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No.463「膠芽腫の再発により生命予後は約3ヶ月と予測されていた患者が中毒性表皮壊死症による両側肺炎及び肺出血により死亡。添付文書の用法・用量の定めに反した抗てんかん薬を処方した医師の過失を認めた地裁判決」

東京地方裁判所令和2年6月4日判決 ウェストロージャパン

(争点)

医師のラミクタールの投与上の過失の有無

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

平成25年9月1日、A(死亡当時43歳の女性)は意識を失って倒れ、搬送先の病院において左前頭葉出血を伴う脳腫瘍を指摘され、同月7日、C病院に転院し、翌週に手術をすることとなった。Aの夫及びAの父母である◇らは、Aの脳腫瘍は膠芽腫の疑いがあること、膠芽腫の場合、手術後1年以内に再発したときの生命予後は半年程度であることなどの説明を受けた。Aの夫である◇は、Aに対して、脳腫瘍であることは知らせたものの、脳腫瘍の中でも特に悪性の膠芽腫であることや、その生命予後については告知しないこととし、その旨を担当医師らにも伝え、以後、Aは亡くなるまでの間、膠芽腫という病名や生命予後について知らされることはなく、これらに関わる説明は全て◇が受けていた。

は脳腫瘍の治療に定評のある病院を調べた結果、△学校法人の開設・運営する病院(以下、「△病院」という。)及びそこに勤務する医師である△医師にAを診てもらいたいと考え、同月7日(土曜日)にひとりで△病院救急外来を訪れ、当直医に対して、Aの転院や手術について相談した。しかし、手術の早期実施が困難であることが想定されたため、C病院において、Aの治療が行われることになった。

Aは同年9月12日、C病院において開頭脳腫瘍(膠芽腫)摘出術(ギリアデル留置)を受けるとともに、同年10月1日から11月13日までの間、同病院において放射線化学療法を受けた。

は、同年10月3日、△医師が非常勤医師として勤務していたDクリニックをひとりで訪れ、△医師に対し、今後のAの治療を△病院で行いたいこと、△病院で行っている免疫療法などの最新の治療を受けさせたいこと、ただしAには膠芽腫という病名及び生命予後を説明しないでほしいことなどを相談した。これに対し、△医師は、治療途中で主治医を交代することは望ましくなく、患者本人に病名及び生命予後の告知を行わずに治療を行うこともできない旨を説明した。

は、同年12月5日、再びDクリニックをひとりで訪れ、△医師に対し、やはりAに免疫療法等の治療を受けさせたいこと、C病院からはワクチン作成のために組織提供するのであれば、主治医交代が条件であると言われたことなどを相談した。その結果、一度、Aを同行して、△医師から免疫療法について説明を受ける機会を設けることとなった。

Aは、同年12月12日、◇らとともにDクリニックを受診し、△医師の診察を受け、免疫療法の説明を聞いた。Aも免疫療法を受けることを希望した。△医師としては、患者本人に病名及び生命予後を告知せずに治療を行うことは不本意であったものの、◇やAの熱意に応じて、Aの治療を行うこととなった。

Aは、平成25年12月24日から、△病院に通院し、平成26年1月7日から同年7月22日までの間、△病院の外来を概ね月1回受診し、抗がん剤治療であるテモダール維持療法を受けた。

Aは、この間職場に復帰し、同年3月には、ライフワークとしていたサンバの練習や大会への出場を再開した。

△病院では、通院当初から、前医において処方されていた抗てんかん薬であるイーケプラ及びデパケンを継続してAに処方していたところ、同年6月24日の診察時、Aから、イーケプラが処方された頃から発赤や掻痒感がある旨の訴えがあったため、△医師は、イーケプラによる薬疹を疑い、イーケプラの服用中止を指示した。

同年7月22日の診察時、△医師は、イーケプラを再開しない代わりにデパケンを400mgから通常服用量である800mgに増量して処方した。また、Aは、同日、テモダール治療の8クール目を開始した。しかし、同日のMRI検査の結果、左前頭葉脳溝付近に膠芽腫の再発の可能性が指摘され、同月29日及び同年8月18日の検査の結果、摘出腔の遠隔部位に膠芽腫が再発していることが確認された。

医師は、同年8月19日、A及び◇に対し、脳腫瘍(膠芽腫)再発が確認された旨を説明した(ただし、Aには膠芽腫という病名は伏せられた。)。そして、△医師は、◇に対して、摘出腔とは離れた場所に再発しており遠隔再発及び播種の可能性が否定できないこと、生命予後は3ヶ月程度であり、症状の悪化なしで過ごせる期間は最初の1ヶ月程度であることを説明した。その上で、△医師は、早期に再手術を行う必要があるとしたが、同年8月23日及び同月29日に開催されるサンバの大会への出場をA及び◇が希望したため、手術は同年9月8日の予定とされた。

