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No.302「急性虫垂炎の開腹手術をした際に、医師が患者の腹腔内にドレーンゴム管を留置し、患者に腹部激痛が生じ、抜去再手術により下腹部手術痕も残る。医師の不法行為責任を認めた地裁判決」

東京地方裁判所平成元年2月6日判決 判例タイムズ698号256頁

(争点)

  1. Yの注意義務違反の有無
  2. 損害

(事案)

昭和59年6月8日、X(昭和38年生の女性)は急性虫垂炎に罹患したため、Y医師が開設・経営するY外科病院(以下、Y病院という。)において診察を受け、同日、同病院に入院した。

翌9日、XはY病院の院長兼医師として診療行為等に従事していたYの執刀により、開腹・右虫垂炎摘出手術を受けた。Yは、その際、Xの腹腔内に使用済みドレーン用ゴム管1本(長さ23センチメートル。以下、本件ゴム管という。)を遺留した。

Xは、同月12日ころ、排尿時の腹部激痛を訴え始めたが、Yは、その原因を究明することが出来なかった。

Xは、同月18日にY病院を退院した。

Xは、腹部激痛の治療のため、退院直後、Yから紹介されたG病院において3回位、同年9月ころK病院において、同年末N病院において、それぞれ診療を受けたところ、前2者では膀胱炎の診断と投薬を受け、後者では原因不明と告げられるに止まり、いずれの病院においても適切な治療はなされなかった。

Xは、上記各病院への通院期間中、本件ゴム管がXの骨盤腔内の腹壁に癒着したため、週4日ないし5日の頻度で腹部に重い激痛があり、歩行困難を来したほか、排便、排尿時に介助を要し、アルバイトも出来ない状態であった。

Xは、昭和60年1月から、昭和61年5月22日の再手術を受けるまでの間、その間隔が次第に緩慢になっていったとはいえ、たびたび上記と同程度の苦痛と障害を伴う腹部激痛の発作に悩まされた。

Xは、昭和61年5月12日、県立B病院泌尿器科の、同月13日、同病院外科の各診察を受け、同月19日、同病院に入院し、同月22日、本件ゴム管の抜去手術(以下、再手術という。)を受け、同年6月12日、腹痛も緩解したので同病院を退院した。

Xは、再手術の結果、下腹部中央部上下方向に長さ約5センチメートル、幅約1センチメートル大のケロイド状手術痕が残り、以後、腹部に引きつるような痛みが残った。

そこで、Xは、Yに対し、Xの腹腔内に治療上不要な使用済みの手術用器具を遺留していないことを確認し、遺留器具があればこれを除去すべき注意義務があったのにもかかわらず、これを怠ったとして債務不履行または不法行為に基づいて損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

患者の請求額:合計1946万6000円
 (内訳:消極損害1160万6000円(手術を原因とする休業損害395万1000円+再手術による下腹部手術痕に基づく逸失利益765万5000円)+治療費等36万円+慰謝料600万円(手術による障害に対する慰謝料300万円+再手術による下腹部手術痕の発生に対する慰謝料300万円)+弁護士費用150万円)

(裁判所の認容額)

裁判所の認容額:合計731万2000円
(内訳:休業損害240万2000円+治療費等21万円+慰謝料400万円+弁護士費用70万円)

(裁判所の判断)

1.Yの注意義務の有無

この点につき、裁判所は、YのXに対する診療・手術の経過によれば、Yが、本件手術において閉腹手技までにXの腹腔内に治療上不要な使用済みの手術用器具を遺留していないことを確認し、遺留器具があればこれを除去する注意義務を負っていたことが明らかであると判断し、Yの不法行為責任を認定しました。

2.損害

この点につき、裁判所は、Xが、下腹部手術痕及びこれに伴う、引きつるような腹痛の後遺症を負ったことは認めたものの、再手術による下腹部手術痕に基づく逸失利益については、下腹部手術痕はXの外貌または露出面に存在するものではなく、ごく僅かな特定の職種に就労する場合を除いてその労働能力に影響することはないと考えられ、また上記腹痛によってXの労働能力の全部または一部が客観的に失われたものと認めるに足りる証拠はないから、上記後遺症によるXの労働能力の喪失は認定できないと判示しました。

以上から、裁判所は、上記認容額の限度でXの請求を認容し、その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2016年1月10日
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