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No.383 「胎盤機能不全による非対称性発育遅延に陥った胎児が子宮内で死亡。産婦人科医師が、胎児の発育状態などを確認し適切な治療方法を採るべき注意義務に違反したとした地裁判決」

東京地方裁判所平成14年2月25日判決判例タイムズ1138号 229頁

(争点)

  1. 胎児の死因
  2. 産婦人科医師に注意義務違反が認められるか否か

(事案)

X1(昭和45年生まれの女性)は、平成11年(以下、特段の断りがない限り全て平成11年の出来事とする。)8月11日から、第一子の出産(出産予定日は9月8日)のために産婦人科医師であるY医師が開業するY産婦人科医院(以下、「Y医院」という。)の診察を受けていた。なお、X1は、それまでは他院で診察を受けていたが、初産であったことから実家のあるO市で出産することとし、前医の紹介でY医師の診察を受けることとなった。

Y医師は、8月11日の初診後、同月18日、同月25日、9月1日及び9月8日もX1を診察した。

その際の本件胎児の児頭大横径、X1の子宮底長、腹囲、体重等の各計測値は以下のようであった。

8月11日(妊娠36週)、児頭大横径8.7cm、 X1の子宮底長27cm、腹囲81.5cm、体重55kg
8月18日(妊娠37週)、児頭大横径8.77cm、X1の子宮底長25cm、腹囲83.5cm、体重56kg
8月25日(妊娠38週)、児頭大横径8.9cm、 X1の子宮底長25cm、腹囲82cm、 体重56kg
9月1日 (妊娠39週)、児頭大横径9.0cm、 X1の子宮底長28cm、腹囲85cm、 体重56.5kg
9月8日 (妊娠40週)、児頭大横径9.1cm、 X1の子宮底長28cm、腹囲84cm、 体重56.5kg

X1には、出産予定日の9月8日を過ぎても、明らかな陣痛が起きなかった。そのため、Y医師は、9月8日、X1について子宮頸管熟化不全の診断をし、同日、同月13日、同月16日の各診察時、X1に対し、子宮開大を誘発する子宮頸管熟化剤のマイリスを各200mg静脈注射した。

X1は、9月17日、Y医師に対し、陣痛があると伝えた。これに対しY医師は、陣痛の間隔が5分間になったら来院するよう伝えたが、X1の陣痛は消失した。

9月21日午後4時ころ、X1は陣痛が5分間隔になったため、Y医院に連絡したところ、入院準備をするようにとの指示を受け、Y医院に行った。

Y医師が、本件胎児の児心音を確認したところ、心臓の拍動が止まっていた。さらに超音波断層検査(妊娠中の胎児の生存を確認する方法として、超音波断層画像により、視覚的に子宮内の胎児像、心拍数を確認する方法)でも心拍停止が確認された。

X1は、直ちに、Y医院からO赤十字病院に緊急搬送されたが、9月22日午前4時9分、同病院において本件胎児を自然死産した。死産時の体重は2506gであった。他方、本件胎児の9月8時点の児頭大横径の計測値は9.1cmであり、この児頭大横径の数値から推定される胎児の平均体重は2900gである。本件胎児は死産時において、非対称性発育遅延(胎児の出生時体重がそれに相当する妊娠週数の基準体重よりもはるかに低下している子宮内胎児発育遅延のうち、体重のみ障害され皮下脂肪の少ないやせたタイプ)の状態であった。

X1と夫X2及びその家族の意向により、本件胎児に対する解剖は行われなかった。

そこで、Xら(X1およびその夫X2)は、Y医師に対し、本件胎児が死亡したのは、Yが、出産予定日の9月8日以降、胎児の発育・健康状態に関する確認を怠り、胎盤機能不全を原因とする非対称性子宮内胎児発育遅延を見落としたことに原因があるなどと主張して、診療契約上の債務不履行ないし不法行為に基づき損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
胎児の両親合計1000万円
(内訳:X1について慰謝料500万円+X2について500万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
胎児の両親合計450万円
(内訳:X1について慰謝料300万円+X2について150万円)

(裁判所の判断)

1 胎児の死因

この点について、裁判所は、X1の羊水は、本件死産時、本件胎児の胎便で汚染されていたこと、このような状態は子宮内における低酸素血症の際見られること、非対称性発育遅延の大部分は胎盤機能不全が原因であること、胎盤機能不全とは胎児に低栄養・低酸素状態が続いた状態をいうこと、これらの事実に死産時における本件臍帯の動脈部分が分離・露出していたことを併せ考慮すると、本件胎児の死亡のメカニズムは次のように推認できると判示しました。

すなわち、本件胎児は、胎盤機能不全のため十分な酸素と栄養が得られず成長が停止し、低栄養・低酸素状態が続き、非対称性発育遅延に陥っており、これに加え、本件臍帯血管の一部が露出していたために、陣痛時、子宮内圧の上昇により、前記血管が圧迫され、さらなる低酸素状態に陥り、死亡するに至ったと推認するのが相当とした。

