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No.232「分娩後、産婦が弛緩性子宮出血による出血性ショックにより死亡。医師に輸血用血液の手配の遅れの過失があったとして遺族への損害賠償を命じた地裁判決」

前橋地方裁判所平成7年6月20日判決 判例タイムズ884号215頁

(争点)

  1. 医師の過失の有無(輸血用血液の手配の遅れ)
  2. 輸血の遅れの過失とA死亡との因果関係の有無

(事案)

平成3年6月18日、A(女性・昭和34年生まれの主婦で会社従業員)は、産科・婦人科を専門とする医療法人であるY1が開設し、Y1の理事長である医師Y2が院長を務めるY産婦人科医院(以下Y医院とする)を訪れたところ、妊娠9週と5日、出産予定日が平成4年1月17日と診断された。AはY1との間で出産及びそれに付随して発生する治療を必要とする状態についての診療契約を締結し、以後、Y医院医師の定期検診を受けていた。

Y医院医師が実施したAの1回目の血液検査の結果、ヘモグロビン(血色素)の値が10.8グラム/デシリットルと貧血領域を示していたので、平成3年7月17日、Aが来院した際、貧血の薬(フェロミア、シナール)を投薬した。

同年11月12日に実施した2回目の血液検査の結果、ヘモグロビンの値が10.1グラム/デシリットルとやはり貧血領域を示していたので、同月26日および同年12月10日、貧血の薬を投与した。

同年12月24日に実施された3回目の血液検査の結果、ヘモグロビンが11.4グラム/デシリットルと増加し、Aの貧血は治り正常に戻ったと判断されたので、以後、血液検査は行われなかった。

Aは、出産予定日を既に経過した平成4年1月22日午後5時50分ころ、分娩誘発目的のためY医院に入院し、Y医院医師はAに対して、子宮頸管熟化不全の診断をし、それに対する治療を施した。

翌23日午前11時、Aは女児を出産し、同日午前11時5分、胎盤を娩出した。会陰裂傷が認められたため、縫合した後から出血が始まり、同日午前11時20分、Y医院医師は、Aの分娩後の出血が多いことから弛緩性子宮出血と診断した。

Aの出血状況は次の通りである。
 (1)午前11時20分 子宮収縮不良で3回くらい出血
 (2)午前11時25分 出血1100グラム
 (3)午前11時45分 出血1510グラム(増410グラム)
 (4)午後零時10分 出血1540グラム(増30グラム)
 (5)午後零時35分 出血1760グラム(増220グラム)
 (6)午後零時47分 出血2308グラム(増548グラム)
 (7)午後1時24分 出血2552グラム(増244グラム)
 (8)午後2時35分 出血3342グラム(増790グラム)

同日午後零時過ぎころ、Aの夫X1は、医師に「もし血液等が足らないのであれば、私自身が妻と同じO型の血液型をしているので、私の方から血を抜いて一時凌ぎでも輸血に使用してくれるように。」と申し出ていた。

同日午後零時30分、Y医院医師は、S医師会病院へ輸血のために新鮮血を発注したが、新鮮血は日赤血液センターへ依頼するので40分くらいかかると言われた。

同日午後1時5分、Aはチアノーゼ状態になった。

同日午後2時20分、S医師会病院から交差適合試験が終わったから輸血用の血液を取りに来てほしいとの連絡があり、Y医院は輸血用の血液を取りに行った。

同日午後2時35分、Y医院医師はAに対し1回目の輸血(400cc)をしたが、Aは、意識レベル低下及び舌根沈下の進行した出血性ショック状態に陥り、その後、Aは心停止、自発呼吸停止状態になったため、同日午後2時45分、Y医院医師は気管内挿管を行った。

同日午後2時48分、Y医院医師はAに対し2回目の輸血(400cc)をした後、同日午後3時、Aは、救急車でS医師会病院に転送された。

同月24日午前4時42分、AはS医師会病院において、弛緩出血による出血性ショックに基づく多臓器不全により死亡した。

Aの夫X1および4人の子(X2ないしX5)はY1医療法人および理事長であるY2医師に対して診療契約の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

患者遺族(夫と4人の子)の請求額:計7166万560円
(内訳:逸失利益3346万560円+患者の慰謝料2000万円+遺族固有の慰謝料1300万円+葬儀費用120万円+弁護士費用400万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:5558万7051円
(内訳:逸失利益3038万7054円+患者の慰謝料1400万円+遺族固有の慰謝料600万円+葬儀費用120万円+弁護士費用400万円。遺族が複数のため端数不一致)

