医療判決紹介:最新記事

No.372 「帝王切開後、患者がMRSAの院内感染による敗血症から心停止に陥り、低酸素脳症による重度の後遺症が残ったことについて、大学病院に抗MRSA抗生剤の投与に関する注意義務違反を認めた高裁判決」

東京高等裁判所平成21年9月25日判決 医療判例解説75号7頁(2018年8月号)

(争点)

平成8年7月14日から同月17日朝までに、患者にMRSA感染治療として抗MRSA抗生剤(バンコマイシン)を投与すべき義務の有無

(事案)

X1(昭和46年生まれの女性)は、平成8年6月19日(以下、特に記載のない限り、同年のこととする)、学校法人Yの経営するY大学病院(以下、「Y病院」という。)での妊娠26週目の検診において、双胎及び頸管無力症と診断されたため、同日Y病院に入院して加療することとなった。

X1の診療を担当したA医師は、6月19日に、X1に高位破水(先進卵膜より高位で破水すること)が疑われ、子宮内で細菌感染が起こりやすくなっている危険があり、白血球数も多いことなどから、子宮内に細菌感染が起こっているのではないかとも疑い、炎症を抑える目的で、翌20日以降、羊水移行性の高い抗生剤セフォタックスの使用を開始することとし投与を始めた。

その後、CRP値や白血球数の上昇等から、X1の感染徴候の悪化を認め、同月30日からは薬剤を、抗生剤チエナムに変更し、投与を始め、7月12日の帝王切開手術まで投与を続けた。

7月10日(水曜日)午前11時50分ころ、A医師の下でD医師がX1の本件羊水を採取して、これを細菌培養検査に回し、臨床検査部は、同日午後1時ころに、これを回収して受付け、検査を開始したが、菌が少量であったから、分離培養に48時間を要し、同月12日(金曜日)にブドウ球菌の存在を確認し、分離して純培養を行った。同月13日は第2土曜日で、Y病院は休診日であったところ、本件羊水の検査については、担当医師から緊急を要する旨の依頼がなかったから、特に検査を急ぐ必要のないものとして、次の段階である菌の同定及び感受性試験は行われず、同月15日(月曜日)になって、同定及び感受性試験が開始され、翌16日にその結果が判明し、夕刻には、MRSA10ケ(コロニー数が10こ)の存在及びバンコマイシン及びゲンタマイシン等に感受性を有するというその薬剤感受性試験結果(ハベカシンについては感受性試験は行われていなかった。)が記載された検査結果の伝票が産婦人科のボックスに返却された。ただし、A医師が、検査結果を知ったのは、更に翌17日の午前11時ころであった。

7月12日、X1は帝王切開手術を受けて双子を出産した。

7月15日の午後5時30分、Aは熱による苦痛を訴え、午後7時の段階には、各種の感染徴候に照らし、その全身状況からみて、感染を原因とするSIRS(セプシス=敗血症)の状況にあったといえる状態であった。

7月17日午前11時20分ころ、Aの全身状態が悪化したため、AはICU(集中治療室)に移され、翌18日午前3時15分ごろには、心停止に陥り、これによる低酸素脳症によって障害者認定等級第1級の後遺症が遺った。

そこで、Xら(X1、その夫および子ら)はX1が心停止に陥った原因は、同人がY病院内でMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)に感染し、MRSAを原因菌とする感染による敗血症を引き起こしたことにあり、Y病院は、早期にX1のMRSA感染を把握し、適切なMRSA感染症の治療を行う義務があったのに、これを怠り、又は、MRSAの院内感染を防止するために必要な措置を取るべき義務があったのに、これを怠った過失があるなどとして、Yに対して不法行為に基づく損害賠償請求を求めた。