Aは、同年8月20日午前9時半頃、職場においててんかんの発作を起こしたことから、△病院に救急搬送され、同日の外来当番医である△医師の診察を受けた。

医師は、てんかん発作を起こしていること、CTの結果腫瘍は大きくなっていないこと、抗てんかん薬を追加する必要があることを説明した。その際、◇はAが同月23日のサンバカーニバルに出場するため、イーケプラの処方を再開出来ないか尋ねた。△医師は、△医師に院内PHSで相談の上、Aについて、ラミクタール錠100mg(バルプロ酸ナトリウム併用)を1日2錠(合計200mg)及びマイスタン5mgを1日1錠として各7日分を処方した(以下、「本件処方」という。)。

医師は、A及び◇に対し、ラミクタールについて、血中濃度を上げるため、普通は徐々に増やすけれども、サンバカーニバルが迫っており、徐々に増やすと血中濃度が上がらず効果を得られない可能性があるので、今回は通常量で処方する旨説明した。

同日、◇が薬局で処方された薬を購入しようとしたところ、薬剤師が処方量について疑義照会をしたが、△医師は上記処方量で良いと回答した。

Aは、同年8月23日、サンバカーニバルに出場し、サンバを踊った。

Aは、同年8月26日、△医師の診察を受け、ふらつきと短期記憶力の低下の症状が出ていることを相談するとともに、同月29日のサンバの大会にも出場したい旨を相談した。

医師は、もしかしたら量が多いかもしれないが、サンバの大会を終えるまでは薬剤の変更を行わず、入院するまでの間は現状の治療を継続すること、ふらつきについては、軽いてんかんが起こっている可能性があることを説明するとともに、脳浮腫の予防とてんかん発作を抑制するためにメニレットゼリーを追加して処方することとした。

なお、同日の検査の結果、炎症などの異常が窺える所見はなかったものの、△医師は、A及び◇に対し、眠気など普段と違う感じがあれば、ラミクタールを半量にすること、一部分にポツポツと出るような皮膚異常が出現した場合もラミクタールを半量にし、半量にしても悪化するようであれば中止することなどを伝えた。

同年8月26日以降、Aは徐々にふらつきが悪化し、同月29日午前4時頃、転倒したことから、同日午前5時過ぎ頃、◇とともに△病院を救急受診し、そのまま手術日までふらつきや血小板の管理、経過観察を行うために緊急入院することとなった。

同年8月31日には、顔全体の発赤が強くなり、37.9度の発熱が認められた。

医師は、同年9月1日の朝、Aを診察し、前日からの症状に加え、肝機能値の上昇が見られたことから薬疹の可能性が高いと判断し、ラミクタール及びマイスタンの投与を中止するとともに、強ミノファーゲンシーを投与するなどの薬疹に対する治療を開始した。

同年9月2日、四肢体幹に全体的に膨隆を伴う発疹が認められ、掻痒感の訴えもあったため、△病院皮膚科による診察が行われたところ、AはTEN(中毒性表皮壊死症)と診断され、同日からステロイドパルス療法等が開始された。

同年9月3日には集中治療室に転床となり、皮膚科管理の下治療が行われたが全身管理が必要と判断され、同月4日には救命集中治療室に転床し、鎮静の上、人工呼吸器による呼吸管理の下、血液浄化療法等の治療が行われた。

同年9月8日には呼吸状態が悪化し、急性呼吸窮迫症候群と診断され、人工肺とポンプを用いた対外循環回路(ECMO)を導入するなどの治療が行われたが、同年9月9日死亡した。

Aの直接死因は、両側肺炎及び肺出血であり、その原因は、中毒性表皮壊死症であった。

そこで、Aの相続人である◇ら(Aの夫及びAの父母)は、Aが中毒性表皮壊死症による両側肺炎及び肺出血により死亡したことについて、△医師及び△医師が添付文書の用法・用量の定めに反したラミクタールを処方した過失及びラミクタールの投与により皮膚障害が発生する危険性等について十分な説明をしなかった過失があったと主張して、△らに対して損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

患者遺族の請求額:
遺族3名合計4298万5863円
(内訳:慰謝料3000万円+医療費4万9776円+葬儀関係費用299万5018円+カルテ開示費用3万3264円+遺族固有の慰謝料3名合計600万円+弁護士費用390万7805円)

(裁判所の認容額)