(裁判所の判断)

医師の過失の有無(輸血用血液の手配の遅れ)

この点について、裁判所は、鑑定の結果によれば、一般に、輸血は、出血量が1000ミリリットルに達した時点で開始すべきであることが認められるところ、本件においては、分娩後30分での出血が1000ミリリットル、50分で1500ミリリットルを越えていたのであるから、早ければ平成4年1月23日午前11時30分、遅くとも同日午前11時50分には輸血を開始すべきであり、また、輸血をしなくてもすむ出血の限界は1500ミリリットルなのであるから、特段の事情がないかぎり、出血量が1500ミリリットルを越えた時点において、輸血を開始すべきであったといわなければならないと判示しました。

また、裁判所は、鑑定の結果によれば、血液の手配は、手配をしてから実際に輸血開始可能までの時間も考慮して行われるべきであるとも認定しました。

その上で、裁判所は、本件において、Y医院医師は、まず、出血量が1500ミリリットルを越えた時点において輸血を開始すべきであるという要求に応えるためには、Aの出血量が1510ミリリットルに達した同日午前11時45分ころには、直ちに輸血を開始できるような体制を整えておくことが必要であったというべきであるとしました。

また、裁判所は、仮に当時Y病院においては、右の体制を整えておくことが困難な状況であったとしても、Y2医師はS医師会病院に輸血用血液の手配を依頼してからY医院に届くまで約80分かかる(なお、実際には前記のとおり2時間余りかかっている。)ことを事前に了解しており、しかも、異常出血とは、分娩後2時間までに500ミリリットル以上の場合をいうものであるところ、本件では、20分で1100ミリリットルとかなり早いスピードで出血しているのであり、当時Y2医師もかなり短期間に急激に出血していると判断しているのであるから、これらを総合すると、当時Y医院医師らは、弛緩性出血と診断した時点において輸血用血液の手配をしたとしても、右血液が届くまでにAの出血量が1500ミリリットルを越えるかもしれないということを十分予想することが可能であったものというべきであると判断しました。

そして、裁判所は、Y医院医師がAを弛緩出血と診断した時点におけるAの出血量及び出血のスピードやY医院の置かれた輸血体制等を総合すると、Y医院医師は、少なくともAを弛緩出血と診断した後のできるだけ早い時期即ち午前11時20分ころの時点で直ちに輸血用血液の手配をすべきであったといわなければならないと判断しました。

さらに、本件認定事実によれば、その後もAの出血量は増加しているのであるから、緊急策として、X1の血液の提供を受けて輸血することや保存用血液の使用も検討されてしかるべきであったとも判示しました。

裁判所は、本件において、Y医院医師は、これらの措置を講じなかったのであるから、同医師には、輸血に関し、過失があったと判断しました。

輸血の遅れの過失とA死亡との因果関係の有無

裁判所は、輸血の遅れの過失とAの死亡との因果関係の有無について、まず、Aの出血量が1500ミリリットルを越えた平成4年1月23日午前11時45分ころ、輸血の開始がなされていれば、当時のAの容態からしてその死亡を防止できた可能性は極めて高かったというべきであるとしました。

また、裁判所は、Y医院の置かれた現状を前提にして、Y医院医師がAを弛緩出血と診断した後のできるだけ早い時期、即ち本件では同日午前11時20分ころの時点で直ちに輸血の手配をしていれば、本件で実際に輸血が開始された時刻よりも約1時間以上前の同日午後1時25分ころには輸血を開始することができたことになるところ、そのころのAの状態は、前記のとおりかなり落ち着いていた状況にあったのであるから、この時点でも、Aの死亡を防止できた可能性はかなり高かったものと考えられるとしました。

加えて、裁判所は、その時点以前においても、X1の血の提供を受けて輸血することや保存血を使用することも可能であったことからすると、右使用によってもたらされるかもしれない感染等の危険性を差し引いてもその蓋然性は更に高まると考えられ、Y2医師本人も、同日午後1時50分ころに輸血すればAの状態が改善された可能性があったことを認めている事実をも併せ考慮すると、輸血の遅れについての過失とAの死亡との間には因果関係があると判示しました。

以上から、裁判所は上記「裁判所の認容額」の範囲で、Xらの請求を認めました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2013年2月 1日
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