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No.319 「患者がERCP検査後に急性膵炎を発症し、死亡。初期輸液量の不足、膵炎の重症度診断の遅れ、患者にボルタレンを投与したこと、抗生剤の予防的投与の遅れの4点につき病院側の過失を認め、損害賠償を命じた地裁判決」

大阪地方裁判所平成27年2月24日判決 医療判例解説61号2頁

(争点)

  1. ボルタレンを投与した過失の有無
  2. 抗生剤の予防的投与が遅れた過失の有無
  3. 医師らの過失と患者の死亡との間の因果関係の有無

(事案)

患者A(昭和14年生まれ、本件当時72歳、眼科開業医、男性)は、平成23年10月末から黄疸を自覚したことから、近医であるS医院を受診し、その紹介で、11月2日に、独立行政法人Yの開設するY病院(病床数約650床で、地域の中核病院)の消化器内科を受診した。Aは、外来を担当したY病院の消化器内科部長であるY1医師より、同日の外来で腹部超音波検査、腹部CT検査等の所見から、肝門部胆管癌、閉塞性黄疸と診断され、精査・加療目的でY病院に入院した。

11月4日13時10分から、Y病院のY2医師(Aの主治医)、B医師、C医師によりAに対しERCP検査(内視鏡を口から挿入し、胃を通過させて十二指腸まで到達させ、そこから造影剤を注入した上でレントゲン撮影をして、膵臓や胆管・胆嚢の病気の診断・治療を行うための検査)が開始された(以下、「本件ERCP」という)。術中に特に問題はなく、同日14時15分、本件ERCPを終了した。

Aは、同日17時、Y2医師の診察を受け、筋性防御はないものの腹痛が認められ、同日17時45分、ERCP後3時間後の血液検査の結果、T-Bil(総ビリルビン値)は10.3、AST/ALT(アスパラギン酸アミノ基転移酵素/アラニンアミノ基転移酵素)は190/341であり、また、AMY(アミラーゼ)は1,549と膵酵素の上昇が認められたため、Y2医師は急性膵炎と診断した(以下、「本件急性膵炎」という)。なお、急性膵炎とは、活性化された膵酵素の遊離分泌によって、膵臓及びその隣接組織に生じる急性炎症をいい、急性膵炎は、ERCP施行後に合併症として発症する場合がある(ERCP後膵炎)。

Y病院医師らは、本件急性膵炎発症後1日目(11月5日)も2日目(11月6日)も、輸液を1,500ml/日のまま増量しなかった。また、両日とも重症度判定に必要な血液ガス検査及び尿量測定を実施せず、11月6日には血液検査もされなかった。

Aは、11月4日17時に腹痛を、同日19時30分に心窩部痛を訴え、11月5日1時40分に腹痛を、同日7時50分には背部痛を、同日14時25分に頻繁の心窩部痛を、同日16時にはひどい疼痛を訴えていた。

Y病院医師らは、Aに対し、本件急性膵炎を発症した時点(11月4日17時45分)以降に4回(11月4日19時30分、11月5日1時40分、同日7時50分、同日14時25分)にわたりボルタレン座薬を投与した。

Aは、11月7日には、血圧が低下し、無尿が続いていたところ、Y2医師は、外来診察中にAの状態について看護師から電話連絡を受け、急性膵炎に伴う脱水、プレ脱水状態であると診断し、ラクテック(細胞外液補充液)を使用した輸液治療をすることとした。Y1医師は、同日10時頃、Y2医師に電話で経過を聞いてAの状態を把握した。また、Y2医師は同日17時頃、血液検査及び腹部CT検査等の結果から、本件急性膵炎が重症化していると診断した。同日より、輸液治療は、ラクテック4,000ml/日に増量され、鎮痛治療はレペタンが投与されることとなった。

Aは、11月8日以降、重症化した本件急性膵炎の治療のため、ICUでの集中治療を受けることとなり、ICU入室後、急性膵炎による急性腎不全と診断された。Aは、同日より、血液浄化療法(持続的血液濾過透析、CHDF)と内科的治療(レミナロン等(蛋白分解酵素阻害薬)の持続的投与、輸液治療等)を受けることとなった。Aは、その後、11月30日12時55分に死亡した。

