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No.499「整形外科において、患者が肩関節脱臼の整復治療にあたり局所麻酔を投与された後、低酸素脳症となり、後遺障害が残存。医師に麻酔薬の投与における過失を認めた地裁判決」

京都地方裁判所令和3年11月9日判決
ウェストロージャパン、裁判所ウェブサイト

(争点)

  1. 患者が局所麻酔中毒によって呼吸停止に至ったか
  2. 医師に手技上の過失ないし義務違反があったか否か

*以下、原告を◇、被告を△および△と表記する。

(事案)

平成28年4月15日、A(66歳の女性・家事および夫の経営するクリーニング店の手伝い)は転倒した。

同月18日午前10時30分頃、Aは、同日15日の転倒による右肩痛を主訴として、△医療法人が開設、運営する整形外科、リウマチ科及びリハビリテーション科を診療科目とする医院(以下、「△医院」という。)を受診し、△の理事長でもある△医師の診察を受けた。

医師は、Aの右肩関節をレントゲン撮影し、右肩関節に脱臼があることを確認し、午前11時30分頃、Aに対して、局所麻酔剤である濃度1%カルボカインを少なくとも約18mlの用量で投与し、腕神経叢ブロックをした上で、整復を行った。

午前11時45分頃に整復完了後、Aは、会話や手足の動作はできるが、少し眠そうなので車いすにて移動し、不整脈はなく、脈拍は68であった。

午後0時05分頃、Aは、「眠たい」といい、少し眠そうにするので、看護師などが「しっかり目を覚まして」と声かけを行った。脈はしっかりしていた。

午後0時07分頃ないし0時10分頃、Aにつき、整復の完了を確認するためレントゲン撮影を行ったが、少なくとも開口し、座位により背骨が曲がった状態であった。傾眠傾向があり、意識レベルは低下して、少し顔色も悪かった。

午後0時14分頃、Aは、車いすにて移動し、途中、いびきを2回発した。

午後0時15分頃、Aは更に顔色が悪く、呼吸停止、心停止に至り、縮瞳を来した。心臓マッサージをしても、血圧は90で、脈拍は40と弱かった。△医院から救急搬送が要請され、午後0時21分頃の救急隊到着時、Aはベッド上に仰臥位に寝かされており、バッグバルブマスクは使用されていなかった。CPA(心肺停止)であり、散瞳していた。

午後0時37分頃ないし午後1時15分(又は30分)頃、Aは、救急隊により心マッサージをされつつ、S病院に到着し、心マッサージが続けられるとともに、気管内挿管によるアンビューバッグにて人工呼吸が施行され、補液もされたところ、自発心拍が戻った。ノルアドレナリンの点滴がされ、病棟への入室後に血圧も復帰した。

午後6時38分頃、Aの心電図(ECG)は、V1ないし6でT波が陰転化しているが、「ST」の変化はなかった。血液検査によれば、腎臓及び肝臓の異常はなかった。心拍は戻っているが、意識はなく、低酸素脳症の状態だが、脳梗塞も否定できなかった。

Aは、昏睡状態のまま、S病院に入院していたが、平成28年7月22日、長期療養のためにN病院に転院し、同年8月4日には低酸素脳症と診断された。転院時のAの身長は159cm、体重は52.7kgであった。Aは、意識を回復しないまま、平成30年4月3日午前5時16分頃、死亡し、直接死因は肝臓癌とされていた。

平成28年4月18日午後1時57分、Aからの血液が採取されてその血清(本件血清)が保存されていた。同血清からはメピバカインが検出され、その濃度は2.079μg/gであった。

Aの夫であり訴訟承継人である◇は、△医師には、麻酔薬の投与等に過失ないし義務違反があるとして、△に対して、診療契約の債務不履行又は民法715条1項に基づく損害賠償として、△に対し、民法709条に基づく損害賠償を求めた(Aの死亡後、◇が訴訟を承継した)。

なお、局所麻酔剤「1%カルボカイン」は、1ml中にメピバカイン塩酸塩10mgを含有し、伝達麻酔(末梢神経の本幹又は神経叢に局所麻酔薬を注射して、その神経の支配領域の麻酔を得る方法)などに効能がある。

局所麻酔中毒とは、局所麻酔薬の血中濃度上昇による中枢神経毒性、心毒性の症状をいう。過量投与、血管内への誤注入、吸収されやすい部位への投与などが原因であり、軽度の症状では口唇のしびれやめまいなどが出現し、血中濃度の上昇により興奮症状の出現、さらに昏睡、呼吸停止、血圧低下などの抑制症状に至ることもある。遅延型中毒では、血管外に過量投与された局所麻酔薬が血中に移行することによって、血中濃度の上昇に伴い投与後5分から30分経過してから段階的に症状が出現する。