認容額:
遺族3名合計1548万3040円
(内訳:慰謝料900万円+医療費4万9776円+葬儀関係費用200万円+カルテ開示費用3万3264円+遺族固有の慰謝料3名合計300万円+弁護士費用140万円)

(裁判所の判断)

医師のラミクタールの投与上の過失の有無

この点について、裁判所は、ラミクタールの添付文書には、その冒頭に「警告」として、本剤の投与により中毒性表皮壊死融解症(TENと同義)及び皮膚粘膜眼症候群(SJS)等の重篤な皮膚障害が現れる事があるので、本剤の投与に当たっては十分に注意することという文言が特に強調して記載されていること、その本文中においては、(1)バルプロ酸ナトリウムを併用する場合の用法・用量として、最初の2週間は1回25mgを隔日に経口投与し、次の2週間は1日25mgを1日1回経口投与し、その後は、1から2週間毎に1日量として25から50mgずつ漸増すること、(2)発疹等の皮膚障害の発現率は、定められた用法・用量を超えて投与した場合に高いことが示されているため、使用する薬剤の組み合わせに留意して用法・用量を遵守すること、(3)国内臨床試験の結果によれば、バルプロ酸ナトリウムを併用し、定められた用法・用量を遵守してこれを投与した場合の皮膚障害の発現率は2.9%であったのに対し、これを遵守しなかった場合の皮膚障害の発現率は10.4%であり、TENの発現頻度は不明であるが、SJSの発現頻度は547例中の3例(0.5%)であったことなどが記載されていると指摘しました。

このような添付文書の記載からすれば、ラミクタールにはSJSやTENといった重篤な副作用の発現がみられるところ、臨床試験の結果によれば、初期投与量を減量して緩やかに漸増させることによってその発現率を低めることができることが確認されたので、上記の重篤な副作用を防ぐために、上記のとおり投与量を徐々に漸増させるという用法・用量の定めが設けられたことを容易に読み取れることができるとしました。

また、上記の添付文書のほかにも、本件処方時には、ラミクタールの製造販売業者及び独立行政法人から、それぞれ、ラミクタールを用法・用量を遵守せずに投与すると皮膚障害の発現率が高くなるので、投与量の漸増などの用法・用量を遵守すべきであること、このような皮膚障害の中にはSJSやTENなどの重篤な皮膚障害も含まれることなどが情報提供されるとともに、本件処方時に存在していた医学文献等においても同趣旨の記載がされていたことが認められるとしました。そして、ラミクタールの副作用として、挙げられているSJS及びTENは重症薬疹であって、とりわけTENを発症した場合の死亡率は10ないし30%であると認められることからすると、その副作用の発現を防ぐ必要性は高いということができるとしました。さらに、Aは以前に抗てんかん薬であるイーケプラを服用して薬疹と思われる皮膚症状が発現したことからすると、薬疹の発症について注意すべき事情があったことも指摘することができるとしました。

これらによれば、△病院の医師には、Aにラミクタールを投与するに当たり、SJSやTENなどの重篤な皮膚障害を回避するために、バルプロ酸ナトリウムを併用する場合、添付文書の用法・用量に反する処方を行う合理的な理由がない限り、最初の2週間は1回25mgを隔日に経口投与し、次の2週間は1日25mgを1日1回経口投与し、その後は、1から2週間毎に1日量として25から50mgずつ漸増するという用法・用量を遵守する義務があったというべきであると判示しました。

それにもかかわらず、△病院の医師は、Aに対し、合理的な理由がないのに、上記の用法・用量を遵守せず、バルプロ酸ナトリウムであるデパケンを1日当たり800mg処方した状態で、平成26年8月20日から同年9月1日までの間、バルプロ酸ナトリウムを併用した場合の維持用量の上限である1日当たり200mgのラミクタールを処方したのであるから、ラミクタール投与上の過失があったことが認められるとしました。

さらに、裁判所は、本件処方を行った△医師が責任を負うことはいうまでもないし、投与量を指示していないから責任を負わないと主張する△医師についても、次のように判示して、両医師とも上記過失について責任を負うと判断しました。

主治医であった△医師の指示がないにもかかわらず、外来当番医としてAを1回限り診察したにすぎない△医師が、添付文書に反する用法・用量でラミクタールを処方したとは考え難いし、仮に用法・用量について△医師が具体的な指示をしていなかったとしても、△医師に用法・用量の判断を委ねたものであって、平成26年8月26日にAを診察した際、その用法・用量を中止することなく継続したことも考え合わせれば、本件処方について容認したものと認められるからいずれにしても本件処方についての責任を免れるとはいえない。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2022年9月 8日
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