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No.351 「サンディミュン投与による免疫抑制療法を行っていた再生不良性貧血患者に対して投与を中止したが、患者が死亡。サンディミュンの再投与が遅れたとして県立病院側の責任を認めた高裁判決。」

仙台高等裁判所平成28年2月26日判決 医療判例解説70号62頁

(争点)

サンディミュン再投与義務違反の有無

(事案)

平成6年7月4日、A(昭和26年生まれの女性)は、倦怠感などを訴え、Y県が設置・管理する病院(以下、Y病院という)で診察を受けたところ、7月6日、再生不良性貧血と診断された。

Aは同月6日から同年8月4日までの間、Y病院に入院(以下「1回目入院」という)して、シクロスポリン(商品名・サンディミュン、以下「サンディミュン」という。)等の薬剤を用いた免疫抑制療法が行われた。並行して輸血も行われた。

Aへ対する輸血は平成7年6月9日をもって、一旦終了したが、サンディミュンの投与は以後も継続された。

Aへのサンディミュンの投与量は、平成10年1月23日以降、100mg/日から50mg/日に減量されたが、血球数が大幅に減少したため、同年6月12日以降、再び100mg/日に戻され、同年8月7日以降、200mg/日に増量された。また、同年7月には輸血が再開され、以後、同年11月16日までの間、断続的に輸血が行われた。

その後、Aにはサンディミュンなどの薬剤投与が続いていたが、Z医師(平成13年6月から平成14年7月まで、Y病院の内科に勤務してAの治療を担当した)は、平成14年7月26日、今後の治療方針として、まずプレドニゾロンの投与を中止し、その後にサンディミュンについても、ヘモグロビン濃度が8.0g/dL以上であることを目安として、200mg/日の投与量を4週間ごとに50mgずつ減量していき、4ヶ月で投与の中止を目指す計画を立てた。

Z医師から交代したP医師(平成14年8月から平成15年5月まで、Y病院の内科に勤務してAの治療を担当した)は、8月23日にプレドニゾロンの投与を中止した後、サンディミュンについても、同年9月20日には150mg/日に、同年10月18日には100mg/日に、同年11月15日には50mg/日に、その都度ヘモグロビンの値が8.0g/dL以上であることを確認した上で減量を実施し、同年12月13日をもって投与を中止した。

その後、Aは、平成15年1月10日及び同年2月21日にY病院を受診したが、サンディミュン投与を再開されることなく、次に予定されていたボンゾールの減量を行うことになった。

平成15年4月4日、Aは、Y病院を受診し、2週間前からあざが出やすくなり、疲れやすくなったなどと訴え、血液検査の結果、血球数の減少が認められたため、同日からサンディミュン200mg/日の投与が再開され、同月11日に輸血が行われた。

Aは、同月30日、血球数の減少や眼底出血が見られたため、輸液及び輸血を受けるとともに、経過観察のため、同年5月13日までY病院に入院(以下「2回目入院」という。)した。

その入院中の5月3日、Aの主治医であったP医師はA及びAの子であるX1に対し、今後の治療方針として、(1)サンディミュン投与の継続、(2)抗胸腺細胞グロブリンの使用、(3)造血幹細胞移植の3つの選択肢があると説明した。また、5月9日、Aを診察した上でサンディミュン投与を4週間継続する方針に決まったことがAに伝えられた。

Aは、平成15年6月16日、血小板数の数が少ない上、生理出血が治まる気配がなく、出血性ショックなどの危険があるとしてY病院に入院(以下「3回目入院」という。)した。サンディミュンの血中濃度が高値であることやクレアチニンの増加を理由に、同年6月27日、サンディミュン投与を150mg/日に減量された。同年7月3日に血小板輸血が行われると翌日から生理出血の量が減少し、同月10日には出血が止まったため、7月13日に退院した。

Aは、平成15年8月29日、発熱や血球数の減少のため、Y病院に入院(以下「4回目入院」という)したが、同年9月2日に実施された胸部CTの結果、肺炎の所見が認められ、同年10月14日に再生不良性貧血を原因とする肺炎により死亡した。

そこで、Aの相続人(夫及び2人の子)が、Y県に対し、診療契約の債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。原審(山形地裁平成26年12月16日判決)は、相続人らの請求をいずれも棄却し、これに不服の相続人らが控訴した。

(損害賠償請求)

請求額(控訴審):
4719万3613円
(内訳:入通院慰謝料210万円+死亡慰謝料2400万円+死亡による逸失利益
1529万3614円+葬儀費用150万円+弁護士費用430万円。相続人が複数のため端数不一致)

(原審の認容額)

0円

(控訴裁判所の認容額)

認容額:
2365万円
(内訳:死亡慰謝料2000万円+葬儀費用150万円+弁護士費用215万円)

(裁判所の判断)