(損害賠償請求)

請求額:
8510万1121円
(内訳:治療費32万5308円+入院雑費14万4000円+付添看護費用62万4000円+休業損害98万0278円+後遺障害逸失利益2877万9548円+入院慰謝料150万円+後遺障害慰謝料3000万円+介護費用274万7987円+弁護士費用2000万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
6222万6960円
(内訳:治療費32万5308円+入院雑費14万4000円+付添看護費用38万4000円+休業損害77万3049円+後遺障害逸失利益2269万5620円+入院慰謝料150万円+後遺障害慰謝料2800万円+介護費用274万7987円+弁護士費用565万6996円)

(裁判所の判断)

1 患者が局所麻酔中毒によって呼吸停止等に至ったか

この点について、裁判所は、まず、Aの血中薬毒物濃度などにつき、メピバカインの最高血漿中濃度到達時間が15分であることからすると、Aについては、平成28年4月18日午前11時30分投与のメピバカインが同日午前11時45分には、最高血中濃度に到達したと考えられるところ、上記血中濃度2.079μg/gにメピバカインの半減期が81.5分であることも勘案すれば、同日午前11時45分におけるAのメピバカイン血中濃度は6.05μg/gと推計されると判示しました。また、本件血清のへマトクリット値と、同日前後のヘマトクリット値の推移からすれば、本件血清には治療中の補液による1.2倍程度の希釈があったと考えられるから、同日午前11時45分におけるAのメピバカイン血中濃度は7.26μg/gであったと補正されると指摘しました。そして、メピバカインは5~6μg/mlの血中濃度で中毒症状を発症し得るとされるから、Aの血清における上記の推計値及び補正値は中毒濃度に達していたと判断できると判示しました。

その上で、本件投与の後、メピバカインの血中濃度は中毒域に達していた上、本件投与後心肺停止に至るまでの容態の変化は局所麻酔薬による中毒症状及び推計される同薬血中濃度の推移に整合することからすれば、Aは、本件投与によって局所麻酔中毒を生じ、これにより呼吸停止及び心停止に至ったと優に認めることができると判断しました。

2 医師に手技上の過失ないし義務違反があったか否か

この点について、裁判所は、局所麻酔薬投与に関する医学的知見によれば、カルボカインの投与に際しては、局所麻酔中毒を避けるために、まず、注射針からの血液の逆流がないことを確認した上で、薬剤投与に当たって、投与対象者の血圧、呼吸、顔色といった全身状態を観察しつつ、必要最小量を、可能な限り速度を遅くして注入すべき注意義務があると認められ、特に、忍容性の低下といったリスクファクターを有する高齢者に対する投与、腕神経叢ブロックのような血中への薬剤吸収を高め得る組織が付近にある部位への投与においては、上記各点をより慎重に行うべき注意義務があったと指摘しました。

具体的に本件においては、△医師は、Aに対し、整復に必要な最小限度の投与を、全身状態の観察により異常(血圧、脈拍、呼吸に加え、気分不快等の有無)や薬効の程度を確認しつつ、まずは少量の投与を行うなど、可能な限り速度を遅くして(たとえば分割投与等も含めて)行うべき注意義務があったと判示しました。

裁判所は、そこで、本件投与について検討すると、△医師等による説明は、1回の注射針の刺入により18mlを投与したが、その際、「一気に注入するのではなく、少しずつ注入した。」「一気に注入するのでは無くゆっくり注入しています。」「顔色を見るなどして、急変に対応できるように注意深く観察(した。)」というにとどまり、「ゆっくり」注入したといっても、感覚的な表現の域を出るものではなく、上記の注意義務を充足するものであったことを裏付けるものとは言えない(少なくとも、顔色以外の全身状態を具体的に観察することをしていたとは認められないし、少量を試験的に投与することをしていたわけでもない。)と判示しました。

以上に加え、投与量が伝達麻酔の通常成人に対する参考使用量の上限20mlに近いものであったこと、その他上記の血中濃度や中毒症状の経過等も総合すると、△医師は、本件投与に際し、上記注意義務に反したと認定しました。

裁判所は、また、Aの局所麻酔薬血中濃度が6.05ないし7.26μg/gという一般的な中毒域濃度からしても比較的高いものに至っていることに加え、このような注意義務違反の態様及び弁論の全趣旨にも鑑みると、このような注意義務を履践していれば、Aの呼吸停止、心停止は避けられた高度の蓋然性があるといえ、かつ、結果回避可能性もあったと認めるのが相当であるとしました。裁判所は、以上によれば、△には手技上の注意義務違反ないし過失があったと認められるとしました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2024年3月 8日
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