医療判決紹介:最新記事

No.362 「県立病院での経皮的冠動脈形成手術(PTCA)終了直後に、患者に急性冠閉塞が起こり、低酸素脳症に陥りその後死亡。冠動脈バイパス手術(CABG)を第一選択とすべき義務や、急変後速やかに経皮的心肺補助装置(PCPS)を装着すべき義務を怠った過失を認めた高裁判決」

高松高等裁判所平成16年7月20日判決 判例タイムズ1200号 254頁

(争点)

術式選択における過失の有無等

(事案)

平成8年7月5日、A(57歳男性)はY県が開設する病院(以下、「Y病院」という。)の内科医であるBの外来診察を受け、不安定狭心症と診断され、同年10月2日には、心臓カテーテル検査を受けたところ、冠動脈(冠動脈には右冠動脈と左冠動脈がある。後者は、主幹部が、左前下行枝と左回旋枝とに分かれる構造となっている。)のうち、左前下行枝近位部(主幹部に近い部分)に83%の狭窄、および左回旋枝に4つの狭窄(74%の狭窄部分が2ヵ所、61%、48%の狭窄部分が各1ヵ所ある。)が検出され、いわゆる2枝病変であることが判明した(右冠動脈、左冠動脈の左前下行枝、左回旋枝のうち、有意な病変が1枝のみに認められる場合を1枝病変、2枝に認められるものを2枝病変、すべてに認められるものを3枝病変という)。

もっとも、Aにおいては、右冠動脈も、狭窄はないものの形成不全であったことから、上記狭窄のある2枝が3枝分の広範な心筋領域を灌流しており、Aの病変は実質的には3枝病変に匹敵する重症病変であった。また、Aは肥満体であり糖尿病を患っていた。

Aの主治医であったD医師は、Aの症状が左下行枝近位部に狭窄を有する重症2枝病変であると判断し、Y病院心臓血管外科医師Eの意見も確認した上で、冠動脈バイパス手術(以下「CABG」という。)の適用であると考え、その旨をAに伝えた。しかし、C医師を中心とするY病院の内科医らは、チームカンファレンスの結果、Aに経皮的冠動脈形成手術(以下「PTCA」という。)の適用があると判断し、D医師がAにPTCAはCABGに比して侵襲が少ないことなどを説明してPTCAを勧めたところ、Aはこれを承諾した。

平成9年1月13日、C医師(執刀医)は、A及び家族に対して、手術内容に加え、PTCAが失敗したときには待機している外科医が緊急CABGを行う旨説明した。

手術前日である同月16日には、D医師がE医師に対して、緊急CABGに備えて待機しておくよう依頼した。

同月17日(以下、同日のこととする。)午前10時26分、心臓カテーテル室にてPTCA手術(以下「本件手術」という。)が開始された。C医師を執刀医とする医師らは、Aの左前下行枝にPTCAを実施し、病変部にWiktorステントを留置した上で、午前11時3分、本件手術を終了し、心臓カテーテル室を退出した。

しかし、その直後である午前11時15分ころ、Aが胸の違和感を訴えたため、医師らは、午前11時25分ころAを再び心臓カテーテル室に搬入し、午前11時35分、緊急心臓カテーテル検査を行って左冠動脈造影を施行したところ、左前下行枝が血栓によりステントの近位部で完全に閉塞し、さらに血栓が左回旋枝及び左主幹動脈へと流れ込んできていたため、緊急PTCAとすることとしたが、同日午前11時38分、Aに心原性ショックが起こり、全身の間代性の痙攣が起こった。そして、心電図上洞性徐脈を認めたため、医師らは心臓マッサージ行った。午前11時45分ころ、診断カテーテルから急性循環不全改善剤、昇圧剤、急性心筋梗塞における冠動脈血栓の溶解剤を投与するとともに、原因疾患である冠動脈の閉塞を確認し、診断用カテーテルから血栓溶解剤を注入し、PTCA用のガイディングカテーテルに変更の上、再び、血栓溶解剤を冠動脈内に注入した。

その後、午前11時50分、Y病院医師らは再PTCAを試み、他方で、同日午前11時53分、麻酔科医師によるIABP(大動脈内バルーンパンビング。大腿動脈から先端にバルーンを有するカテーテルを挿入し、心臓の収縮に同調させて、バルーンの膨張・脱気を行う方法。)実施のためのバルーン挿入が行われた。

一方、再PTCAのためのガイドワイヤーが左前下行枝を通過し、バルーンを膨らませて全体的な閉塞を解除できたところ、午前11時54分、心臓の自律調律を示す不整脈が出現し、収縮期圧86mmHgとなったが、血栓形成が非常に強く、バルーンを膨らませて高圧で拡張しても、さらに血栓形成がされる状態で、心室性不整脈予防薬を注入し、さらに、午前11時56分、アシドーシス剤を注入し、午前11時58分、血液凝固予防剤を注入し、最終的に、血栓溶解剤を使用し、PSステントの留置も施行した。

