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No.28「未熟児網膜症に関する最高裁判決。医療水準についての判断基準を示す」

最高裁第二小法廷平成7年6月9日判決(判例時報1537号3頁)

(争点)

  1. 診療契約上の注意義務の基準
  2. 新規の治療法が医療水準になるための判断基準
  3. 医療水準になっている新規治療法に関する医療機関の義務
  4. 本件における控訴審の判断の誤り

(事案)

Xは、昭和49年12月11日午後2時8分、H市内の病院において未熟児として出生し、同日午後4時10分、Yが設営するY病院に転医し、小児科の「新生児センター」に入院した。小児科におけるXの担当医師はA医師であった。

Xは昭和49年12月27日、Y病院眼科のB医師による眼底検査を受けたが、その後退院時まで眼底検査は全く実施されなかった。

Xは、退院後の昭和50年3月28日、Y病院眼科のB医師による眼底検査を受け、異常なしと診断されたが、同年4月9日、B医師により眼底に異常の疑いありと診断され、同月16日、A医師に紹介されて、H県立こども病院の眼科において検査を受けたところ、既に両眼とも未熟児網膜症瘢痕期三度であると診断された。Xの現在の視力は両眼とも0.06である。

(損害賠償請求額)

X及びXの両親が一審・控訴審で請求した額 6900万円(内訳:Xの請求額5750万円+Xの両親の請求額各575万円)
X及びXの両親が上告審で不服申し立てした部分 2760万円(内訳:Xの請求額のうち2300万円+Xの両親の請求額のうち各230万円)

(判決による請求認容額)

控訴審(原判決)認容額 0円
最高裁判所の判断 原判決のうち、X及びXの両親が上告審で不服申し立てした部分につき破棄し、更に審理を尽くさせるため、控訴審に差し戻した。

(裁判所の判断)

1.診療契約上の注意義務の基準

Yは、本件診療契約に基づき、人の生命及び健康を管理する業務に従事する者として、危険防止のために経験上必要とされる最善の注意を尽くしてXの診療に当たる義務を負担したものというべきであると、最高裁判所昭和36年2月16日第一小法廷判決を引用しました。

そして、上記注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であると、最高裁判所昭和57年3月30日第三小法廷判決を引用しました。

2.新規の治療法が医療水準になるための判断基準

ある新規の治療法の存在を前提にして検査・診断・治療等に当たることが診療契 約に基づき医療機関に要求される医療水準であるかどうかを決するについては、当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきであり、右の事情を捨象して、すべての医療機関について診療契約に基づき要求される医療水準を一律に介するのは相当でないと判示しました。

そして、新規の治療法に関する知見が当該医療機関と類似の特性を備えた医療機関において相当程度普及しており、当該医療機関において右知見(情報)を有することを期待することが相当と認められる場合には、特段の事情が存しない限り、右知見は右医療機関にとっての医療水準であるというべきであると判示しました。

3.医療水準になっている新規治療法に関する医療機関の義務

当該医療機関としてはその履行補助者である医師等に新規治療法に関する知見(情報)を獲得させておくべきであって、仮に、履行補助者である医師等が右知見を有しなかったために、右医療機関が右治療法を実施せず、又は実施可能な他の医療機関に転医をさせるなど適切な措置を採らなかったために患者に損害を与えた場合には、当該医療機関は、診療契約に基づく債務不履行責任を負うと判示しました。

更に、当該医療機関が予算上の制約等の事情により新規の治療法実施のための技術・設備等を有しない場合には、右医療機関は、これを有する他の医療機関に転医させるなど適切な措置を採るべき義務があると判示しました。

4.本件における控訴審の判断の誤り

控訴審は、Xが出生した昭和49年当時、未熟児網膜症の有効な治療法として、光凝固法は確立されていなかったのであるから、Y病院のA、B両医師が生後16日にXの眼底検査を実施しただけで、その後退院まで実施せず、そのための転医をさせなかったからといって両医師に義務違反は無いと判断しました。

しかし、上告審の裁判所は、Y病院の医療機関としての性格、XがY病院の診療を受けた昭和49年12月中旬ないし昭和50年4月上旬のH県及びその周辺の各種医療機関における光凝固法に関する知見の普及の程度等の諸般の事情について十分に検討することなくしては、本件診療契約に基づきY病院に要求される医療水準を判断できない筋合いであるのに、光凝固法の治療基準について、一応の統一的な指針が得られたのが厚生省研究班の報告が医学雑誌に掲載された昭和50年8月以降であると言うだけで、XがY病院の診療を受けた当時において光凝固法は有効な治療法として確立されておらず、Y病院を設営するYに当時の医療水準を前提とした注意義務違反があるとはいえないとした原審(控訴審)の判断には、診療契約に基づき医療機関に要求される医療水準についての解釈適用を誤った違法があるものというべきあり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであると判示しました。

結論

原判決のうち、X及びXの両親が上告審で不服申し立てした部分(Xの請求額2300万円+Xの両親の請求額各230万円)につき破棄し、更に審理を尽くさせるため、控訴審に差し戻した。

カテゴリ: 2004年8月25日
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