2 産婦人科医師に注意義務違反が認められるか否か

裁判所は、まず、Y医師に本件胎児の死因である胎盤機能不全ないし非対称性発育遅延について予見可能性があったか否かを検討しました。

本件胎児の児頭大横径の測定値をみる限り、本件胎児の胎盤機能不全等の異常を予見することは困難であろうが、妊娠30週以降の妊娠後期においては、児頭大横径の数値のみを重視することはできず、ことに本件胎児が陥っていた非対称性発育遅延では、頭蓋は正常で体重に異常がある性質のものであることに鑑みれば、胎児の発育状況を判定するためには、児頭大横径の数値のみでなく、子宮底長の長さ等も併せて判定するのが相当であると解されると判示しました。

これを本件についてみるに、安藤式による子宮底長は、妊娠36週で31cm、40週で35cmが平均であるところ、X1の子宮底長は妊娠36週で27cm、37週で25cm、38週で25cm、39週で28cm、40週で28cmと安藤式による子宮底長の数値を大きく下回っていたと指摘しました。子宮底長が平均値より2ないし3cm以上短い場合は胎盤機能不全を疑う必要があるとされていることに照らすと、Y医師は、遅くとも9月8日(X1の妊娠40週)の時点では、本件胎児の胎盤機能不全ないしこれによる非対称性発育遅延を予見することができたというべきであるとしました。

また、Y医師は、9月8日の超音波断層検査の際、本件胎児が成長していないことを疑い再検査をしており、超音波断層検査では、児頭大横径等の数値から本件胎児の成長曲線が情報化され、Yは本件胎児の成長曲線が下がっていることを容易に認識し得たことも、Y医師が、9月8日の時点で、本件胎児の異常を予見することが可能であったとの認定を裏付けるものといえると判示しました。

裁判所は、次に、結果回避可能性の有無について検討しました。

胎盤機能不全による非対称性発育遅延に陥った胎児の予後は、一般に良好とはいえないものの、対称性発育遅延の場合と異なり、子宮内胎児死亡が必至であるとまでは認められず、本件胎児が子宮内で死亡した主要な原因の一つは、陣痛による子宮内圧の上昇により、露出した臍帯血管が圧迫され、低酸素状態が悪化したことにあると推認できるから、本件において、Y医師が、X1に対し、ノンストレステスト(外界から何らストレスを加えない状態で、胎動に伴う胎児心拍の変動から胎児の状態を判定する方法。以下、NSTという。)や尿中エストリオール(胎児胎盤系で産生される代表的なホルモン。以下、E3という。)の測定を継続的に行うとともに、胎児仮死の状態が疑われるときには、帝王切開などの急速遂娩を行い、子宮外治療に切り替えていれば、子宮内胎児死亡という結果を回避できた蓋然性は高いものと認められるとしました。加えて、X1は、第二子の出産に当たって、妊娠32週3日に子宮内胎児発育遅延と診断されているが、妊娠33週1日に子宮内胎児発育遅延の管理を目的として入院し、治療を受けることにより、第二子を無事出産しており、第二子と本件胎児の体重を比較すると、本件胎児が上回っており、本件胎児の方が成熟していたものと推認でき、適切な治療を実施していれば、第二子と同様に救命できた蓋然性は高いと認められると判示しました。

その上で、Y医師の注意義務違反の有無について、以下のように判断しました。

Y医師は、本件出産予定日以降、9月13日、16日及び20日、X1に対し、子宮口を開大させるためにマイリスを注射し、ドップラーで児心音を確認したほかは、出産予定日を過ぎた妊婦管理のために最小限行うべきとY医師自身も認識している子宮底長及び超音波断層検査さえ怠っていることが認められ、加えて、Y医院にはNSTの機械があり、Y医師も入院中の妊婦に対してはNSTを実施していること、Y医師自身、以前は、E3の測定をしており、NST及びE3の測定が胎児機能の診断に有用であることを認識していたことが認められると指摘しました。ところが、Y医師は、E3の測定を行うどころか、E3の測定の障害となるマイリスの投与を漫然と継続し、しかも、Y医師は、X1に対し、非対称性発育遅延に対する検査、治療は何一つとして行っていないと指摘しました。

裁判所は、以上によれば、Y医師が胎盤機能不全、非対称性発育遅延の経過観察のために、9月8日以降、本件胎児の発育状態及び成熟度を慎重に確認し、適切な治療方法を採るべき注意義務、具体的には、妊婦管理の目的で、診察のたびに毎回実施する尿検査、血圧及び体重測定、子宮底長、児頭大横径及び腹囲の計測、浮腫の有無の確認のほかに、NST、E3測定を行い、胎盤機能の異常の有無を確認すべき義務、そして胎児機能の異常に対処するため、妊婦に対し、臥床安静、良質のタンパク質の多い食事をとらせるなどの母胎療法を行い、これを行っても改善がみられない場合は、帝王切開などの急速遂娩を行い、子宮外治療に切り替える等の治療法を採るべき注意義務に違反していることは明らかであると判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でX1及びX2の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年5月10日
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