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No.411 「交通事故により外傷性くも膜下出血等の傷害を負い、病院で治療を受けていた患者が急性膵炎により死亡。医師に適切な治療を怠った注意義務違反があったとして地裁判決の結論を維持した高裁判決」

福岡高等裁判所平成13年8月30日判決 判例タイムズ1131号202頁

(争点)

  1. 医師の注意義務違反の有無
    (平成4年10月19日に行ったO医師の治療における過失の有無)
  2. 医師の注意義務違反と患者死亡との因果関係の有無

(事案)

A(死亡当時17歳の男子高校生)は、平成4年10月7日(以下、特別の断りのない限り同月のこととする。)、バイクで走行中、乗用車と衝突し、救急車で搬送されて入院したY医療法人の経営する病院(以下「Y病院」という。)で右膝打撲、下口唇裂傷、右眉毛裂創、外傷性くも膜下出血等と診断された。Aは、救急処置室からNCU(脳神経患者用の集中治療室)に移され、Y病院脳神経外科のO医師がAの主治医となった。なお、O医師は平成2年5月に医師免許を取得し、研修医を経て、平成4年6月から約1年間同科に勤務した。

平成4年10月8日、O医師は、同日行った頭部CT検査の結果から、入院時に認められたくも膜下出血は消失したものと診断した。

O医師は、くも膜下出血による障害は認められず、頭部打撲による意識障害が見られ、脳浮腫及び頭蓋内圧の亢進があり得ると判断し、脳浮腫及び頭蓋内圧亢進に対する投薬を実施していた。結果的には、脳浮腫及び頭蓋内亢進は起こらず、頭部CT検査の結果からも、頭部打撲による脳挫傷の合併は認められなかった。

Aは、8日、9日と特に異常はなく、9日にはNCUから一般病棟に移った。しかし10日午後5時30分ころから気分不良を訴え、激しく体を動かしたり奇声を発したりし、水様性の嘔吐等をした。その後、状態は一時安定したが、同日深夜から翌11日にかけて、自ら点滴の針を抜き、階内を徘徊し、放尿するなどの行動をとったため、医師の指示でCTを撮ろうとしたものの、激しく体を動かすなどの不穏状態が解消されず、実施することができなかった。11日早朝には眠るようになったが、時々体を動かすほか嘔吐や全身硬直が見られ、意識レベルも低下したことから、CT検査及び腹部X線撮影を受けた後の同日午後、NCUに移された。

O医師は、上記CT検査の結果からは脳浮腫等の異常が認められなかったこと、意識レベルが低下していたこと、中心静脈圧が低下していたことから、Aの症状は脱水又は脳血管攣縮によるものと判断し、そのための処置を指示した。また、連絡を受けて来院したAの父母に対し、くも膜下出血は流れてきており、その悪化は考えられないこと、意識レベルの低下は脱水によるものと思われること等を説明した。

同月13日に行われた血液、生化学検査では、白血球数の増加が認められたが(1万0400。参考値は4000ないし9000)、血中アミラーゼは196IU/ℓと正常値(参考値は150ないし440IU/ℓ)を示していた。

Aは、12日には、痛みに「ウアー」と奇声をあげ、四肢疼痛にて屈曲する、刺激に対して奇声をあげ、ベッド上をゴロゴロ転がり、ベッド上で起き上がり、「痛い」と発語する等の状況であり、13日には、うなり声をあげ、再三ベッド上で起き上がり動作をし、「痛い」、「全部」等と発語し、傾眠状態になる等の状況であった。そのため、四肢抑制の措置をとられていた。

Aの状態は15日昼ころから改善に向い、つじつまの合わない会話はなく、気分不良も訴えなくなった。

そこで、O医師は上記処置により、意識状態の悪化が改善されたものと判断し、15日午後、Aを一般病態に移した。O医師は、Aの意識状態の悪化、嘔吐の原因は、脱水による一過性の脳血管攣縮か静脈血栓であると判断したが、脱水の原因は分からなかった。

