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No.390 「市立病院で診察を受けていた患者がスキルス胃癌により死亡。できるだけ早期に診断確定するための再検査を実施しなかったとして、注意義務違反による過失を認定し、過失がなければ患者が生存していた相当程度の可能性が侵害されたとして、市に損害賠償を命じた高裁判決」

名古屋高等裁判所平成25年4月12日判決 ウェストロージャパン

(争点)

過失(検査義務違反)の有無

(事案)

平成18年12月25日、A(昭和12年生まれの女性)は前胸部から背部痛を訴えてY市の開設する病院(以下、「Y病院」という。)を受診し、Y病院内科のD医師(消化器内科医。以下、「担当医師」という。)の診察を受け、血液検査、胸部単純レントゲン写真撮影等を行ったが、血液検査の結果について白血球増多、貧血、低蛋白、LDHの上昇、アミラーゼの上昇、肝胆道系酵素の上昇等の異常は見られず、ガスター(酸分泌抑制薬)等を処方され、同月27日に内視鏡検査を受けることになった。担当医師は、同月25日の診察結果に基づき、Aの訴える症状について狭心症疑い及び胃潰瘍疑いと診断し、その旨を診療録の傷病名欄に記載した。

同年12月27日、AはY病院において、上部消化器内視鏡検査(以下、「第1回内視鏡検査」という。)を受け、担当医師は、内視鏡下で胃体下部、体中部及び前庭部の3か所の粘膜組織を生検した(以下、この生検を「第1回生検」という。)。担当医師は、第1回内視鏡検査の所見として、胃体部から一部前庭部にかけてfold(胃ヒダ)の腫大、伸展不良があり、やや発赤を認め、幽門輪は保たれているものの、食物残渣が多く、詳細な観察は不詳であったとした上で、スキルス胃癌の疑いがあると診断し、診療録の傷病名欄にその旨記載した。

第1回生検の病理組織検査の結果は、平成19年1月5日付け病理組織診報告書をもって、胃炎の所見で、異型細胞の浸潤は標本上見られないとするもので、癌細胞は認められないとするものであった。

平成19年1月12日、AはY病院を受診し、担当医師から前記病理組織検査の結果を伝えられた。Aから、胸焼け及び心窩部痛の訴えがあったことから、担当医師は、内服液をパリエット(酸分泌抑制薬)、ガスモチン(消化管運動賦活薬)、ムコスタ(防御因子増強薬)、チアトン(平滑筋のけいれん抑制薬)に変更した。同日の診療録には「GIF(内視鏡検査)は要follow(観察)!」と記載され、傷病名として「慢性胃炎、難治性逆流性食道炎」が追加された。

同年2月6日、AはY病院を受診し、食後の腹痛、背部痛、2か月で7㎏体重が減ったことを訴えた。担当医師は、一般採血に加え、消化器の炎症あるいは他臓器の病変の有無を鑑別するため、CRP値(炎症反応)、腫瘍マーカーのCEA、CA19-9検査を実施した上、同月9日に腹部超音波検査、腹部骨盤部CT検査等を実施することとし、同月6日の診療録の傷病名欄に「膵癌疑い、膵炎疑い」を追加した。

同年2月9日、AはY病院で腹部超音波検査及び腹部骨盤部CT検査(単純造影)を受け、絶食にもかかわらず胃内に残渣が多かったものの、明らかな胃壁肥厚や明らかな腹腔内リンパ節腫瘍は同定されず、病理所見その他の検査所見の異常はなく、同月6日の血液検査の結果では、腫瘍マーカー(CEA、CA19-9検査)を含めて異常は認められなかった。吐き気があるということで、内服薬がムコスタからドンペリン(消化管運動調整剤)に変更された。

同年2月23日、AはY病院を受診し、「腹痛は少し良くなった」、「嘔吐が週に1、2回ある」などと訴え、同年3月7日に再度内視鏡検査を受けることとなった。

同年3月7日、Aは、Y病院において、上部消化管内視鏡検査(以下、「第2回内視鏡検査」という。)及び腫瘍マーカー(CEA、CA19-9検査19-9検査のほかIL-2レセプター検査が追加された。)等の血液検査を再度受けた。

