医療判決紹介:最新記事

No.288「胃切除術後の早期胃癌患者に対し、医師が抗癌剤を大量に投与した結果、患者が死亡。患者遺族側の請求を全額認めた地裁判決」

名古屋地方裁判所平成11年4月8日判決 判例タイムズ1008号192頁

(争点)

K医師の過失の有無

 

(事案)

平成4年3月6日、A(53歳女性・夫の経営する商店において麺製造、販売、経理の業務に従事)は背中に痛みを感じたため、Y医療法人の開設・経営するクリニック(以下、Yクリニックという。)において、同医療法人の理事長であり、Yクリニックの院長であるK医師の診察を受けた。

Aは、Yクリニックにおいて、3月18日には胃透視を、4月1日には胃内視鏡検査を受け、同月8日ころ、K医師は、Aを胃癌と診断し、その旨をAとAの夫に告知し、入院のうえ、胃切除手術を受けるように勧めた。

Aは、同月15日、Yクリニックに入院し、同月17日に胃の3分の2及びリンパ節を切除する手術(本件手術)を受けた。本件手術後の経過は順調であり、Aは5月16日、Yクリニックを退院した。

退院4日後の5月20日、AはYクリニックを外来受診し、K医師から、抗癌剤UFTを1日6カプセル、1週間分処方され、内服した。その後、同月27日、6月4日、同月11日、同月18日、同月25日にも同薬を同量処方され(ただし、同年5月27日には8日分処方)、服用した。

また、Aは、6月4日、同月11日、同月18日、同月25日にK医師によって抗癌剤マイトマイシンC 4ミリグラムを点滴投与された。

5月20日、6月4日、同月18日にAがYクリニックを受診した時の血液検査の結果によると、Aの白血球数は、それぞれ3800/立方ミリメートル(以下、白血球数の単位は省略する。)3900、3400であった。

なお、Yクリニックのカルテ添付の検査表では白血球数の正常値は3300から9000とされていた。

6月21日、Aにひどい下痢の症状が4回あった。

6月29日、Aは、Yクリニックに再入院し、同日、抗癌剤5FUを点滴により1250ミリグラム投与され、同月30日にも5FUが同量投与された。これらの抗癌剤投与に先立ち、Aに対し、白血球数の検査は行われなかった。また、30日には、Aに下痢の症状があった。

7月2日、AはYクリニックを退院したが、翌3日、身体中に激痛が生じ、Yクリニックに再々入院した。

再々入院後の血液検査の結果、Aの白血球数は3日には2400、4日には2200まで減少し、6日には1000、7日には600まで激減した。

Aは、再々入院後、下痢がひどくなるなど、症状は悪化する一方であったため、7月7日、T医科大学付属病院に転医した。

この日のAの白血球数は500であり、骨髄抑制による顆粒球減少症と敗血症、DIC(播種性血管内凝固症候群)の状態で、意識レベルの低下が認められた。翌8日には胸部レントゲンで肺炎の所見が認められ、白血球数は300とさらに減少し、舌根沈下による一時的な呼吸停止があり、ICUへ移送されたが、同月18日、呼吸不全で死亡した。

そこで、Xら(Aの夫および子4人)が、Yに対し、診療契約上の債務不履行または不法行為に基づき損害賠償を請求した。

 

(損害賠償請求)

原告(遺族)らの請求額 : 6733万4483円
(内訳:患者の逸失利益3803万4486円+遺族の慰謝料2400万円(患者の夫分1200万円+患者の子4名につき各300万円 )+葬儀費用130万円+弁護士費用400万円)

 

(判決による認容額)

裁判所の認容額 : 6733万4483円(原告らの請求通り)
(内訳:患者の逸失利益3808万4486円+遺族の慰謝料2400万円(患者の夫分1200万円+患者の子ら各300万円 )+葬儀費用130万円+弁護士費用400万円)

 

(裁判所の判断)

K医師の過失の有無

この点につき、裁判所は、Aの胃癌は、早期胃癌であり、切除手術のみであっても再発の可能性は極めて低い一方、抗癌剤の効果も明らかでなく、あえて、危険性のある(抗癌剤投与による)補助化学療法を行うべき状況にはなかったと認定しました。

さらに、裁判所は、K医師が、Aに抗癌剤を投与するに当たっては(投与すること自体が誤りであるが)、抗癌剤のもたらす重篤な副作用に思いを致し、抗癌剤それぞれの特性を十分に理解した上、頻回に臨床検査を行うなどして、白血球数や下痢の有無等について観察し、異常が認められた場合には、投与を中止し、さらには感染防止対策等必要な措置をとるべき義務があることは当然であると判示しました。

その上で、裁判所は、K医師は、そもそも早期癌には不必要かつ有害である抗癌剤を投与した上、その投与自体、およそ、抗癌剤には必然的に副作用が伴うことを念頭においてAの身体の状況を慎重に観察しながら投与するという医師として当然の注意義務を尽くすことなく、ただ、漫然と抗癌剤の併用投与をしていったものであり、そこには、抗癌剤の副作用に対する考慮の姿勢がみじんも存在しないと認定しました。

さらに、裁判所は、Aの抗癌剤投与後の下痢や白血球減少という症状が典型的な副作用であることは容易に看取することができるものであり、Y医師は、直ちに抗癌剤投与を中止したうえ、Aの状態を慎重に検査の上、感染症の有無を調査し、必要な感染対策をとるべき義務があったと判示しました。

裁判所は、しかし、K医師は、最初に抗癌剤UFT投与後白血球減少傾向にあり、成書では禁忌とされている状態になっているにもかかわらず、また、常識では考えられないほどの多量の5FUを大量投与したものであり、その行為は医師としての注意義務を明らかに欠いた行為であると認定しました。

以上より、裁判所は、Xらの請求を全て認容しました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2015年6月10日
ページの先頭へ