解剖の結果、AはステージⅣ(T3、N1、M1)の胆嚢癌に罹患していたこと、そのため、根治的治療(切除手術)の適応はなかったことが判明した。

Aの死因は重症急性膵炎であり、その進行により多臓器不全となり、大量出血による心停止に至ったものであった。

Aの妻X1及びAとX1の子であるX2~X4は、独立行政法人Y、Y1医師及びY2医師を被告として、損害賠償請求訴訟を提起した。

訴訟において、被告側は、Aに対する(1)初期輸液量の不足(急性膵炎の診断後、11月5日~11月6日の初期輸液量1,500ml/日であった。Aの体重を勘案すれば、細胞外液補充液で最低でも3,000ml/日以上の輸液が必要であったところ、維持液で上記の量しか投与しなかったことは、急性膵炎の重症化を防ぐための初期輸液量として不足であった)、(2)膵炎の重症度診断の遅れ(急性膵炎の発症後は経時的、特に48時間以内に重症度判定を実施すべきであったにもかかわらず、これを怠ったこと)について、過失責任を負うことを争わなかった。

(損害賠償請求)

患者遺族(妻、子3人)の請求額 合計 7854万9489円
(内訳:逸失利益4317万6630円+死亡慰謝料2800万円+入院雑費4万3500円+付添看護費18万8500円+弁護士費用714万860円(相続人が複数のため端数不一致))

(裁判所の認容額)

裁判所の認容額 2324万215円
(内訳:逸失利益89万5471円+死亡慰謝料2000万円+入院雑費4万3500円+付添看護費18万8500円+弁護士費用211万2745円(相続人が複数のため端数不一致))

(裁判所の判断)

1. ボルタレンを投与した過失の有無

この点を判断するにあたり、裁判所は、事実経過に鑑み、Aには本件急性膵炎を発症した11月4日17時45分以降、高度かつ持続的な疼痛があったものと推認しました。

そして、医学的知見によれば、疼痛が重症の患者に対してボルタレン坐薬を投与することは禁忌であることから、Y病院の医師らが、Aに対し、本件急性膵炎を発症した11月4日17時45分以降に、4回にわたってボルタレンを投与したことは、いずれも過失にあたると判断しました。

2. 抗生剤の予防的投与が遅れた過失の有無

この点について、裁判所は、医学的知見によれば、急性膵炎の重症例は、膵及び膵周囲に感染が合併し、敗血症から多臓器不全をきたす頻度が高いため、重症と診断された場合には、直ちに抗生剤の静脈内投与を開始することが推奨されているのであるから、Y病院の医師らには、Aの急性膵炎が重症化した時点又はAに感染を示す所見が認められた時点で、Aに対して抗生剤を予防的に投与すべき注意義務があったと判示しました。

その上で、11月6日頃にはAの本件急性膵炎は重症化していた可能性があり、11月7日11時15分の血液検査の結果、Aには、白血球数が1万2,700、CRPが20.5と高度の炎症所見が認められ、好中球の比率も88.5%に上昇するという感染を示唆する所見も認められたことからすれば、Y病院の医師らには、遅くとも11月7日の血液検査の結果が判明した時点で、速やかに抗生剤の予防的投与を開始すべき義務があったと判示しました。しかるに、Y病院の医師らは、11月10日まで抗生剤の予防的投与を行わなかったのであるから、上記義務違反があると判断しました。

3. 医師らの過失と患者の死亡との間の因果関係の有無

この点につき、裁判所は、Y病院の医師らが、遅くとも11月5日(本件ERCP後1日目)の時点で、細胞外液補充液を用いて、Aに必要とされる初期輸液(3,000ml/日)を開始していれば、炎症に伴う循環血漿量の低下を補い、循環動態を安定させ、本件急性膵炎の初期の病態悪化を抑えることができ、本件急性膵炎の重症化を防ぐことができたか、重症化を遅らせることができた高度の蓋然性があると認定しました。

そして、急性膵炎の予後に関する統計結果によれば、急性膵炎の軽症例での死亡率は1%未満であるから、適切な初期輸液がされた場合には、11月30日時点におけるAの死亡という結果を回避できた高度の蓋然性があると判断し、Y病院の医師らの過失とAの死亡との間の因果関係を認めました。

以上のことから、裁判所は、独立行政法人Y、Y1医師及びY2医師に対して、上記裁判所認定額の賠償を命じました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2016年9月 5日
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