担当医師は、内視鏡検査において、「胃前庭部から胃体部にかけて発赤、fold(胃ヒダ)の腫大、伸展不良、狭窄を認める、胃カメラは何とか通過した、幽門は保たれている、残渣多し」との所見を得て、スキルス胃癌の疑いがあると判断し、胃の5か所(前庭部3か所、体下部2か所)から粘膜組織を採取して生検した(以下、この生検を「第2回生検」という。)

第2回生検についての病理組織検査の結果は、同月13日付け病理組織診報告書をもって、胃炎の所見であり、癌細胞は認められなかったが、検体には粘膜下層は含まれていないので本検体からSMT(粘膜下腫瘍)の評価は困難であることを指摘するものであった。

同年3月19日、AはY病院を受診し、1日数回の嘔吐を訴えた。担当医師は、Aに対し、同月7日実施の血液検査の結果にも、生検の病理所見にも異常は認められなかったことを伝えるとともに、I病院で精密検査を受けるよう勧め、同病院にAを紹介した。なお、本件当時、Y病院には超音波内視鏡検査設備がなかったが、I病院は超音波内視鏡検査設備を有し、また、同病院ではボーリング生検も実施していた。

担当医師が作成した同病院消化器科医師宛の紹介・診療情報提供書には、胃癌4型(スキルス胃癌と同義)、悪性リンパ腫、肥厚性胃炎の疑いとされ、「昨年末嘔気、腹部膨満感で当科に来院された患者です。上部消化管内視鏡検査上、胃体部~前庭部にかけfold(胃ヒダ)の腫大、伸展不良と粘膜の発作を認め、生検では胃炎(group1)の所見で、再検の結果も同様でした。CT上胃壁の肥厚を認めますが、腫瘍マーカーの上昇は認めません。鑑別診断がついていない状態で、誠に申し訳ありませんが、手術の可能性を考えると、早めに貴院での精査が望ましいと考えました。」と記載されている。

同年3月22日、AはI病院を受診し、同病院において、上部消化管内視鏡検査(胃・十二指腸ファイバースコピー、超音波内視鏡検査)、胃部レントゲン等が実施された。超音波内視鏡検査の所見は、前庭部において腫大したひだ(範囲:びまん性、形状:肥厚・巨大)が認められ、体下部から前庭部において幽門輪手前で狭窄が強くファイバー通過せず、最肛門部側において層構造の消失を伴った壁肥厚が見られ、スキルスの所見と思われ、口側は体下部まで筋層の肥厚を見るも軽度で、粘膜層の肥厚が主体で肥厚性胃炎の所見としてもよいものなどとする所見であり、典型的な「4型進行癌」というものであった。

また、内視鏡検査では、ボーリング生検を行って3つの検体が採取され、2つの検体からは悪性像が認められなかったが、1つの検体については、腫瘍細胞が明瞭な腺管構造を作らず索状に増生し、印環細胞癌(signet ring cell)も伴い、低分化腺癌(poorly-dif. adenocarcinoma)である旨報告され、Bはスキルス胃癌と診断された。なお、上記ボーリング生検において採取された3個の検体は、いずれも粘膜固有層が大部分で、粘膜下組織は含まれておらず、腫瘍細胞が認められた1検体については、粘膜固有層の中層部分(腺頚部)を主体に、癌細胞がばらばらと浸潤増殖しており、部分的に浅層部や深層部にも浸潤を見るが、粘膜表面への露出や粘膜筋板以下への浸潤は標本上には認められなかった。

Aは、I病院において、同年4月16日に胃全摘術を受け、その後抗癌剤治療を受けていたが、平成20年5月27日、スキルス胃癌を病因として死亡した。

そこで、Aの遺族であるXら(Aの夫と子供2名)は、Y市に対し、Y病院の医師が上部消化管内視鏡検査の所見等からスキルス胃癌の存在を疑ったにもかかわらず、相当期間内に、超音波内視鏡検査等の精密検査を実施せず、又はそれを実施し得る他の医療機関を紹介しなかったため、Aが生存していた相当程度の可能性が侵害されたとして、損害賠償請求をした。

原審(名古屋地裁平成23年1月12日判決)は、合計220万の支払いを求める限度で認容し、その余を棄却したところ、Y市がこれを不服として本件控訴に及んだ。

(損害賠償請求)

患者遺族の請求額:
遺族合計360万円
(内訳:慰謝料300万円+調査費用30万円+弁護士費用30万円)

(裁判所の認容額)