その間、心室頻拍及び心室細動を繰り返したので、心マッサージと電気的除細動を行い、午後0時13分、IABPを開始した。一方、Y病院医師らは、同日午後0時4分、中枢神経系の抑制と骨格弛緩剤を注入した。医師らによる心臓マッサージは午後0時24分まで続けられ、その結果、Aの血行動態は落ち着きはじめた。

しかし、Aは、このころまでに、低酸素脳症に陥っており、その結果、意識が回復しないまま平成10年4月8日死亡した。

そこで、Aの遺族であるXは、本件手術を行うに当たりY病院に術式選択等における過失があったなどとして、診療契約上の債務不履行に基づきY県に対し損害賠償請求をした。

原審はXの請求の一部を認容したところ、Yはこれを不服として控訴した。

(損害賠償請求)

請求額:
1億0760万5538円
(内訳:入院雑費67万0500円+休業損害774万6063円+葬儀費用・石碑代271万1227円+逸失利益3677万7748円+慰謝料5000万円+弁護士費用970万円)

(裁判所の認容額)

控訴審裁判所の認容額:
7375万0947円(一審裁判所の認容額と同額)
(内訳:入院雑費58万1100円+休業損害774万6063円+葬儀費用等120万円+逸失利益3152万3784円+慰謝料2600万円+弁護士費用670万円)

(裁判所の判断)

術式選択における過失の有無等

控訴審裁判所は、Aは、冠動脈の内、左前下行枝と左回旋枝とに有意狭窄があった上、右冠状動脈が小さく右非優位型と分類され、左冠状動脈がその分だけ大きく、左の2枝で右の分を含む3枝分の広範な心筋領域を潅流していることになっていたので、事実上、3枝病変と同様に考えるべき症例であったと認められると判示しました。その上、Aは、糖尿病も合併していたと認められるのであるから、重症多枝病変として術式選択を行う必要があったものと認められるとしました。

そして、Aに対する本件手術が行われた平成9年1月当時、上記のような重症多枝病変の場合、通常、術式選択としては、CABGが第一選択とされていたと認定しました。

ただし、PTCAが禁忌であるとまではいえないが、Aには、糖尿病の合併症があったのであるから、PTCAが成功しても、再度PTCAをしなければならない可能性が高い上、血液が凝固しやすく、血栓が生じやすいことは十分予想できたと認められるとし、したがって、PTCAの施行時又は施行直後に血栓が生じ、PTCAが不成功となる場合があることは十分予想されたのであるから、PTCAを第1選択とした場合、補助循環装置を早急に設置した上で緊急CABGを行うことができるようなバックアップ体制を整えておく必要があり、それができないのであれば、PTCAを実施すべきではなかったと認めるのが相当であるとしました。

そして、Y病院において、本件手術を施行した際、緊急事態が生じてから心臓外科としてCABGを開始するまでに約1時間もの時間がかかる状態であったと認められるところ、PTCAが不成功となった場合には、循環機能が不全となるような場合が十分に予想されたにもかかわらず、本件手術においては、早急な補助循環装置の挿入ができず、緊急CABG実施もできない状態であった(CABG開始までに約1時間、手術開始から終了まで1時間半を要する。)のであるから、そのような体制の下、Aに対してPTCAを第一選択として同手術を実施したY病院には、術式選択についての過失があったと認めるのが相当であるとしました。

さらに、裁判所は、Aの当時の症状からすれば、緊急に補助循環装置を装着することが、心肺機能の蘇生に必要であったが、Aの症状及びその後の状態からして、IABPでは、全身循環補助機能としては十分でなく、PCPS(経皮的心肺補助装置。重症心原性ショック患者に対し、血液ポンプを用いて行う機械的循環補助法)を装着し、行うべきであったと認められるとしました。

裁判所は、以上より、本件手術において、Y病院医師らには、Aの病態からして、CABGを第1選択とすべきであったのに、これをしないでPTCAを第一選択とした上、同選択をしたのであれば、同手術が不成功に終わり、緊急事態が生じた場合に、緊急CABGが実施できる体制を採らなければならなかったのに、同体制を採らず、かつ、本件手術において、Y病院医師らには、A急変後、速やかにPCPSを装着すべき義務があったのにこれを怠った過失があるというべきであり、この点において、診療契約上の債務不履行があるものと認められると判断しました。

以上から、控訴裁判所はYの控訴を棄却し、1審裁判所認容額の範囲でXの請求を認めました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年7月10日
ページの先頭へ