サンディミュン再投与義務違反の有無
(1)平成15年1月10日時点でのサンディミュン再投与義務の有無

裁判所は、同日の血液数値は、ヘモグロビン濃度が10.5g/dL、血球数は、赤血球が381万/μL、白血球が3200/μL(うち好中球が1780/μL)であり、血小板の数値自体は厚労省研究班の再生不良性貧血の診断基準である10万/μLをわずかに下回る程度に止まっていたこと、本件投薬中止計画に基づくサンディミュン減量・中止後、血球数の顕著な減少数値が出たのは初めてであり、この傾向が継続するのか一時的なものかを最終的に判断するには更に経過を観察することが必要とも考えられること、この時点でAに目立った身体状態の変化はなく、特段不調を訴えることもなかったことに照らすと、同日の時点で直ちにサンディミュンの再投与をすべきであった(すなわち本件投薬中止計画を断念すべきであった)とまではいえないと判示し、平成15年1月10日時点で、Y病院の医師にサンディミュンの再投与を行う法的義務があったということはできないとしました。

(2)平成15年2月21日時点でのサンディミュン再投与義務の有無

裁判所は、同日時点におけるAの血液検査の結果は、ヘモグロビン濃度が10.3g/dL、血球数は、赤血球が339万/μL、白血球が1940/μL(うち好中球が870/μL)、血小板が2万9000/μLであり、診断基準によると中等症に当たるが、前回の同年1月10日の検査結果と比較すると、ヘモグロビン濃度は殆ど変化がなかったものの、血球数は、赤血球、白血球及び血小板ともに軒並み低下し、特に血小板においては、前回検査時に既に見られていた顕著な減少傾向が更に著しく進んだ異常な数値であることが明らかであると判示しました。

さらにAがサンディミュン依存性再生不良性貧血であったこと、サンディミュン依存性再生不良性貧血の患者に対してサンディミュンの減量・中止を行った場合には減量・中止の数日から数ヶ月後に急激に血球数が低下することがあるため注意が必要であるとの医学的知見があることや、免疫抑制療法は造血機能の回復がしばしば不完全で治療後再発の可能性が高いという短所が知られていたことに照らせば、Aが当日の診察時に取り立てて身体の不調を訴えることなく、身体状態の著変が認められなかったとしても、平成6年7月以来の診療経過からしてAの血小板の数値の顕著な減少から、再生不良性貧血が再発したことはもはや疑いの余地なく明らかであったと判示しました。そして、血小板の数値が急激に悪化している推移からすると病状の急速な悪化が推定されるから、本件投薬中止計画についてはこれを断念して治療の再開を決定すべきであったと判断しました。

しかし、P医師は、平成14年8月からAの担当医となるに当たってZ医師から本件投薬中止計画を引き継ぎ、Z医師の方針に従ってヘモグロビン濃度に着目して本件投薬中止計画を実施していた結果、平成15年1月10日及び同年2月21日の時点における血小板数値の減少についての検討(過去1年間の振幅の範囲との比較検討等)が足りず、同日の時点で血液検査数値から既に明らかになっていたAの再生不良性貧血の再発を見落とした(同日の血球数が基準値との対比で中等症であったというにすぎず、Aのこれまでの診療経過からすると血小板の数値は、高い状態が維持できていたのにその数値の低下が急であるなど再発は明らかで、重症あるいは最重症に進展する可能性を考慮すべきであったのに、次回の診察日までの間隔を6週間とするなど、その考慮を怠った。)結果、本件投薬中止計画を断念して治療再開の方針を決定することができなかったと判断しました。

そして、平成15年2月21日の時点では、Aの再生不良性貧血の再発が明らかになり、再発後の治療方針としては、(1)サンディミュンの投与の再開、(2)サンディミュン投与と抗胸腺細胞グロブリンの併用療法、(3)骨髄移植が考えられ、(1)を考えるのであれば平成15年2月21日の時点で直ちに再投与すべきであり、(2)を考えるのであれば、その準備をしつつ血液状態が重症になるまで経過観察をすることも妥当であり、その場合には、1週間後、遅くとも2週間後には再度診察を行う必要があると認められるところ((3)骨髄移植は入院を要するから、やはり同日の時点では経過観察となると考えられる。)、Y病院の医師において、同日の時点で上記(2)や(3)の治療方針は考えられていなかったのであるから、同日の時点でサンディミュンの再投与を行うべき義務があったというべきであると判示しました。

それにもかかわらず、P医師は、同日の時点における血液検査数値の十分な検討を怠った結果、再発の事実を見落として本件投薬中止計画を続行し、Aに対してサンディミュンの再投与を行うことを怠ったのであるから、P医師にはサンディミュン再投与義務違反の過失があると認定しました。

裁判所は、上記控訴審の認容額の支払いを命ずる判決を言い渡し、その後、控訴審判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年1月10日
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