン・バレー症候群(急性炎症性脱随性多発根神経炎)と診断し、治療を続けた。その後、6月下旬には四肢を動かすこと、呼びかけに対する首振りなどの反応をすることも全くできなくなった。

Xのギラン・バレー症候群の症状のピークは人工呼吸となった6月5日ころから同月末までであり、7月中も少しずつ回復の兆しを見せていたものの依然として重症の状態であった。そして8月中旬には、Xは依然として頻脈、高血圧、高体温が続き、体温が上昇すれば脈拍数も増加するというような脈拍数と体温の調節が正常に機能していなかったものの、手の動きがわずかに見られ、呼びかけに対してうなずきができる程度までには回復した。

同年8月19日、Y病院のO医師と看護師が付き添い、Xが九州地方にあるF大学病院まで転送された。Y病院から羽田空港までは民間救急車が利用され、羽田空港から福岡空港までは航空機、福岡空港からF大学病院までは民間救急車を利用したが、Xは同病院の到着直前に容態が急変して同病院到着後に心停止に陥った。

Xは無酸素脳症による意識障害が残り、入院して寝たきりの状態である上、ほぼ植物状態であると判断され、Xの父が成年後見人となった。そして、Xが重度の後遺症を負ったことにつきY病院のO医師に過失があるとして、患者Xは診療契約の債務不履行責任に基づき、Xの両親が不法行為(使用者責任)に基づき、Y医療法人に損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

請求額(患者と両親合計):2億0517万3462円
(内訳:入院雑費1204万1386円+付添看護費4387万5591円+逸失利益9925万64855円+後遺症慰謝料3000万円+両親合計の慰謝料1000万円+弁護士費用1000万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額(患者と両親合計):8929万2317円
(内訳:入院雑費1073万8524円+付添看護費31万8000円+逸失利益1億0019万7338円+後遺症慰謝料2400万円+両親合計の慰謝料400万円の小計1億3925万3862円から40パーセントを素因減額により控除した残額の8355万2317円+弁護士費用574万円)

(裁判所の判断)

転送時期選択についての債務不履行及び過失の有無

まず、裁判所は自律神経障害のあるギラン・バレー症候群の患者を航空機輸送するためには、航空機内においても自律神経系の変動が生じない程度に自律神経の状態が回復していることが必要となると判示し、また、同症候群の患者は表情で苦しみを表示することができないため、転送の途中で異変が生じた場合には付き添いの医師又は看護師がそれを察知できるようにするため、患者が意思表示をすることができる状態になっていることも必要であると判示しました。

そして、Y病院の担当医師において、本件転送を行うに当たって、(1)患者Xの自律神経の状態が安定していること、及び(2)医師がXの呼吸状態の変化を客観的に把握することができる機器を携行しない場合には、Xが、息苦しさ、動悸等の自分の呼吸の変化及び自律神経障害に係る自覚症状を意思表示できる状態になっていることを確認すべき義務があったというべきであるとしました。

そして、本件転送当時の患者Xは、(1)自律神経の状態が安定しているとはいえなかった上、(2)パルスオキシメーターなどの呼吸状態の変化を客観的に把握することが可能な機器等を携行しない場合であるのに、息苦しさや動悸等の自分の呼吸の変化を意思表示することが不可能であったと認定し、そのような状態にもかかわらず、Xの転送を行ったことは債務不履行であり、これが可能であると判断したY病院の担当医師の判断に過失があるとしました。

転送時の搬送方法、呼吸管理等についての債務不履行及び過失の有無

裁判所は、この点についても、本件転送当時、患者Xは、自律神経が安定した状態にあったとは認められなかったうえ、人工呼吸器による呼吸補助を受けていたが、その呼吸状態の変化を意思表示することができない状態であったのであるから、O医師はこれを客観的に把握することができるよう、パルスオキシメーター等の機器を携行すべき義務があったとして、これを携行しなかったO医師の過失を認めました。

医師の債務不履行及び過失と患者の後遺症との因果関係の有無

裁判所は、本件転送における患者Xの心肺停止の原因は、転送中の人工呼吸器の換気不足や喀痰による気道閉塞によりXに対する酸素供給不足となっていたことによる可能性が高いと認定しました。そして、パルスオキシメーター等の機器が携行されていれば、Xの呼吸状態の悪化を医師が把握した上で適切な措置をとることにより、酸素供給不足の状態となることを回避することができた蓋然性が高いこと、またXの自律神経の状態が安定していれば、迷走神経の過反応を発症させる危険性は少なく、仮に発症したとしても、Y病院に入院中であれば適切な対処をすることができ、転送中であったために、発生した徐脈や心停止に対する処置が遅れることはなかったと認定し、転送時期選択の誤り及び転送時の呼吸管理におけるY医療法人の債務不履行又はY病院のO医師の過失とXの後遺症との間に相当因果関係が認められるとしました。

以上のことから、裁判所はY医療法人に損害賠償義務を認めました。そして、損害額の算定において、Xが罹患していたギラン・バレー症候群には複数の予後不良因子があったことにより、四肢の運動機能が完全に回復しなかった可能性が高かったこと、また入院中に脳萎縮が生じたことが運動機能や脳機能に若干の影響を与えた可能性か認められることから、Xの罹患していたギラン・バレー症候群の程度を斟酌すべきであるとし、弁護士費用以外の損害額から40パーセント控除するのが相当であるとしました。

カテゴリ: 2008年7月10日
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