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No.152「救急受診時に一過性脳虚血発作と診断された患者が、帰宅後に脳梗塞を発症して後遺症が残る。市立病院の治療処置に不適切な点はないとして、患者の請求を棄却した地裁判決」

名古屋地裁平成16年3月24日判決 判例タイムズ1192号275頁

(争点)

  1. 医師らに患者Xを入院させなかった過失はあるか
  2. 医師が患者Xにロンゲスを投与したことに過失はあるか
  3. 医師らの具体的な診療内容に過失はあるか

(事案)

患者X(昭和19年生まれの女性、産婦人科医院(Xクリニック)を開業する産婦人科医。以下、X)は、平成11年11月9日午前10時30分ころ、Xクリニックにおいて通常通りに患者の診察に当たっていたところ、机の前に腰掛けていた一瞬の間、字が書けない状態になり、言葉を発することのできない構音障害を呈する症状に陥ったが、ベッドで安静にすると、10分程度で軽快した。11時10分ころ、同様の違和感を覚え、ベッドに横になり、Xクリニックに隣接するF内科のF医師の診断を受けた。同医師は、セルシン(精神安定剤)2分の1アンプルを注射し、夕方に点滴を受けるよう指示した。午後1時ころ、Xは足に脱力感を覚えたため、再びベッドに横になったがすぐに回復した。午後4時ころ、Xは、F内科で再び診察を受けたが、心電図上も異常はなく、握力も左右30キロ以上測定されたため、点滴は不要と診断された。

しかし、翌10日の午前1時30分ころ、Xは身体に強い違和感を覚え、右手が利かず舌が回らない状態に陥り、午前2時5分、Xは、右半身麻痺と言語障害を訴え、救急車でY市立病院(以下、Y病院)へ搬送された。Xは、Y病院でC医師(1年目の研修医)の診察を受けたが、来院後まもなく上記の症状は消失し、自覚症状のない状態となった。その後、C医師に加え、D医師(2年目の研修医)、A医師(腎臓内科の専門医、研修医の指導も担当)の診断を受けた。頭部CT検査などの結果もされたが、特に異常所見は認められなかったので、医師らはXにその旨を説明し、Xを一過性脳虚血発作(以下、TIA)と診断した。

A医師が血圧について尋ねたところ、Xは、普段から血圧が高く、メインテート(降圧薬)を服用していると答えたので、A医師は、薬を変える説明をした上で、ロンゲス(降圧薬)及びパナルジン(抗血小板薬)を各3日分投与した。また、A医師らは、同日午前若しくは翌日午後に診察を受けるよう指示し、受診の予約を入れる旨をXに話した。その後、Xは帰宅した。(以上、緊急外来時診療)

同日午前中、Xは、Y病院の神経内科でB医師(神経内科を専門領域とし、脳梗塞を専門としていた)の診察を受けた。B医師は、Xにつき、意識がしっかりしているかどうか、目の瞳孔の大きさ、顔面の動き、舌の動きを確認し、足の裏をこすって反応をみる等したが、意識レベルは清明であり、会話は通常どおりにでき、Xに神経学的所見はないことを確認した。さらに、MRI検査、MRA検査の結果を踏まえ、Xの症状が24時間以内に消失していることから、XをTIAと診断し、原因疾患を検索するために循環器内科へ行くよう指示した。(以上、神経内科診療)

同日午後、Xは、Y病院の循環器内科のE医師の診療を受けた。Xに失語があったとの話を聞いて、E医師は、Xに「母子手帳」という言葉が浮かんだか否か質問した。Xは、11月16日の心エコー及び頸部血管エコーの予約をして、パナルジン8日分の投与を受けた。(以上、循環器内科診療)

11月11日午前4時ころ、Xの夫が、患者の分娩後の断裂を縫合すべきか否かの判断を求めるため、寝ているXを起こしたところ、Xは再び強い違和感を覚え、右半身麻痺及び言語障害を呈する症状に陥った。Xは、Z病院(Xの夫が勤務する病院)脳外科の診察を受け、直ちに入院した。同病院において、TIAの症状を呈した後に脳梗塞に至ったものと診断された。Xの脳梗塞は、ラクナ梗塞であり、大脳基底核部に数ミリ大の梗塞がみられた。

Xは、Z病院において12月4日まで入院加療を受け、退院後も後遺症の治療のため、通院を続けている。また、平成12年1月4日、X病院での診療を開始したが、入院患者の受け入れは打ち切ったままである。

そこで、Xは、Y病院の医師の不適切治療により脳梗塞が悪化したとして、Y病院を開設・運営するY市に対して、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求の訴えを起こした。

(損害賠償請求額)

患者の請求額 :計1億円
(内訳:増加経費(代務医の給料)252万2202円+逸失利益4億4232万円の内金8747万7798円+慰謝料1000万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:0円

(裁判所の判断)

医師らに患者Xを入院させなかった過失はあるか

この点について裁判所は、まず、A医師らがXをTIAと診断したことは相当であるとしました。

そして、医学的所見によれば、TIA後は全例原則として入院させ、積極的に原因精査や治療を行い、脳梗塞への進展を防ぐことが重要であると解されているが、患者の社会的状況や家族の状況等から、症状が軽快している状態においては100%入院が必要であるといい切れない面もあり、薬剤の投与や検査ができる状態であれば入院しなくてもよいと考えられていること、TIAが再発し脳梗塞に移行するかしないかを完全に予測するのは不可能であること、TIAの患者に対する治療は外来によっても可能であることに照らすと、Y病院医師らが各診療時において、Xにした治療に不適切な点はなかった、と判示しました。そして、入院に消極的な姿勢を示したXに対して、パナルジンを投与した上で、原因疾患の検索のために、実施済みの検査に加えて、さらに心エコー及び頸部血管エコーが必要であるとしてその予約をさせたことも相当な処遇であったということができる、と判示し、Y病院医師らの過失を否定しました。

医師が患者Xにロンゲスを投与したことに過失はあるか

この点について裁判所は、ロンゲスの添付文書には、重要な基本的注意として「過度の血圧低下により心筋梗塞、又は脳血管障害の危険性のある患者においては、投与は少量より開始し、増量する場合は患者の状態を十分に観察しながら徐々に行うこと。」との記載はあるが、脳血管障害のある患者への投与が禁忌である旨の記載はなく、A医師は、緊急外来時診療におけるXの血圧が197.105と高い数値を示したことから、降圧薬を服用させる必要があると判断した上で、Xが服用していたメインテートはβ遮断薬の一種であり、その服用を中止すると急激な血圧上昇をきたすものと考えて、メインテートに変え、血圧は下げても脳血流を維持し得る降圧薬としてロンゲスが適当であると判断してこれを投与した、と認定し、A医師によるロンゲスの投与が不適切ではなかったとして、A医師の過失を否定しました。

医師らの具体的な診療内容に過失はあるか

この点について裁判所は、Y病院医師らがXの診療に当たった時点においてTIAと診断したことは相当であり、その診断を前提としたY病院医師らの具体的な治療内容に不適切な点はなかった、として、Y病院医師らの過失を否定しました。

以上より、裁判所はXの請求を全面的に棄却しました。

カテゴリ: 2009年10月 5日
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