一審判決(東京地方裁判所平成15年10月7日)は、X1の心停止の原因をMRSAを原因菌とする感染による敗血症と認定し、高度医療を期待されるY病院にあっては、細菌感染が疑われる患者から採取した検体の細菌培養検査は、本件のような場合、検査日程が病院の休診日にかかっていた場合であっても、通常検査に要する期間内に結果を出すべきであるなどとして、Y病院は、同月15日午後7時ころには、X1の感染の原因菌がMRSAであることを認識すべきであったと認定し、Y病院には、この時点から、MRSA感染症に対する治療として抗MRSA抗生剤であるバンコマイシンをX1に投与すべき義務があり、この時点で同薬剤を投与していたらX1の心停止は回避することができたと認定して、Yの不法行為責任を認め、X1らの請求の相当部分を認めた。

これを不服としてYは控訴した。患者側は原判決が一部棄却した損害関係について附帯控訴を提起した。

(損害賠償請求)

一審での患者側請求額:
(患者本人と家族合計)1億6111万8659円+平成8年7月16日から患者死亡まで一日あたり1500円+Y病院退院後患者死亡まで毎月51万9208円
(内訳:入院治療費326万5450円+休業損害300万円+後遺症による逸失利益6225万9480円+後遺症慰謝料3000万円+介護施設入居費用750万円+夫固有の慰謝料2000万円+謄写・鑑定料等50万3729円+子ら固有の慰謝料3名合計900万円+弁護士費用2559万+入院雑費一日あたり1500円+看護料毎月51万9208円)
控訴審での患者側請求額:
(患者本人と家族合計)1億1684万5578円+Y病院退院日から患者死亡まで一日あたり2万2220円
(内訳:入院治療費326万5450円+休業損害167万5750円+後遺症による逸失利益5878万0649円+後遺症慰謝料3000万円+夫固有の慰謝料600万円+鑑定費用等50万3729円+子ら固有の慰謝料3名合計600万円+弁護士費用1062万円+看護料1日あたり2万2220円)

(裁判所の認容額)

一審裁判所の認容額:
(患者本人と家族合計)1億148万8783円+Y病院退院日から患者死亡まで一日あたり1万5000円
(内訳:入院治療費326万5450円+休業損害167万5750円+後遺症による逸失利益5839万3854円+後遺症慰謝料2600万円+夫固有の慰謝料300万円+鑑定料等50万3729円+子ら固有の慰謝料3名合計300万円+弁護士費用565万円+看護料一日あたり1万5000円)
控訴審裁判所の認容額:
1億148万8783円+退院後患者死亡まで一日あたり2万円
(内訳:入院治療費326万5450円+休業損害167万5750円+後遺症による逸失利益5839万3854円+後遺症慰謝料2600万円+夫固有の慰謝料300万円+鑑定費用等50万3729円+子ら固有の慰謝料3名合計300万円+弁護士費用565万円+看護料一日あたり2万円)

(裁判所の判断)

平成8年7月14日から同月17日朝までに、患者にMRSA感染治療として抗MRSA抗生剤(バンコマイシン)を投与すべき義務の有無

控訴審裁判所は、A医師は、X1が双胎及び頸管無力症であり、高位破水が疑われ、子宮内の細菌感染が起こりやすくなっていて、すでに感染が起こっていることも疑われたことから、平成8年6月20日以降、抗生剤セフォタックスの投与を始め、その後、CRP値や白血球数の上昇等から、X1の感染徴候の悪化を認め、同月30日からは薬剤を替えて、抗生剤チエナムの投与を始め、7月12日の帝王切開手術まで投与を続けたと指摘しました。そして、この両抗生剤の投与は、いずれも菌の細菌培養検査、菌の同定および感受性試験を行わずにされ、両剤共にスペクトラム(薬の効く範囲)の広い強力な抗生剤であったから、A医師は、これらの投与を継続する時点で、一般的に耐性菌が出現する危険性をはらむとともに、X1についてMRSAを含む新たな菌への交代現象が発生する危険があることも認識しており、帝王切開手術後、スペクトラムが狭く比較的緩い抗生剤であるドイルを投与して様子を見ることにしたが、上記の危険性に対する認識は持ち続けていたと判示しました。