Aは、一般病棟に移る直前の15日に数回嘔吐があり、多弁気味で時折不明な発語があり、不穏、発語も攻撃的な状態であった。16日には、腹痛を訴え、便も出ていなかった。

O医師は、脱水状態は改善したものと考えており、CT検査上、脳浮腫も認められなかったので、Aの嘔吐等は、腹部の症状である腸閉塞等が原因ではないかと疑い、腹部のX線写真を撮ったが、腸閉塞はなかったため、便秘と判断し、浣腸を指示した。その結果、17日午後2時30分浣腸が実施された。

看護記録の16日の欄には、胃潜血プラス3との記載がある。これについては、O医師は、ステロイド剤を使っていたため、上部消化管に出血が生じたものと考えた。

Aは、17日午前6時、胃液または胆汁様の嘔吐があり、胃ないし腹部の不快を訴え、圧痛もあり、午前11時、腹緊満が認められたが、午後2時30分に行われた浣腸により、腹痛は一時軽快した。O医師は見舞いに訪れたAの母に対し、状態の悪化は脱水によるものと思われること、CT所見上は異常がないこと、脳細胞がダメージを受けているため不穏状態が生じているが、徐々に良くなっていくと思われること、嘔吐は便秘によるものと考えられること等を説明した。しかし、Aは、一旦腹痛の程度が低下したものの、午後7時、腹痛、胃痛を訴え、午後9時には、大声で叫び、18日午前7時には、下腹部痛、圧痛を訴え、その語、大声を出して不穏ぎみとなったり、ウトウトしたり、時々大声を出して、つじつまの合わないことを言う等、意識レベルも混迷した状態にあった。

O医師は、11日から13日にかけて、Aの意識障害による全身管理のため血液、生化学検査を行っていたが、検査成績上は特段の異常を認めなかったため、以後は同検査の指示をしなかった。また、17日(土曜日)に行った浣腸に反応したことや全身の状態、自らの診察の結果等から、Aが急性膵炎に罹患している可能性を想定することはなく、特に急ぐ必要もないと考え、その全身状態を把握する目的で、前回検査からほぼ1週間が経過する19日(月曜日)に血液、生化学検査を行うよう手配した。

Aは、19日午前2時以降、独語を繰り返し、感情失禁、過換気、幻覚妄想等の症状を呈し、体動も激しく、点滴を自ら抜くような状態にあり、意識レベルも2に低下した。午前6時ころには血液、生化学検査のため、1回目の採血を受け、午前8時には前日まで続けられていた絶食の指示が一旦解除されて、経口流動食を摂った。しかし、19日の午後以降も激しい体動や意味不明の独語が見られ、時折大声を出し、「体中が痛い」と訴えたほか、感情失禁の状態となった。午後6時ころからは眠るようになったが、体動は激しく、大声や奇声を上げ、午後8時以降には血尿、腹部膨満等が認められた。

1回目の採血による血液、生化学検査の検査成績から、アミラーゼ値の著明な上昇や、白血球数の異常な増加、肝、腎機能の悪化が判明した。O医師の指示により2回目の血液、生化学検査が行われたが、その検査成績は、白血球4万6000、赤血球638万(参考値(以下同じ)400万ないし550万)、ヘモグロビン20.8g/㎗(13ないし17g/㎗)、GOT114単位(8ないし40単位)、GPT173単位(5ないし45単位)、LDH1084単位(200ないし400単位)、総ビリルビン4.04㎎/㎗(0.1ないし1.2㎎/㎗)、血中アミラーゼ1177IU/ℓ(150ないし440IU/ℓ)、尿素窒素52.4㎎/㎗(8ないし20㎎/㎗)、クレアチニン1.22㎎/㎗(0.7ないし1.2㎎/㎗)というものであった。

O医師は、Aの体動が激しいことから、その沈静化を図るためセレネース1Aの投与を指示し(投与は19日午前4時20分)、スペクトを用いて脳循環検査を行った。そして、Aの症状はくも膜下出血の影響によるものと考えていたが、同日昼ころに受け取った1回目の血液、生化学検査の成績から、発生機序は明らかではないが、Aが急性膵炎に罹患しているものと判断して、17日に指示していた処方を取り消し、膵炎に対してフサン(蛋白分解酵素阻害剤)合計20ミリグラム及びニコリンH(シチコリン注射液、急性膵炎に対する蛋白分解酵素阻害剤との併用療法に用いられるもの)1Aを投与したほか、アミラーゼ値の変化、感染の兆候や貧血状態等を確認するため、2回目の血液、生化学検査を指示した。

