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No.199「下肢の骨接合術等後に合併症として左下肢深部静脈血栓症が発症し、後遺症も残った患者から医療法人社団に対する、適切な医療行為を受ける期待権の侵害を理由とする損害賠償請求を認めた高裁判決を破棄し、患者の請求を棄却した最高裁判決」

最高裁判所第二小法廷平成23年2月25日判決 (判例時報2108号45頁/判例タイムズ1344号110頁)

(争点)

期待権の侵害の有無

(事案)

大工の仕事をしていたXは、昭和63年10月29日、左脛骨高原骨折の傷害を負い、同年11月4日ころ、医療法人社団Y1が開設するY病院に入院し、整形外科医(最高裁判決当時はY1の理事長)Y2医師の執刀により、骨接合術及び骨移植術を受けた。

その後、Xは平成元年1月15日にY病院を退院し、同年8月、手術時に装着されたボルトの抜釘のためY病院に再入院するまでの間、Y病院に通院して、Y2医師の診療を受けリハビリを行っていた。手術後の入院時及びリハビリのための通院の際、Xは、Y2医師に対し、左足の腫れを訴えることがあったが、Y2医師は、腫れに対する検査や治療を行うことはなかった。

ボルトを抜釘し、退院した後、Xは自らの判断でY病院への通院を中止し、その後、平成4年7月16日、平成7年6月3日、平成8年8月3日に、それぞれ、肋骨痛、腰痛等を訴え、Y病院で診療を受けたことがあったものの、その際、Y2医師に、左足の腫れを訴えることはなかった。

平成9年10月22日、XがY病院に赴き、Y2医師に対し、手術後、左足の腫れが続いていると訴えると、Y2医師はレントゲン検査を行ったほか、左右の足の周径を測定するなどの診察を行ったが、左足の周径が右足の周径より3㎝ほど大きかったものの、左膝の可動域が零度から140度まであり整形外科的治療として満足できるものであったこと、圧痛もなく、Xがこれまでどおり大工の仕事を続けることもできていたこと等からみて、機能障害はなく問題はないものと判断して、Xの訴えに対して格別の措置は講じなかった。

Xは、平成12年2月ころ、左くるぶしの少し上に鶏卵大の赤いあざができ、その後、左膝下から足首にかけて無数の赤黒いあざができるなど、皮膚の変色が生じたためY病院で診察を受けたところ、Y2医師は皮膚科での受診を勧めた。Xは、平成13年1月4日に症状が軽快しないことを訴えたが、Y2医師は、Xが皮膚科でうっ血と診断され、投薬治療を受けていたことからレントゲン検査を行うにとどまった。

その後、Xは、平成13年4月から10月にかけ、3カ所の大学医学部附属病院に赴き、これら各病院において、それぞれ左下肢深部静脈血栓症ないし左下肢静脈血栓後遺症(以下「本件後遺症」)と診断された。

Xは、本件手術及びその後の臥床、ギプス固定による合併症として左下肢深部静脈血栓症を発症し、その結果、本件後遺症が残ったものであるが、下肢の手術に伴い、深部静脈血栓症を発症する頻度が高いことが我が国の整形外科医において一般に認識されるようになったのは、平成13年以降であり、Y2医師は、上記大学病院での診断以前に、Xの左足の腫れ等の症状の原因が深部静脈血栓症にあることを疑うには至らなかった。また、Xの左下肢深部静脈血栓症については、平成9年10月22日の時点では既に、適切な治療法はなく、治療を施しても効果は期待できなかった。

Xは、Y1及びY2に対し、不法行為に基づく損害賠償を求めて訴えを提起した。

第一審判決は、Y2医師について、平成9年10月の診療の際、専門医への紹介等の措置を講ずべき義務があったとしてY2医師の過失は認めたが、その時点ではもはや適切な治療法はなく、治療を施しても効果は期待できなかったとして、過失とX後遺症との因果関係を否定し、Xの期待権侵害の主張を認めなかった。

これに対し、控訴審は、期待権侵害の主張について、Y2医師が平成9年10月22日の時点で専門医に紹介するなどの義務を怠り、Xは、これにより、約3年間、その症状の原因が分からないまま、その時点においてなし得る治療や指導を受けられない状況に置かれ、精神的損害を被ったとして、慰謝料300万円の限度で認容した。

そこで、Y1、Y2が上告した。

(損害賠償請求額)

患者の請求額:不明(内訳:不明)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:
【第一審の認容額】0円
【控訴審の認容額】300万円(内訳:慰謝料300万円)
【最高裁の認容額】0円

(裁判所の判断)

期待権の侵害の有無

この点について、最高裁判所は、各診察の当時、下肢の手術に伴う深部静脈血栓症の発症の頻度が高いことが我が国の整形外科医において一般に認識されていたわけでもないとした上で、Y2医師が、Xの左足の腫れ等の原因が深部静脈血栓症にあることを疑うには至らず、専門医に紹介するなどしなかったとしても、Y2医師の上記医療行為が著しく不適切なものであったということができないと判示しました。

さらに、患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に、医師が患者に対して、適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは、当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべきものであるところ、本件はそのような事案とはいえないと判示しました。

そして、Y1、Y2について不法行為責任の有無を検討する余地はなく、Xに対する不法行為責任を負わないと判断して、控訴審判決中Y1、Y2の敗訴部分を破棄し、当該部分についてXの控訴を棄却しました。

カテゴリ: 2011年9月 7日
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