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No.452「不要な陣痛促進剤の過剰投与をし,輸血量も不足していたため妊婦が出産後に弛緩出血による大量出血により死亡。医師の不法行為責任が認められた地裁判決」

広島地方裁判所平成2年3月27日判決 判例タイムズ730号205頁

(争点)

  1. 陣痛誘発上の過失
  2. プロスタルモンE錠を一度に2錠投与した過失
  3. 輸血上の過失

※以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(死亡当時31歳の女性。パチンコ店を夫と共同で経営)は、第四子を妊娠したため、昭和60年1月7日、△医師の診察を受け(初診時妊娠第8週であり、分娩予定日は同年8月17日であった)、以後定期的に検診を受け異常なく経過してきたところ、同年7月28日午前8時頃、破水があったので、電話で△医師の指示を受け、同日午後1時20分頃夫◇を伴って△医師が経営する医院(以下、「△医院」という。)に入院した。入院時、Aは妊娠第37週(正期産の時期)であった。

入院時の診察によると、「子宮口二指開大、子宮頚管は柔らかい。羊水流出があるが、羊水混濁なし。胎児心音は良好。陣痛なし。前期破水」であった。

△医師は、治療処置として、グリセリン浣腸、陣痛誘発剤プロスタルモンE錠2錠を投与し、20%ブドウ糖20ml、マイリス100mg2Aを静注したほか、破水による感染予防のため抗生物質セフメタゾン1gを静注した。

午後2時10分ころ、陣痛が開始した。

午後2時40分ころ、子宮口三指半開大、子宮膣部展退、本格的な陣痛があった。

午後2時56分頃、子宮口全開大。この頃から午後3時頃にかけて、Aは二度にわたって、いきまないように注意されたが、陣痛が強かったため、いきまざるを得なかった。

Aは、午後3時04分、男児(◇・第四子)を娩出した。

午後3時08分、胎盤が娩出された。△医師は、直ちに氷嚢を当て、子宮収縮剤プロスタルモンF50とメテナリンを静注した。△医師は、さらに子宮収縮剤プロスタルモンF10001Aを子宮筋に注射した。

分娩直後から持続的な鮮紅色の出血が多く、内診の結果、3時と9時の方向に子宮頚管裂傷、子宮下部裂傷(但し、実体は子宮頚管裂傷の深いものであったが、子宮下部にわずかに達するように見えたので、カルテ上、子宮下部裂傷と記載)を確認した。

午後3時10分頃、△は裂傷部の縫合を開始し、同時に輸液(電解質ポタコールR500ml、VB1カルボキシン20mg、VB2フラニンH10mg、VB6ビタロキシン30mg、VC・CVM20ml、止血剤チチナ20ml2A、血液代用剤低分子デキストランL250ml)を開始し、その後も輸液(ポタコールR500ml、止血剤チチナ20ml2A、抗生剤セフメタゾン2g、低分子デキストランL250ml)を続行した。午後3時40分頃、縫合が終了した。この時点までの出血量は約800ml、血圧は104-68、子宮底臍下四指収縮良好、出血量は普通程度で少なかった。家族とAの面会実施。

午後4時10分ころ、再出血したので、看護師は、直ちに△医師に連絡をし、△医師はAを診察したところ、相当量の暗赤色の凝血の出血を認め、子宮底上昇、子宮柔らかく増大しており、子宮収縮不良と認めた。△医師は内診の結果、凝血を除去した。裂傷縫合部の出血はなく、弛緩出血と診断した。Aの血圧は118-70、脈拍は90近く、意識はしっかりしているが、出血は断続的であった。再出血直後、△医師は、Aに対して、酸素吸入を開始した。

再出血後、直後から午後5時すぎころまでに、収縮剤プロスタルモンF10001Aを再び子宮筋に注射したほか、収縮剤メテナリン静注、収縮剤チトロゲン管注、ウテロスパン筋注、血液凝固促進・止血作用剤フィブリノーゲン2gを点滴し、輸液(ポタコールR500ml、ハイドロコートン500mg、チチナ20ml2A、低分子デキストランL250ml)を続行した。

午後4時30分ころ、△医師は県赤十字血液センターに、保存血A型1000mlの注文をなし(後刻、1000mlの追加注文をした)、子宮体マッサージ、双手圧迫法施行、再度氷嚢を当てた。一方他の医師の応援を求めた。

