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No.200「急性胃腸炎で大学病院を受診した外国人患児が急激な容態の悪化により死亡。脱水症状や、ショックなどに対する大学病院医師の過失を否定し、遺族の請求を棄却した地裁判決」

東京地方裁判所 平成5年6月4日判決 判例時報1510号116頁

(争点)

  1. 脱水症状に対する治療に過失はあったか
  2. ショックに対する治療に過失はあったか

(事案)

A(B国籍の当時3歳の幼児。留学目的で昭和60年3月に来日した父親の後から、母親とともに同年11月に来日した)は、昭和61年5月16日(以下、同年月については、年月を省略)、にY学校法人が設置運営するY大学病院形成外科でやけどの治療を受けたのを契機に、17日及び19日にも形成外科や小児科で診療を受けた。

Aは、20日午後3時過ぎころから寒気や腹痛を訴え、同日午後7時ころから、5回程度黄色い液体の嘔吐を繰り返したので、X2(Aの母)は、同日午後8時45分ころ、Aを連れてY病院の救急外来受付を訪れ、小児科当直医のI医師の診察を受けた。X2は、在日期間の浅い外国人であり、日本語もほとんど話せないので、問診は、身振り手振りを交え、X2が持参したB日辞典を使いながら行われた。

I医師は、Aを急性胃腸炎であると診断したが、点滴輸液を必要とするほどの脱水症状にはないと診断し、鎮吐剤の座薬を挿入した。

しかし、その後、Aが嘔吐したため、K医師の指示を受けたI医師が、Aの脱水症状の進行を慮って点滴輸液を施そうとしたが、Aは激しく泣いて暴れ回り、輸液路の確保に難渋した。さらに、X2は、日本の医療に対する知識、理解を欠いており、Aに対する医師らの診断、治療等について冷静な判断ができない興奮状態にあり、I医師の点滴輸液を中断させた。

そこで、K医師はX2に対し、Aを連れて帰宅してもよいが、できるだけ食べ物は食べさせないで少量の水を少しずつ飲ませ、再度嘔吐するようであれば夜中でもすぐに来院させるように、そして、再度嘔吐することがなくても必ず翌日(21日)は朝のうちに小児科の外来を受診するように指示して帰宅させた。  Aは、21日の午前9時ころ起床したが、発熱があったため、X1(Aの父でX2の夫)とX2(以下、2人をまとめる時は「Xら」という。)は、同日昼過ぎ、Aを再びY病院小児科に連れて行き、M医師の診察を受けた。M医師は、Aの発熱は急性胃腸炎を伴う急性咽頭炎によるものと診断して薬剤の処方をし、Xらに様子を見るよう指示したが、Xらは納得しなかったため、H医師に応援を依頼した。H医師は、M医師と同じくAは急性胃腸炎を伴った急性咽頭炎と診断したが、消化器疾患症状が再発していること、嘔吐・発熱・下痢の症状からXらに点滴輸液を勧めたが、Xらの承諾を得られなかった。そこで、薬を飲んで自宅で様子を見てよいと話したところ、X1は、B国ではこういうときに臀部への注射をすると述べ、即効性のある治療を望んだ。M医師は、X1のいう注射とは解熱剤の注射だと推測したが、筋肉注射で筋拘縮症などの危険を含み、効果の面でも必要性が認められないとして、実施しなかった。すると、Xらは、医師に様子を見ていてほしいと希望したので、病院側で経過観察できる入院を勧めたところ、Xらは入院を拒否した。

そこで、M医師は、とりあえず水分及び薬の経口摂取を可能とするため、鎮吐剤であるプリンペランの静注を指示し、同日午後3時ころ、外来処置担当のS医師が実施した。

その後Xらは薬局で処方を待っていたが、同日午後4時13分ころ、Aが上肢を屈曲して一度のけぞるようにビクッとした。診察したH医師は改めて点滴や入院を勧めたが、Xらは応じなかった。

しかし、その後、Aの顔色は悪化し、口唇にチアノーゼ様の症状が発症し、意識も傾眠状態に陥っていくような状態となった。H医師は、急性脳炎の疑いがあると考え、病棟処置室に搬送して治療に当たったが、処置室に到着した同日午後5時ころには非常に重篤な状態となった。T医師は、輸液、酸素の投与等を行い、その後も様々な治療を行っていったんは症状の改善が認められたが、結局、翌22日午前1時02分、Aは死亡した。Aの解剖はなされていない。

その後、Xらは、Y病院医師らの診療上の過失ないしは不法行為によってAが死亡したと主張し、Y学校法人に対して損害賠償を求めて訴えを提起した。

(損害賠償請求額)

遺族(父母)の請求額:遺族合計6342万5660円
(内訳:患児の逸失利益3666万5660円+患児の慰謝料2000万円+葬儀費用50万円+弁護士費用626万円)

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:計0円

(裁判所の判断)

脱水症状に対する治療に過失はあったか

この点につき、裁判所は、当時の臨床医療の水準に照らすとき、Y病院の医師らの脱水症状の検査及び診断が不十分であったとは認められず、20日からプリンペランの静脈注射までの間において、Aが、点滴輸液が必要ないし不可欠な程度の脱水症状にあったとは認められないから、X1の対応をも併せ考察すると、脱水症状に対する治療についてY病院の医師らに過失を認めることはできない、と判示しました。

ショックに対する治療上の過失はあったか

この点につき、裁判所は、まず、Aが最終的に陥ったショックの原因について、確定的な判断は困難であるが、やけどと1週間以内の感冒様症状の先行感染症の後に、突然、嘔吐と下痢が発生し、急激に父の顔が白く見えるなど意識の変容が見られた後に、傾眠状態に陥り、酸血症が出現しており、低血糖、尿酸の増加、乳酸及びピルビン酸の数値の上昇が認められ、この上昇からは急性脳症の場合に発症するミトコンドリアの障害が疑われ、これらの経過及び各検査結果によれば、Aの呈した症状は、広義の急性脳症の症状に類似していると判断しました。

そして、小児期の極めて重篤なショックの治療に当たる医師は、より侵襲の少ない検査、治療から開始し、当該治療に対する反応、各種検査所見などの情報を基に刻々と変化する患児の容態に即応したより適切な治療を選択していくべき注意義務を負う、と判示しました。

そして、裁判所は、医学的所見によれば、本件の場合、午後5時22分の血液酸素分圧は酸血症の明確な診断資料としては不十分な静脈血の検査結果であり、T医師がAの入院直後に施した初期輸液及び酸素マスクによる酸素の投与により、ショックの改善が認められたものであるから、Aは入院当時には気管内挿管、カテコラミンの投与及びステロイドの各投与の適応にあったとは認められず、T医師が初期治療として当該治療を施さなかったとしても、当該治療をなすべき注意義務を措定することはできないから、同医師に過失があるものとは認められない、と判示しました。

以上から、裁判所は、Xらの主張を認めず、請求を棄却しました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2011年10月 7日
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