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No.363 「カテーテルアブレーションを受けた患者が術後脳梗塞を発症し重大な後遺症が残ったことについて、医師の過失を否定した地裁判決を破棄し、医師に血栓を疑わせる所見がないことを確認する注意義務を尽くさなかった過失を認めた高裁判決」

名古屋高等裁判所平成29年7月7日判決 判例時報2349号 34頁

(争点)

カテーテルアブレーションを実施する医師の注意義務違反の有無

(事案)

平成22年7月10日、X(本件施術当時63歳の男性)は、Eクリニックにおいて持続性心房細動、心不全等の診断を受けた。(以下、平成22年の事柄については、原則として月日のみで記載する。)

7月12日、Xは、心房細動及び心不全等の精査ないし加療を受ける目的で、Y社会医療法人の開設する病院(以下、Y病院という。)を受診した。

7月22日、Xは、Y病院を受診し、血液検査を受けた。同日のPT-INR値は2.46であり、抗凝固療法で推奨される範囲の数値であった。

Y病院循環器科のP1医師は、同日、Yに対し、心房細動に対する治療方法には、抗不整脈薬を服用する薬物療法とカテーテルアブレーションの2つの方法があること、薬物療法では入院は必要ないが、心房細動を根治できないため薬を飲み続ける必要があるほか、副作用があること、カテーテルアブレーションでは入院が必要となるが、根治療法の一つになり得ること等を説明した。そして、Yに、「不整脈に対するカテーテル治療(心筋焼灼術)を受けられる方へ」と題する書面を渡し、同書面を示しながら、カテーテルアブレーションの具体的な方法、出血、心タンポナーデ、血管損傷、血栓塞栓症などの発生リスクがあること、発生率は全国統計で0.7%以下であること等を説明した。

なお、P1医師は、術者として約1200例のカテーテルアブレーションを実施した経験を有していた(平成26年10月8日付け陳述書作成時点)。

Yは、P1医師の説明を聞いた上で、カテーテルアブレーションを受けることを希望した。

カテーテルアブレーションは、経静脈的ないし経動脈的に電極カテーテルを心臓血管内に挿入し、カテーテルを通じて体外から焼灼エネルギーを不整脈源である心筋組織に加え、これを焼灼ないし破壊する治療法である。心房細動に対するアブレーションは、不整脈源性となる肺静脈を左房から電気的に隔離することを理論的根拠とする。左房ないし左心耳内に血栓が存在する場合、又はその存在が疑われる場合、カテーテルアブレーションは禁忌であるとの医学的知見等がある。

P1医師は、カテーテルアブレーションの実施に向け、Xの心臓の形状を把握する目的で、Yの心臓造影CT検査(本件CT)の実施を指示した。本件CTの画像には、Yの左心耳内に10数mmの球状の陰影欠損が認められたが、P1医師は、その日は本件CTの画像を確認しなかった。

8月3日、Xは、カテーテルアブレーションを受けるためにY病院に入院した。P1医師は、前日の夜か当日の朝、7月22日の心臓CTの画像を確認し、陰影欠損を確認していたところ、Xに対する術前検査として血液検査を指示した。その結果は、PT-INR値が2.52であり、Dダイマー値が0.7ng/mlであった。P1医師は、8月3日、Xに対し、経食道心エコー(TEE)を実施し(以下、「本体TEE」という。)、立ち会ったP2検査技師に指示して画像を記録した。P1医師は、本件TEEにより左心耳内にもやもやエコー(エコー上見える、血液のよどみと関連した心房内血流の渦巻きのパターン)及び肉柱構造を認めたが、左房内に血栓はなかった旨をカルテに記載した。

P1医師は、午後2時35分ころからXに対し、持続性心房細動の治療を目的として、カテーテルアブレーションを実施し、午後5時52分頃までに手技を終了し、麻酔を中止した(以下、「本件カテーテルアブレーション」という)。

Xは、直後に脳梗塞を発症し、左重度片麻痺、高次脳機能障害の後遺障害が残った。

そこで、X(成年後見人が選任されている)は、P1医師が、(1)カテーテルアブレーションの禁忌である左心耳内血栓の所見又はそれを疑うべき所見を見落とした(2)本件施術前に十分な抗凝固療法を実施すべき義務に違反した(3)カテーテルアブレーションに関する十分な説明をしなかったとして、Y社会医療法人に対し、診療契約上の債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づき損害賠償請求をした。

原審は、Xの請求を棄却し、Xはこれを不服として控訴した。

(損害賠償請求)

控訴審での請求額:
1憶4463万3044円
(内訳:治療費等202万1476円+入院慰謝料306万円+後遺障害逸失利益5559万6240円+後遺障害慰謝料2800万円+介護費2165万7302円+自宅改造費2119万8026円+弁護士費用1310万円)
原審での請求額:
2億0668万5742円
(内訳:治療費等199万1446円+紙おむつ代3万0030円+入院慰謝料306万円+逸失利益5559万6240円+後遺障害慰謝料2800万円+将来介護費8081万円+自宅改造費2119万8026円+弁護士費用1600万円)

(裁判所の認容額)

原審での認容額:
0円
控訴審裁判所の認容額:
7901万0771円
(内訳:治療費199万1446円+紙おむつ代3万0030円+入院慰謝料300万円+逸失利益1960万7040円+後遺障害慰謝料2400万円+介護費2165万7229円+自宅改造費172万5026円+弁護士費用700万円)

(裁判所の判断)

カテーテルアブレーションを実施する医師の注意義務違反の有無

この点について、控訴審裁判所は、左房ないし左心耳内に血栓が存在する場合のみならず、その存在が疑われる場合であっても、カテーテルアブレーションを実施することは禁忌とされているから、血栓の存在を疑うべき所見が認められる場合に、これを看過してカテーテルアブレーションを実施した結果、患者に脳梗塞等の重篤な後遺症が残った場合には、担当医師は、血栓の存在を疑わせる所見がないことを確認する注意義務を尽くさなかったことによる過失責任を免れないと解すべきであると判示しました。

7月22日に撮影された本件CTの画像には、Xの左心耳内に10数mmの球状の陰影欠損が存在することが認められ、Xから提出された各医師の意見書によれば血栓の存在を強く疑うとされ、Yから提出されたP7医師の意見書においても、上記陰影欠損について血栓を疑う旨が記載されていることに照らせば、少なくとも7月22日時点で、Xの左心耳内に相当な大きさを有する血栓が存在したことが強く疑われるというべきであるとしました。

そして、本件施術が特に緊急を要するものではなく、仮に血栓が存在した場合に重篤な合併症を引き起こすおそれがあったこと、本件CTの実施日から本件施術の実施日までの期間が12日間であったことに照らせば、本件CTにより血栓を強く疑わせる陰影が認められた以上、P1医師は、本件TEEに際し、Yの左心耳内をより慎重に検査して、血栓を疑わせる所見がないことを十分に確認する義務を負っていたというべきであると判示しました。

さらに、本件TEEの画像から認められるクローバー様の陰影及びいぼ様の陰影は、血栓を疑わせる所見であったと認められるから、P1医師には、本件施術を実施するに当たり、血栓を疑わせる所見がないことを確認する注意義務を尽くさなかった過失があったと認められるとしました。

以上から、控訴審裁判所は上記(裁判所の認容額)の範囲で、Xの請求を認めました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2018年7月10日
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