原審裁判所の認容額:
遺族合計220万円
(内訳:慰謝料200万円+弁護士費用20万円)
控訴審裁判所の認容額:
遺族合計180万円
(内訳:慰謝料160万円+弁護士費用20万円)

(裁判所の判断)

過失(検査義務違反)の有無

裁判所は、まずAは、Y病院において第1回内視鏡検査を受けた平成18年12月27日当時、既にスキルス胃癌に罹患していたものと推認することができるとしました。

そして、内視鏡検査によりスキルス胃癌を疑ったが生検により癌細胞が認められなかった場合、可及的速やかに内視鏡検査及び生検の再検査を行い、また、その他の画像検査(CT検査や体外腹部超音波検査(腹部エコー))を行うことにより、他疾患の鑑別と胃癌の確証を得る努力をすべきであり、それが一般的な診療方法であるといった鑑定の見解につき、スキルス胃癌は、早期の発見が必ずしも容易でなく、また、進行が早く悪性であるため、発見された時点では手遅れで手術不能のことも少なくない上、手術後の予後も悪く、1年生存率が6割前後、5年生存率は1割台であること、スキルス胃癌の場合、内視鏡下生検により採取された検体から癌診断がなされる確率は必ずしも高くなく、数回生検を試みて癌診断がなされることも稀でないことなどの特徴を踏まえているなどとして、十分に首肯できるものと判断しました。

そのうえで、担当医師としては、第1回生検の病理組織検査により癌細胞が認められなかったものの、第1回内視鏡検査の所見等によりスキルス胃癌である疑いが強い場合であったから、可及的速やかに内視鏡検査及び生検の再検を行い、また、その他の画像検査(CT検査や体外腹部超音波検査(腹部エコー))を行うことにより、他疾患の鑑別と胃癌の確証を得る努力をすべきであったと判示しました。

さらに、Y病院の態勢によれば、担当医師が平成19年1月12日の診察日において、再度の内視鏡検査及び生検の実施を決めた場合には、同日から2週間以内(遅くとも同月26日まで)にはこれを実施することができ、同生検についての病理組織検査結果はその後1週間程で(同年2月2日頃には)判明したものといえ、また、担当医師は、上記2週間の期間で、スキルス胃癌以外の疾病との鑑別をも目的として、消化器の炎症あるいは他臓器の病変の有無の検査のために同年2月6日に行った諸検査(CRP値、腫瘍マーカーのCEA、CA19-9検査)を実施し、また同月9日に行った腹部超音波検査及び腹部骨盤部CT検査等を実施することもできたと判示しました。

ところが、担当医師は、第1回内視鏡検査後の最初の診察日である平成19年1月12日の診察において、スキルス胃癌を強く疑いながら、胃炎等に対する投薬により症状の経過を見る経過観察措置を執ることとしたため、再度の内視鏡検査及び生検が行われたのは、上記診察日から54日目の同年3月7日だったのであるから、担当医師による第2回内視鏡検査及び第2回生検が、平成19年1月12日の診察日から可及的速やかに実施されたものということはできないと指摘しました。

したがって、担当医師には、同日からできるだけ早期に、Aの症状がスキルス胃癌かどうかについての診断を確定させ、爾後の治療方針を決定するために第2回内視鏡検査及び第2回生検を実施すべき注意義務があり、同月26日頃までにはこれを実施することができたにもかかわらず、これを遅滞し、同年3月7日まで実施しなかった注意義務違反による過失があると判断しました。

そして、担当医師が平成19年1月12日の診察日において可及的速やかに再度の内視鏡検査及び生検の実施を予定し、同月26日頃までに第2回内視鏡検査及び第2回生検等が実施された場合には、第2回生検についての病理組織検査結果の判明した日から1週間程度後の同年2月初めには、Aにおいて、担当医師の勧めに従って、I病院に転院して超音波内視鏡検査及びボーリング生検を受け、同月10日頃にはスキルス胃癌であるとの確定診断がなされたものと推認されるとし、そうすると、Aにおいて実際にI病院において胃の全摘手術等のスキルス胃癌に対する治療が開始した時期より、1か月半程度早期に同治療が開始されたものと推認され、したがってAが実際に死亡した時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったものというべきであると判断しました。

以上より、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の控訴審裁判所の認容額の範囲でXらの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年9月 9日
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