午後5時15分ころ、応援のM医師が来院した。このときのAの全身状態はかなり重篤であった(顔色は少し青白く、脈はやや弱く、頻数で速く、声は出さないが、呼掛けには首を振って反応するという状態で、意識は正常と比べると随分鈍く、M医師は突発的な乏血ショックから二次ショックに移行する過程と把握した)。

M医師は、直ちに△医師と両名で出血部位の再確認をし、弛緩出血と診断した。しかし、念のため、裂傷縫合部の再縫合をし、五枚位連結したガーゼタンポンの挿入をし、双手圧迫もした。

なお、弛緩出血とは分娩第三期またはその直後に子宮筋の収縮不全、すなわち子宮弛緩症に起因する強出血をいう。

その後、腕及び両足の三カ所から輸血を開始した。腕からの輸血は、それまで行っていた輸液の針を利用し、輸液の瓶を輸血用血液の瓶に切り換えたものである。輸液の途中で輸血に切り替えたためAの体内に入った輸液の総量は2000ml近くに過ぎなかった。両足からの輸血は、普通に両足の血管に注射の針を射し入れ、通常の点滴方法で行った。前記縫合が終わってから約30分間に約1500mlの出血があった。その後も出血は、従前よりも勢いは衰えたものの、続いていた。昇圧効果もある強心剤カルニゲン1Aが注射された。

午後5時15分過ぎころ、Aは顔面蒼白となり、呼吸浅く、ショック症状が悪化してきたので、カルニゲン1Aが注射された。

輸血開始の前後ころ、△医師はM医師とともに子宮全摘手術の施行も協議したが、Aの状態は悪く、手術不能と考え、止血及びショックの改善に全力を尽くすこととした。

しかし、午後5時30分ないし40分以降、Aの意識が薄れ始め、脈も触れ難くなり、血圧測定するも測定不能となった。強心剤ビタカンファ、テラプチクが注射された。

午後6時20分、Aは死亡した。死亡までにAの体内に入った輸血量は約1200mlであった。

そこで、Aの相続人である◇ら(夫および子ら)は、Aが死亡したのは、△医師に陣痛誘発状の過失や輸血上の過失等があったからだとして、△医師に対し、診療契約上の債務不履行もしくは不法行為に基づき損害賠償請求をした。

(損害賠償請求)

請求額:
1億4008万7713円
(内訳:逸失利益1億0419万7713円+慰謝料2000万円+墳墓葬祭費389万円+弁護士費用1200万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
9367万6968円
(内訳:逸失利益6977万6969円+慰謝料1500万円+墳墓葬祭費90万円+弁護士費用800万円。相続人複数により端数不一致)

(裁判所の判断) 

1 陣痛誘発上の過失

この点について、裁判所は、

(1)
正期産の前期破水(陣痛発来前に起こる破水)では比較的に感染の機会は少なく、前期破水の開始時点からの経過時間が短い場合はなお感染の危険性が低いところ、Aの前期破水時刻から誘発剤の投与時点まで約5時間しか経過していなかった
(2)
感染の危険を具体的に窺うような症状が発生したことを認めるに足りる証拠はない(むしろ、羊水混濁はなく、胎児心音は良好であったから感染の兆候はなかったし、羊膜炎に関する症状があったことを窺う証拠もない)。また△医師において羊水感染を防止するための検査や予防的化学療法、産道と児頭との間に不均衡がないことの確認をしたことを認めるに足りる証拠はない
(3)
既に感染予防のため抗生物質の静注がなされている。

以上(1)~(3)に照らすと、感染予防の観点のみから陣痛促進をなすべき必要があったものとは認めがたく、その他に午後1時20分頃の時点で陣痛を誘発すべき必要性があったことを認めるに足りる証拠はないと判示しました。

そして、上記状況のもとでは、分娩誘発剤を使用すべき格別の必要性はなかったのであるから、誘発剤のもたらすことのある危険性に思いを致し、Aが4回目の出産であることをも考慮に入れて、安静を指示して自然陣痛の発来を待つべきであったものと認められ、陣痛誘発剤の使用は△医師の裁量の範囲内であるとの主張は、採用することができないと判示しました。

