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No.502「5歳児が左腕を骨折し、阻血からフォルクマン拘縮症を発症。経過観察を怠り、必要な回避措置を取らなかった医師の債務不履行を認め、患者の請求を全額認容した地裁判決」

東京地方裁判所 平成元年11月28日判決 判例タイムズ722号264頁

(争点)

医師に、フォルクマン拘縮症回避のための処置をとる医療契約上の義務違反があったか否か

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

◇(昭和47年生まれで事故当時5歳の男児)は、昭和53年(特段の事情のない限り同年のこととする)1月7日朝、自宅で2階から転落して左前腕の橈骨及び尺骨を骨折し、同日から同月25日まで、△医師が経営する整形外科診療所(以下、「△診療所」という。)に入院して治療を受けた。

◇には、1月7日朝からの初診時から痛みがあり、それが極めて強く、その日の整復時◇は激しく暴れた。◇には、1月7日の朝から強い腫脹があり、これが持続した。この腫脹は、脈にふれることができないほど強度であった。また、同日からシビレ感が続き、同日以降、健康な右腕に比較して、患肢である左腕に冷感があった。

◇は1月7日の整復後もずっと痛みが続き、同日の昼食は食べられず、同日の夜にはほとんど就寝できない状態であった。

翌8日にも痛みはずっと続き、夜間にはむしろ前夜よりも強く痛みを訴えた。この痛みは、9日も続いた。

9日以降、前腕屈側に褥瘡が現れるようになった。

以上は、◇につき、阻血を疑うべき症状である。

なお、阻血が発生した場合、すみやかに阻血解消の処置をしなければ、筋の変性を防ぐことはできなくなる。この処置は早いほどよいが、その期限は遅くとも骨折整復後48時間程度である。

その後の◇の左手指の症状は、次のとおりであった。

1月12日、指をさわられると痛がる。

1月13日、第二ないし第五指は少ししか動かせない。

1月16日、手背、指、前腕に知覚異常がある。

1月17日、手指を少ししか動かせない。手指にまひ感がある。

1月19日、正中神経、尺骨神経にまひ感がある。

1月27日、拇指の外転ができない。

2月22日、手指は屈曲して、指関節を伸ばせなかった。

◇を診察したT大学附属T病院の医師は、◇の症状を阻血性のフォルクマン拘縮症と診断した。◇の手術を担当したI大学のA医師は、◇の病歴と筋肉の線維化の状況等を総合考慮して、阻血性のものと判断した。

◇は、指の対立運動が十分できず、物をつまんだりするときに大変不便であり、握力も弱く、手関節背屈位でほとんど指をのばせない状態にあるから、日常生活において左手が大変使いづらい状態にある。そして、◇の左手の機能は、手術の後の状態からそれほど改善する見込みはない。

そこで、◇は、△医師に対し、フォルクマン拘縮症の発生防止に十分配慮する契約上の義務があるとして、債務不履行による損害賠償請求権に基づき損害賠償をした。

(損害賠償請求)

患者の請求額:
3662万7933円
(内訳:治療費等87万9227円+逸失利益2498万8706円+精神的損害876万円+弁護士費用200万円)

(裁判所の認容額)

認容額:
3662万7933円
(内訳:診療費及び入院費等88万2827円+逸失利益3032万9441円+弁護士費用200万円+慰謝料905万の合計額が、患者の請求額を上回るため、患者の請求額を全部認容した)

(裁判所の判断)

医師に、フォルクマン拘縮症回避のための処置をとる医療契約上の義務違反があったか否か

この点について、裁判所はまず、骨折の治療にあたる医師は、フォルクマン拘縮症を防止するため、基本的にはその原因となる阻血につき、その症状が現れているかどうかに注意してこれを発見し、阻血を解消する処置をとるべきであるし、阻血防止の処置を適切にとることにより、ほとんどの場合フォルクマン拘縮症に至ることを回避することが可能であると指摘しました。

他方、骨折時には阻血以外の原因による痛みも存在するのであり、阻血による痛みとそれ以外の痛みは、前者の方が強いというのみで必ずしも区別は容易ではないことも判示しました。

その上で、本件では、◇の痛みについては、7日にも整復時に激しく暴れたり、就寝できないほどの激しさであったから、それ自体異常というべきであり、更に、骨折自体による痛みは、固定して一晩すると和らぐのが通常であると認められるところ、整復翌日にも痛みが持続し、むしろ夜には悪化したことを指摘し、腫脹が激しい等の症状もあることをも考慮すれば、やはり単なる骨折の痛みとして放置すべき状態ではなかったというべきであると判示しました。

また、裁判所は、△医師らの尋問結果中には、「子供は甘ったれて実際以上に痛みを訴えるから、額面どおりに受け取れない」と考えているかのように思える部分があると指摘しました。その上で、裁判所は、確かに、そのような患者もあるかもしれないが、特に本件については、骨折自体かなり強度であるし、腫脹の強さなどさまざまな阻血の症状があったのであるから、やはり直接患者に会い、患者が症状を正確に表現できないなら付き添いの親に状況を詳しく聞くなどの努力を医師の側からすべきであって、症状の訴えに誇張がありうるからといって放置することは許されないものといわなければならないと判示しました。

そして、本件のように、前腕の両骨が折れ、骨の転位も著しい場合では、◇のフォルクマン拘縮症を回避するには、初診時である1月7日朝から遅くとも1月9日頃までに、阻血防止の処置をとる必要があったのであり、△医師は、この認識に立って、すみやかにその回避のための処置をとる医療契約上の義務を負っていたと判示しました。

しかし、△医師は、1月7日の夕方以降1月9日の診察時まで、◇の左腕の状況を直接観察しておらず、1月9日の診察時にも、阻血によるフォルクマン拘縮症の危険性が現に生じているとは認識せず、特別の回避措置をとらなかったと認定しました。更に、△医師が1月7日に用いたギプス副子の圧迫によって、◇の左前腕に褥創が生じたため、△医師は1月9日か10日頃以降、これを用いるのを中止したが、このような強い圧迫は、阻血の症状が出ていた1月7日から9日頃まで続いており、その間に△医師が、この圧迫を取り除くため、特別の回避措置をとったことはないと認定しました。

その上で、裁判所は、△医師は必要とされる経過の観察をおろそかにし、その結果阻血の状況の確認が不十分なため、必要な回避措置をとることを怠ったものと判断し、△医師には債務不履行があったと認定しました。

以上から、裁判所は、(裁判所の認容額)記載のとおり、◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2024年5月10日
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