医療判決紹介:最新記事

No.490「帝王切開既往歴のある妊婦が分娩中に子宮破裂により死産。医師が夜間不在のため対応できなかったことにつき病院の債務不履行を認めた事案」

東京方裁判所平成2年3月12日判決 判例タイムズ734号210頁

(争点)

△に診療義務違反があったか否か

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

(第一子を経腟分娩ながら5時間もかかる難産、第二子は帝王切開手術により分娩。いずれも他の医院)は、昭和58年5月16日、第三子出産のため、病院組合である△の設置・維持・管理する公立△病院(以下、「△病院」という。)において△病院に勤務するI医師の診察を受け、妊娠しており、出産予定日は同年12月30日から翌年1月13日頃までとの診断を受けた。

以後、◇は、△病院のD医師から、翌年1月までに十数回の診察を受け、その間の昭和58年12月27日及び翌年1月14日には、2回にわたって一時入院のうえ陣痛促進剤の投与を受けるなどの診療を受けた。

は、I医師による初回の診察の際に、これまでの出産の事情について告げ、出産予定日が迫った昭和58年12月頃には、D医師に対して、いつもお産が重いので心配であること、安全のためにレントゲン写真を撮って欲しいこと、分娩があまり進まなかった時には会陰部切開をして欲しいことなどを述べた。しかし、D医師は、レントゲンを撮らず、また、第二子を帝王切開した際の他院の医師に前回の帝王切開の適応や手術時の状態、手術後の経過等について問い合わせることもしなかった。

昭和59年1月20日午後0時ころになって、◇に陣痛が始まった。◇は、同日午後1時過ぎに△病院に入院した。この時点での陣痛間歇は7分から5分、陣痛発作は40秒であり、子宮口二指半開大で、児頭は下降している状態であった。

△病院産婦人科の当時の勤務体制は、昼間については、火曜日と金曜日は一人勤務になるが、他の曜日には2名が外来と病室とを別々に分担して診療するというものであり、夜間については、月曜日にはD医師が、水曜日にはI医師が当直して、それ以外の曜日は交代で自宅待機当番をするが、何かあったらすぐに病院に駆けつけられるようにしておくというものであった。

もっとも、I医師の自宅は、自動車で△病院まで30分から40分かかり、また、D医師の自宅は、△病院に自動車で駆け付けても少なくとも45分以上はかかった。そこで、夜間、あらかじめ何らかの危険が予想される患者がいる場合には、医師が病院内で待機するようになっていた。

なお、D医師は、当時、自宅待機当番の日には他の病院にアルバイトに行っており、夜間、病院から連絡がつかないことがしばしばあった。そのような場合、I医師に対して病院より患者の症状等についての連絡がなされていた。

本件出産の日は、金曜日であって、I医師が午前中の外来と午後の入院患者の診察を行い、D医師は研究日扱いで昼間は在院せず、夜間の診療については、午後5時15分からD医師が夜間の診療のため自宅待機当番をすることになっていた。

は、△病院に入院後の午後3時頃、I医師の診察を受けた。その際の陣痛間歇は4分から7分であり、児頭は骨盤入口上に固定していた。

I医師は、午後4時30分に、再度◇を診察したが、この時点で児頭は固定し、子宮口は三指半から四指開大となっており、同医師は、順調にいけば3時間ないし4時間程度で、すなわち、同日午後7時30分から8時30分頃までには子宮口全開大になるものと診断した。◇は、この2回の診察の間に破水した。

I医師は、◇に対する夜間の診療についてはD医師に連絡が付くものと考え、同医師の所在を確認することもなく、午後5時頃には帰宅した。そのため、同日夜に△病院の産科病棟内で◇の分娩状況を観察し得たのは、G助産師と、K看護師だけとなった。G助産師は、日勤のE助産師から、同日の出産予定者は◇だけであること、並びに同人が前回帝王切開により分娩していることを告げられて、◇に対する介助の引継ぎを受けた。G助産師は、その後、分娩監視装置を◇に装着させ、同日午後6時10分頃からこれによって陣痛と胎児の心拍数について記録を取り始めた。

午後5時50分の時点で、陣痛間歇は3分から4分、発作は40秒であった。午後7時40分に、子宮口は全開大となり、陣痛間歇は4分から6分、発作は40秒で、児頭はやや高かった。

この頃、◇は、吸引分娩をするなどして早く分娩させてほしい旨G助産師に頼んだ。G助産師は、午後8時を少し過ぎた頃、D医師の自宅に電話連絡をしたが、同医師は自宅に戻っていなかった。

その後分娩は進行せず、午後9時15分頃になっても怒噴は入らなかった。◇は、吸引や会陰部切開により早く分娩をして欲しい旨G助産師に対し重ねて要請し、医師への連絡を要求した。G助産師は、午後9時15分頃、I医師に電話連絡し、自宅待機当番のD医師に連絡が取れないこと、分娩の進行が認められないことを報告した。G助産師は、午後9時15分過ぎに、I医師の指示により、陣痛促進剤オキシトシン(5パーセントブドウ糖液500ミリリットル+アトニン05単位)の点滴投与を開始した。