さらに、GOT、GTPの各値が高いことから、肝臓を庇護するため、肝庇護剤(強ミノC)やグルコース・インシュリン療法のための薬剤(グルカゴン等)を、他の部位に生じた感染による膵炎の可能性に対処するため、ペントシリン(抗生物質)を、消化管の出血防止のためタガメット(H2受容体拮抗剤)をそれぞれ投与し、輸液内容を変更する等の処置を行った。

O医師は、19日午後4時ころ、2回目の血液、生化学検査の成績報告を受け取ったが、急激な膵炎としてはアミラーゼ値はそれほど上昇していないと考えた。そして、今後の治療について消化器内科のK医師と電話で相談をした結果、急性膵炎に対しては保存的治療を行い、翌20日に腹部エコー検査を実施することとしたが、その重症度を判定することまではしなかった。また、Aの血圧は110ないし124であり、ショック状態にはなかったことから、その対策や痛みに対する処置はとらず、食事を中止させずに、午後5時30分には経口流動食とお茶を接種させた。なお、O医師は、当日午後8時ころまで病棟に詰めていた。

O医師は、20日から学会出席のため出張を予定していたことから、脳神経外科のH医師にAの状態や治療内容等を説明して、出張中の同人の治療を委ね、看護師にはAのバイタルサインを厳重に注意し、何かあった場合にはH医師の指示を仰ぐように申し送りをした。しかし、当直医に対しAが急性膵炎に罹患していることは連絡せず、また、同科のT医師にも特にこれを告げなかった。

Aは、20日午前6時30分の巡視までの間、時折奇声を発したり、大声を出したりしていたが、呼吸状態に異常はなく、午前6時30分には血液、生化学検査のための採血を受けた。しかし、午前7時30分ころに容態が急変し、呼吸、心停止状態となったことから心マッサージが開始され、当直医にその旨が知らされた。午前8時5分ころ、M医師が来診して蘇生処置を行い、午前8時30分ころからT医師がこれに加わった。容態急変の連絡を受けて来院したAの両親は、午前8時55分ころ病室に入ったが、午前9時にはAの口腔、鼻腔から暗赤色分泌物が噴出、腹部膨隆が出現し、皮下から顔面にかけて腫れ上がるなどの状態となったため、医師の指示で呼吸器の挿管が抜かれ、午前9時1分、T、M、Hの各医師ら立ち合いの下、死亡が確認された。

なお、最後の血液、生化学検査の成績は、白血球1万5300、赤血球334万、ヘモグロビン10.6g/㎗、GOT173単位、GPT236単位、LDH1381単位、総ビリルビン2.51㎎/㎗、血中アミラーゼ955IU/ℓ、尿素窒素90.0㎎/㎗、クレアチニン4.09㎎/㎗であり、特にヘモグロビン値の低下は著明な出血を示すものであった。

解剖所見では、死因・主病診断を急性壊死性膵炎、副病変としては血性腹水、少量くも膜下出血、軽度脳浮腫、全身性鬱血、小腸の軽度壊死性変化、皮下気腫(上部胸壁)が認められるとされた。

なお、急性膵炎の治療の原則は、積極的保存療法にあり、その根本は、膵炎病態生理の上で重要な、膵管内圧亢進、間質浮腫、全身ショックという膵酵素を主体とした一連の悪循環をできるだけ早く断ち切って、壊死の広汎化やショックの増悪を防ぐことにある。具体的には膵炎の臨床上、その主徴をなすものは、疼痛とショックであり、その発生機序から考えると、治療の方針は、膵管内圧亢進、滲出液中の酵素、疼痛、ショック等に対する対策及び抗生剤の投与である。

同様に内科的保存療法が原則である。その要点は、膵の安静と膵外分泌の抑制、輸液と栄養管理、疼痛のコントロール、膵酵素療法、感染対策、合併症に対する対策等である。また急性膵炎は、発症時軽症例でも経過中に重症化することもあり、迅速な診断と特に48時間以内は的確な初期治療が必要である。

そこで、Xら(Aの父母)は、Aが死亡したのは、担当医師が急性膵炎に対する監視体制をとる等の適切な対策を怠った過失があるとして、不法行為に基づく損害賠償請求をした。