2 プロスタルモンE錠を一度に2錠投与した過失

この点について、裁判所は、プロスタルモンE錠の能書きには、用法・用量につき「通常1回1錠を1時間毎に6回、1日総量6錠を1クールと、経口投与する」、使用上の一般的注意として「本剤は点滴注射剤に比べ、調節性に欠けるので、原則として妊娠母体及び胎児の状態を常時監視できる条件下で使用すること」、副作用として「ときに母体に過強陣痛(中略)をきたすことがあるので、観察を十分行い、このような症状があらわれた場合には、減量または投与を中止すること」と各記載されていると指摘しました。

そして、上記能書の注意にもあるとおり、錠剤は点滴注射に比べ調整性に欠けるので、用法、用量の指示は忠実に守るべきであると判示しました。

そして、本件ではプロスタルモンE錠を一度に二錠投与して1時間足らず後の午後2時10分ころ陣痛が開始し、発来した陣痛は非常に強いものであり、△医師が分娩は午後6時ころになると予測していたが午後3時04分男子(◇)を娩出したのであり、過強時痛による急速分娩といえると判示しました。

前記経緯に照らし、証拠を合わせて考えると、プロスタルモンE錠2錠の服用により、その効果として、午後2時10分ころ陣痛が開始し、しかも過強陣痛が生じて急速分娩を引き起こし(上記服用が急速分娩の主たる原因と考えられる。)、急速分娩における胎児頭の急速な通過に際して子宮下部、子宮頚管に裂傷が生じ、さらに、過強陣痛、急速分娩が、胎盤娩出終了後、子宮筋の疲労をもたらしてその後の弛緩出血の大きな原因となったものと認めるのが相当であるとしました。

したがって、プロスタルモンE錠の2錠の服用と、子宮頚管裂傷、子宮下部裂傷、さらに、弛緩出血との間には相当因果関係が存在すると認定しました。

3 輸血上の過失

この点について、裁判所は、分娩後、午後4時40分ころまでに確認された出血量だけでも約2300mlに達したと指摘し、出血量を基準にして輸血量を決める方法によれば、出血量の1.2倍から1.5倍の量の輸血をすべきであるから、輸血量が約1200mlであったということは、その量が絶対的に少なかったというほかないと判示しました。

また、血圧を主とした臨床症状による方法(血圧とショックの重症度とは相関し、かつ、出血量と並行するから、血圧を測定しながら輸血量を増加していき、臨床症状の回復をみている)に従うとしても、輸血開始後血圧が上昇し、Aの全身状態においても改善がみられたことは△も主張してないし、そのような事実を認めるに足りる証拠はないから、この観点からも輸血量が絶対的に少なかったことを推認することができるとしました。

Aは大量の出血によって死亡したのであり、輸血量が少なかったことが死亡の重大な原因となっていると考えられるから、この点は重大な過失というべきであると判示しました。輸血の量が少なかった原因としては、従来輸液を行っていた方法をそのまま利用したことにあり、二連球を用いて急速に加圧して輸血するべきであったのにこれをしなかった点に過失が認められるとしました。

以上から、裁判所は、Aに対し、分娩誘発を施す必要性はなかったにもかかわらず、△は漫然と、プロスタルモンE錠2錠(通常の服用量の2倍の量)を一度に服用させ、その結果、過強陣痛を引き起こして子宮頚管裂傷、子宮下部裂傷を生じさせ、その後、弛緩出血まで惹起させて、Aを失血死させたものであると判示しました。Aの出血量は測定されたものだけでも約2300mlと大量であり、特にショック状態に陥ったのであるから、これに対する処置としては、出血量に見合う輸液、輸血を行うことが非常に大切であるのに、通常の点滴の方法で輸液、輸血を行ったため、注入量が絶対的に少なく、ショック状態を改善させることのできないまま死亡させるに至ったと指摘しました。

仮に陣痛誘発を施すにしても、点滴方法の誘発剤を使用するか、プロスタルモンE錠を用いるにしても、定められた用量を守って投与しておれば、過強陣痛は生じず、したがって、その後の子宮頚管裂傷、子宮下部裂傷、弛緩出血が生じなかった可能性は高かったものと認められるとしました。また、大量出血の際、急速加圧して輸液、輸血を実施しておれば、ショック状態の改善が図られ、子宮全摘等の措置を実施し得たことも考えられ、救命の可能性も認められるのであるとしました。

以上の点において△には過失が認められ、この過失とAの死亡との間には相当因果関係があると判断しました。

よって、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2022年4月14日
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