午後9時を過ぎる頃から、胎児心拍数が時に毎分100拍以下に下がるようになり、午後9時40分を過ぎるころからはこの傾向がさらに顕著になった。また、午後9時30分頃から陣痛時の胎児心拍数減少が陣痛終了後1分以上回復しない状況が現れ始め、9時45分頃からはこの状況が顕著になっていった。

午後9時45分時点では、児頭は下降せず、産瘤は排臨状態で、怒噴時は近かった。

なお、◇は、午後9時40分頃から、それまでとは違う強い痛みに襲われるようになったが、午後9時15分以降の陣痛の正確な状況は明らかでない。

は、午後9時40分頃、G助産師に対し、苦しいから医師を早く呼んで欲しい旨訴えた。G助産師は、午後9時45分に、I医師に電話連絡して、陣痛が大分強くなり、児頭も下がってきたが、怒噴が入らないため、分娩がなかなか進行していないことを報告した。なお、G助産師は、この時点で胎児心拍数がかなり乱れてきていることを認識していたが、そのことについては特にI医師に報告しなかった。

G助産師は、午後9時45分過ぎ、I医師の電話による指示により、吸引分娩の準備をした。

午後9時55分になって、胎児心音の乱れに対処するため、◇に対する酸素吸入が開始された。

午後11時になって、I医師が降雪により遅れて△病院に到着し、◇の内診をしたうえ、3回にわたり吸引分娩を試みたが、効果がなかった。そこで、午後11時10分過ぎに、I医師は、帝王切開手術をする旨決定し、オキシトシンの投与を中止して、5パーセントブドウ糖液の点滴に切り替えた。そして、午後11時30分、◇を手術室に輸送し、翌日午前0時頃、執刀した。◇の腹腔内では、子宮が、前回の帝王切開創瘢痕部分で横方向に裂けており、この瘢痕部の中央から子宮の下方へも裂傷が生じ、全体としては下部がT字型に破裂していた。胎児は、破裂した子宮から腹腔内に脱出しており、胎盤も既に子宮から剥がれていた。

午前0時8分、胎児が取り出されたが、この時点で胎児は既に死亡していた。胎児の体重は3000グラムであった。

そこで、◇およびその夫である◇は、△病院に債務不履行責任があるとして損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

請求額:
父母合計3000万円
(内訳:母の慰謝料2000万円+父の慰謝料700万円+弁護士費用300万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
父母合計1000万円
(内訳:母の慰謝料700万円+父の慰謝料200万円+弁護士費用100万円)

(裁判所の判断)

△に診療義務違反があったか否か

この点について、裁判所は、◇のような帝王切開の既往のある者が経膣分娩をする場合、前回帝王切開にかかる瘢痕部分の破裂による子宮破裂が起こりやすく、殊に分娩前に子宮破裂が生じた場合には、胎児は殆ど死亡してしまい、母体の生命にも危険が及ぶと指摘しました。

したがって、I医師は、子宮破裂の可能性もあることを予見し、本件のように経膣分娩を選択した場合には、帝王切開の準備をしたうえで、陣痛や胎児心拍数、分娩進行状態を通常の妊婦よりも頻繁に観察するなどして分娩状況の異常による子宮破裂の具体的危険を見過ごさないように監視する義務があったと判示しました。

ところが、I医師は、◇の破水後の午後5時頃に帰宅し、自宅待機当番のD医師も登院することなく、午後11時過ぎにI医師が△病院に戻るまで△病院内を産婦人科医師不在の状況に置いてしまい、△にはこのような分娩状況の異常の監視を怠った義務違反があると判断しました。

また、裁判所は、本件の経過に鑑み、午後9時45分頃には、過強陣痛あるいは子宮破裂の具体的危険が非常に高まった状況にあることが容易に確認でき、それらの兆候も出現していた可能性も高いとし、また、その頃から酸素欠乏による胎児仮死が発症した可能性も高いと指摘しました。

したがって、それまでの状況、特に午後9時から9時45分頃までの状況を医師が監視し、前記各事実を認識しておれば、子宮破裂や胎児仮死の具体的危険性を予見でき、分娩を担当するI医師が、この危険性を予見すれば、直ちに帝王切開による分娩に切り替えることも十分に期待できたものというべきであると判示しました。

裁判所は、したがって、分娩を担当する医師としては、この時点で◇の状況とその具体的危険性を認識する義務があり、その認識したところに従って直ちに帝王切開に切り替えて、子宮破裂や胎児仮死の結果を回避する義務があったと判示しました。

ところが、I、D両医師が、その時点において在院しなかったために上記のような危険な兆候を認識する機会を失い、ひいては帝王切開に切り替える機会を逸したものであり、同医師らにはこの点で義務違反があるとしました。

裁判所は、以上、本件においては、医師が△病院内にいなかったため、分娩状況の異常の監視が十分に行われず、ひいては◇の子宮破裂や胎児仮死の具体的危険の発生を認識できず、午後9時45分頃帝王切開手術へ切り替えるべき機会を逸した過失があるとしました。この事実に照らすと、△の不可抗力の抗弁は、そもそも医師が不在であったことによって生じた過失を無視するものであり、前提において失当であることは明らかであるとしました。

裁判所は、そして、上記過失により◇の子宮破裂と胎児死亡が発生したものであるから、前記医師らの使用者である△が診療義務違反による責任を負うことは明らかであると判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2023年11月10日
ページの先頭へ