一審(福岡地方裁判所久留米支部平成8年12月25日判決)は、O医師の過失とAの死亡との間の因果関係を認め、Xらの請求を一部認容した。そこで、Yがこれを不服として控訴した。

(損害賠償請求)

患者遺族の請求額:
両親合計9285万2512円
(内訳:逸失利益4385万2512円+患者の慰謝料2000万円+両親の慰謝料2名合計2000万円+葬祭費用100万円+弁護士費用800万円)

(裁判所の認容額)

原審の認容額:
7085万2512円
(内訳:逸失利益4385万2512円+患者の慰謝料1500万円+両親の慰謝料2名合計500万円+葬祭費用100万円+弁護士費用600万円)
控訴審の認容額:
7085万2512円
(内訳:逸失利益4385万2512円+患者の慰謝料1500万円+両親の慰謝料2名合計500万円+葬祭費用100万円+弁護士費用600万円)

(裁判所の判断)

1. 医師の注意義務違反の有無
 (平成4年10月19日に行ったO医師の治療における過失の有無)

この点について、裁判所は、同日に行われた1回目の血液、生化学検査の検査成績から、Aが急性膵炎に罹患したことは明らかであり、その程度は重症であったことが認められるとしました。そして、重症急性膵炎に対する治療方針は、上記(事案)に記載のとおりであり、絶飲絶食とし、Aを集中治療室に移したうえで、その循環動態をモニターしながら厳重な管理を行い、十分な輸液と複数の膵酵素阻害剤を大量に投与する等の治療を行うことが必要であったものと認められるとしました。

しかるに、O医師が同日に行った治療は、消化器内科のK医師とは電話で連絡をとったことはあっても、腹部エコー検査を翌日(20日)に行うこととしたこと、膵の安静と膵外分泌の抑制のため必要とされる絶飲絶食の指示を解除し、夕食を摂らせていることなど、重症急性膵炎に対する治療方針から離れたものであって、これによれば、O医師が、Aの急性膵炎は重症であり緊急性を要するものと考えていたとうことは窺うことができず、その処置の内容も、当時のAの症状に見合ったものとは認めることができないとしました。そして、本件の場合、Aが重症急性膵炎を発症した時期は、死亡前の約24時間である可能性もあること、重症急性膵炎に罹患した患者の半数以上は治癒しており、本件当時の医療水準に照らしても、その治療が困難であり、救命可能性がないとはいえないことを併せ考慮すれば、O医師が、Aの急性膵炎が重症またはその可能性があることを念頭に置いたうえ、病院内で厳重な管理と治療を行えば、死亡以外の転帰に至った可能性は十分あったものと認めるのが相当であると判示しました。

裁判所は、以上によれば、O医師には、1回目の血液、生化学検査の成績からAが急性膵炎に罹患したと判断した同月19日昼の時点において、その急性膵炎の程度が重症である可能性を考慮し、Aを集中治療室に移して厳重な管理及び治療を行うべき注意義務があったにもかかわらず、その重症度について考慮することなく、十分な量の膵酵素阻害剤等の投与や、絶飲絶食の指示を維持せず、集中治療室において、Aの容態を管理する等の処置を怠った点で過失があるものと認めるのが相当であると判断しました。

2. 医師の注意義務違反と患者死亡との因果関係の有無

この点について、裁判所は、O医師の治療行為は、Aの罹患した急性膵炎が重症である可能性を考慮したものとは認められず、また、死亡前約24時間に発症した可能性があることを指摘したうえで、重症急性膵炎の患者の半数以上は治療していること、鑑定においても、1回目の血液、生化学検査の成績は明らかに重症急性膵炎であることを示しているのであり、重症急性膵炎であることが判明してからでも、重症であることを認識し、十分な輸液を始めとする適切な集中治療が行われていれば救命可能性はあった旨の結論が示されていることを総合すると、Aが急性膵炎に罹患したことが判明した平成4年10月19日昼以降、O医師が適切な治療行為を行っていれば、Aが死亡以外の転帰をとったであろう高度の蓋然性を認めることができると判示しました。

そして、裁判所は、O医師の注意義務違反と、Aの死亡との間には、因果関係が存在するとしました。

裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXらの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2020年7月10日
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