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No.488「71歳患者に対し術前ストーマサイトマーキングを行わず、陥没型ストーマが造設され、自己管理が困難に。医師の過失を認めた地裁判決」

東京地方裁判所平成11年5月31日 判例タイムズ1009号223頁

(争点)

  1. 術前ストーマサイトマーキングを怠った医師の過失の有無
  2. 突出型ストーマを造設しなかった医師の過失の有無

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

◇(大正11年生まれの女性・精神科の医師)はページェット病に罹患していることを知り、平成5年4月20日、△共済組合連合会の経営する病院(以下、「△病院」という。)皮膚科で初めて診察を受けた。

◇は、△との間でページェット病の治療のための診療契約を締結し、同年9月7日、△病院に入院した。なお、◇は、時々下痢をしていた。

△病院の皮膚科部長であるO医師は、同月9日、◇に対し、ページェット病治療の手術を行った。同手術の中で、△病院消化器外科医長のS医師は、◇のストーマを造設する手術(以下、「本件手術」という。)を行った。

◇は、本件手術当時71歳、身長159.5センチメートル、体重51キログラムであり、女性の平均よりも大柄の体型であった。

なお、ストーマを造設するにあたり、医師らは、術前ストーマサイトマーキング(手術前に、患者のストーマ造設予定位置に印を付け、患者に立位、座位、伏臥位等の姿勢をとらせ、患者から見やすい位置かどうか、ストーマが皺や瘢痕の中に入らない位置かどうか、腹直筋を貫きストーマ周囲の腹壁の硬さが体位によって変化しにくいかどうかという点について検討し、最善のストーマ造設位置を探すこと)を行わなかった。

◇のストーマは、腹部のマウンテントップよりも上部で、皺のある部分に陥没型(粘膜が腹壁より数ミリメートル低い)で造設されたため、◇から見えにくい状態となり、腹直筋の外側に造設されたことと相俟って、本件手術直後から管理困難なストーマであった。

そこで、◇は、△に対して、自己管理の困難なストーマを造設されたため、財産的・精神的損害を被った旨主張して、診療契約上の債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償の請求をした。

(損害賠償請求)

患者の請求額:
2009万円
(内訳:平均余命までの余分なストーマ装具・皮膚保護剤の代金809万円+慰謝料1000万円+弁護士費用200万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
623万6656円
(内訳:余命15年とした余分なストーマ装具代・皮膚保護剤の代金損害の現価373万6656円+慰謝料200万円+弁護士費用50万円)

(裁判所の判断)

1 術前ストーマサイトマーキングを怠った医師の過失の有無

この点について、裁判所は、医師が、ストーマを造設するにあたり術前ストーマサイトマーキングを行うこと、すなわち患者のストーマ造設予定位置に印を付け、患者に立位、座位、仰臥位等の姿勢をとらせ、患者から見やすい位置かどうか、ストーマが皺や瘢痕の中に入らない位置かどうか、腹直筋を貫きストーマ周囲の腹壁の硬さが体位によって変化しにくいかどうかという点について検討し、最善のストーマ造設位置を探すことは、本件手術当時の臨床医学上の常識となっていたものと認められるとしました。

そして、裁判所は、S医師は、◇に対し、上記術前ストーマサイトマーキングを行う義務があったと判示し、S医師が術前ストーマサイトマーキングを行わなかったことは当事者間に争いがないと指摘しました。

裁判所は、従って、S医師に上記の注意義務違反が認められると判断しました。

2 突出型ストーマを造設しなかった医師の過失の有無

この点について、裁判所は、突出型ストーマが平坦型ストーマよりも優位性があり、少なくともストーマの管理方法として自然排便法をとる場合には必ず突出型ストーマを造設しなければならないとの理解が、本件手術が行われた平成5年当時の医療水準であったと認定しました。

そうすると、ストーマを造設する医師は、患者に対し、原則として、突出型ストーマを造設する義務があり、仮に平坦型ストーマを造設するのであれば、少なくとも、患者の年齢、便性等を考慮し、洗腸療法による自己管理が可能であり、自然排便法を採用する必要がないと判断した上で行う義務があったと判示しました。

そして、◇本人尋問の結果によれば、◇は、本件手術前から、時々下痢をしていた事実が認められるとしました。

そうすると、S医師は、◇に対し、◇の便性を考慮し、自然排便法をとるために突出型ストーマを造設する義務があったと判示しました。

しかしながら、証言によれば、S医師は、本件手術において、◇の年齢、便性を考慮することなく平坦型ストーマの造設を企図したものと認められ、結果として、粘膜の高さが皮膚レベルよりも数ミリメートル低い陥没型ストーマを造設したと認定しました。

裁判所は、したがって、S医師には上記注意義務違反(突出型ストーマ造設義務違反)が認められると判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2023年10月10日
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