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No.121「硫酸ストレプトマイシンの筋肉注射により、患者がショック症状が発生し、死亡。医師の損害賠償責任を認めた高裁判決」

東京高等裁判所昭和58年7月20日判決 判例タイムズ512号171頁

(争点)

  1. Y医師に投与すべき薬剤の選択を誤った過失があるか
  2. Y医師に本件注射前の安全確認を怠った過失があるか

(事案)

患者A(死亡時30歳、養父の経営する酒店で勤務していた男性)は、毎年春先に鼻汁が多くなり、くしゃみが出る等の症状に悩まされていた。Aは本件事故の前年にY医師が個人で経営する耳鼻咽喉科医院でY医師の診察を受け、慢性副鼻腔炎急性増悪症、鼻アレルギーと診断され、治療を受けた。

昭和51年2月初め頃からAはまたY医師の診察を受け、再び慢性副鼻腔炎急性増悪症、鼻アレルギーと診断され、治療のため継続的に通院し、硫酸ストレプトマイシン(ストマイ)を含むネブライザーを実施するなどの治療を続けた。この間、3月16日には咳等の症状により急性咽頭喉頭炎の診断を受け、この治療もあわせて受けるに至った。

4月に入ってからAはYの診療を受けて帰宅後、自宅で不快感、倦怠感、激しい咳嗽、目のかゆみ等を生じるようになった。

同年4月10日午後零時40分から50分頃までの間にY医師は看護師に命じてAにネブライザー(ストマイ200ミリグラム、デカドロン0.5ミリグラムARB0.5ミリリットル)を約5分感実施した。ネブライザー実施直後にAが猛烈に咳をしていため、Yは「どうだい、具合は。」と発問したところ、Aが「何かさっぱり今度は良くならない。」と答えた。そこで、YはAのしつこい咳を止めるために、ストマイの筋肉注射(本件注射)を実施したところ、Aはショック症状を呈し、これに基づく急性循環不全により死亡した。

患者Aには相続人として妻X1・子X2・子X3の3名がおり、Aの権利義務を3分の1(当時の法定相続分)ずつ相続した。また、Aには養親X4、X5と実親X6、X7がいる。患者Aの遺族(X1�X7)は、医師Yには不法行為責任に基づき、Aの死亡についての損害賠償義務があると主張してYに対して訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

遺族の一審における請求額:遺族合計で5064万4270円
(内訳:不明)

(判決による請求認容額)

第一審(東京地裁)の認容額:4783万2232円
(内訳:逸失利益3351万1377円+医療費2万0855円+葬儀費及び墓地購入費50万円+患者の妻子3人の固有の慰謝料各250万円+患者の実親及び養親4人の固有の慰謝料各50万円+遺族全員の弁護士費用430万円))

控訴審(東京高裁)の認容額:第一審と同額

(裁判所の判断)

控訴審は第一審の判決を引用し、以下のように判示しました。

Y医師に投与すべき薬剤の選択を誤った過失があるか

この点につき、裁判所は、当時の医学的見地によれば、急性咽頭喉頭炎に対しては、抗生物質を投与することが妥当であり、ストマイはアミノ配糖体系抗生物質の一種であり、全身投与を目的とする限り注射以外の方法はないと判示しました。

そして、Y医師が治癒の遷延している患者Aの急性咽頭喉頭炎の治療のためにストマイを選択しこれを筋肉注射の方法により投与したことは、当時繁用されていた方法ではないけれども、不当な選択であったとはいえず、この選択をしたことについてYに過失はなかったと判断しました。

Y医師に本件注射前の安全確認を怠った過失があるか

裁判所は、まず、一般にストマイの副作用としては各種の過敏症状があり、更にショックが出現することがあるため、ストマイの投与により過敏症状が現れた場合には投与を中止すべきであることは本件事故当時能書にも記載され一般の医師に広く知られるに至っていたものであるから、同一の患者に対しストマイを継続して投与する医師としては、ストマイ投与による過敏症状の出現の有無には常に留意すべきであると判示しました。特に当該患者に過敏症状の疑いのある症状が現れた場合には慎重な観察及び問診を尽くして当該症状が過敏症状であるか否かを確認し、その結果過敏症状と認められるとき又は過敏症状であることの強い疑いが残るときには、重篤な副作用の現れる危険性を考慮してもなお投与を継続する格別の必要があるなどの特段の事情のない限り、投与を中止すべき一般的な注意義務を負うと判示しました。

そして、この注意義務について本件事実によれば、YはAのストマイの過敏症状の疑いのある激しい咳嗽に接したにもかかわらず、これを急性咽頭喉頭炎に起因するものであると軽率に即断し、慎重な観察及び問診を尽くして右咳嗽が過敏症状であるか否かを確認することを怠った結果、過敏症状の出現の疑いが強く注射によるストマイの投与は差し控えるべき場合であったにもかかわらずこれを認識することなく、漫然と本件注射を実施したものであることが明らかであるとしました。したがって、このような医師Yの所為は、前述の医師Yに課せられた注意義務に照らし、医師Yに過失があると判断しました。

また、自宅におけるAの状態はYに申告されていなかったが、YはAがアレルギー体質であることをみずから診断し、まさにこれを原因とする疾病の治療にも当たっていたのであるから、ストマイ注射をAに初めてするにあたっては、Aに対し適切な問診をなし、的確な情報を得て、若干の時間をかけ、検討のうえ実施すべきであったと判示しました。

以上から、裁判所はY医師には本件ストマイ注射前に、なお一層慎重な問診が期待されたのに、Y医師がストマイの副作用につき、アレルギー反応については漫然と考えていたとして、Y医師の過失を認めました。

カテゴリ: 2008年6月 4日
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