また、A医師は、当時、Y病院におけるMRSA感染者の発生状況及び産婦人科においてMRSA保菌者が出ていることも認識していたとしました。

その上で、控訴審裁判所は、当時、Y病院においてはMRSA感染が決して無視できない頻度、範囲で出現しており、新しく編纂されたマニュアルに沿ってその対策が講じられなくてはならない状況にあったものであることが認められ、そのような状況の下、Y病院としては、休診日が重なることによって細菌培養検査の検査日程に空白が生じない検査態勢を整備するか、あるいは、少なくとも担当医師が要請したものについては休診日であっても検査を行い空白が長引かないようにする態勢を整備するか、いずれかを行う必要があったと考えられるところ、当時、Y病院では、担当医師が緊急を要する旨依頼すれば、休診日である土曜日には検査を行う態勢が採られており、この点では、検査の空白が長引かないよう措置されていたものということができると判示しました。

他方、A医師にあっては、Y病院及び産婦人科におけるMRSA感染の状況を踏まえ、X1に対してこれまで細菌培養検査、菌の同定及び感受性試験なしにスペクトラムの広い強力な抗生剤を継続して投与してきた状況、そして、A医師自身がこれにより菌の交代現象の発生を危惧していた状況を考慮すれば、X1が7月12日(金曜日)には同医師の行った帝王切開手術を受けて、MRSAに感染しやすくなっていた(Y病院のマニュアルにいう易感染患者)のであるから、同月10日に採取した羊水の検査について、検査工程に2日間の空白が生じないよう、臨床検査部に対して緊急を要する旨の依頼を行うべき義務があったというべきであると判断しました。また、A医師は、依頼をしなければ、検査日程が第2土曜日にかかり、同土曜日がY病院の休診日であって検査が進行しなくなることは事前に分かるから、上記のような状況の下で、緊急を要する旨の依頼をすべき義務があったのであり、これは、当時の医療水準に照らしても、当然にA医師に求められるところというべきであると判断しました。

そして、A医師が臨床検査部に対して緊急を要する旨依頼をしていたならば、同検査部は、分離培養に引き続いて菌の同定に着手しており、そうすると、本件では実際に同月15日の朝から菌の同定に着手して翌16日の夕刻に結果の報告がされていたことに照らして、遅くとも同月15日(月曜日)には臨床検査部は検査結果を出しており、同日の夕刻までには、A医師がMRSAの存在及びその薬剤感受性の記載された伝票による報告を受け得る状態となっていたと認めることが出来ると判示しました。

控訴審裁判所は、X1は、同月15日の午後5時30分に熱による苦痛を訴え、午後7時の段階には、各種の感染徴候に照らし、その全身状況からみて、感染を原因とするSIRS(セプシス)の状況にあったといえる状態であり、感染症により重篤な事態が発止しないよう必要な措置を講ずべき状況になっており、A医師もほぼこれに近い認識を有していて、適切な感染症治療を模索している状況にあったものであるから、A医師としては、羊水の細菌培養検査の結果が出れば、直ちに自分のところへ結果報告が伝達されるよう手配をしておくべき義務があったというべきであると判示しました。そして、A医師が、そのような義務を尽くし、同15日夕刻の時点で、羊水の細菌培養検査の結果が出され、その報告を受けたとすれば、バンコマイシンは、MRSA感染症治療の第一選択薬とされ、また、Y病院の産婦人科の患者からMRSAが検出されたと報告された15例の全例において薬剤感受性が確認されており、何より羊水の検査結果によりX1の感染している当該MRSAに対して薬剤感受性が現に確認された抗MRSA抗生剤であるから、A医師は、X1に対して、バンコマイシンを直ちに投与すべきであったものということができると判示しました。

以上によれば、Y病院は同月15日午後7時ころにはX1の感染症の原因菌がMRSAであることを認識することができたのであり、この時点から、その治療として抗MRSA抗生剤であるバンコマイシンをX1に投与すべき義務があったと判断しました。

以上より、控訴裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXの請求を認め、その後上告が棄却されて判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年12月 7日
ページの先頭へ