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No.483「インプラント手術で神経損傷。歯科医師に術前検査を怠った過失を認めた地裁判決」

大津地裁令和4年1月14日判決 判例時報2548号38頁

(争点)

歯科医師に術前検査を怠った過失があるか

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

◇(平成2年生まれの女性)は、平成26年11月20日、△歯科医院(△医療法人が設置運営しており、△歯科医師が△医療法人の代表者理事長をつとめている)を受診(以下、「初診時」という。)し、以降、定期的に診察を受けていた。△歯科医師は、初診時、◇の口腔内のパノラマレントゲンを撮影した(以下、「本件写真1」という。)。

平成27年9月21日、△歯科医師は、他院で既に抜歯を受けた状態であった◇の左奥歯2歯(左下6番及び同7番)にインプラント体を埋め込む本件手術をした。△歯科医師は、本件手術後、◇の口腔内のパノラマレントゲンを撮影した(以下、「本件写真2」という。)。

なお、当時、△歯科医院にCT撮影設備はなく、本件手術に当たってCT撮影はされなかった。

◇は、本件手術後、平成28年5月24日まで定期的に△歯科医院を受診し、術後の経過確認を受けた。

◇は、平成28年5月18日から同年6月3日にかけて、H1歯科クリニックを受診し、ホワイトニングの施術を受けた。

◇は平成29年10月25日、H2歯科医院を受診し、本件手術後にしびれが残っていることなどを相談し、CT設備のあるH3診療所の紹介を受けた。◇は、同日、H3診療所を受診し、H3診療所のB歯科医師は、◇の下顎部をCT撮影(以下、その画像を「本件CT画像」という。)をした。

◇は、平成30年11月13日、H4病院の歯科口腔外科を受診し、精密触覚機能検査を受けた。その結果、◇は、担当医であるC医師から「左側三叉神経障害(第3枝領域)」と診断された。

三叉神経とは、下顎部(両耳付近の下顎付根付近)の小径穴から下顎骨全体に走る神経をいい、下顎部三叉神経は下顎神経とも呼ばれ、第3枝領域と呼称される。また、同神経は、顔面部の痛み、冷熱感、触覚などを知覚する部位であり、同神経に障害が生じると痛みや知覚異常などが発現する。なお、下歯槽神経は、三叉神経第3枝である下顎神経の枝の一つである。

そこで、◇は、△に対し、神経の走行位置を確認した上で、インプラントの埋込方向や深度に注意しつつ施術すべき義務があったのにこれを怠り、その結果、◇の左側三叉神経を損傷したとして、診療契約の債務不履行に基づく損害賠償を求めて訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

患者の請求額:
500万円(慰謝料)

(裁判所の認容額)

認容額:
290万円(慰謝料)

(裁判所の判断)

歯科医師に術前検査を怠った過失があるか

この点につき、裁判所は、日本歯科医学会が歯科インプラント治療指針をまとめた平成25年3月時点の歯科治療における一般的な知見として、歯科インプラント治療に関わる代表的な偶発症として、下顎臼歯部の手術における下歯槽神経損傷の頻度が高いため、CT等を用いた術前検査にて神経の走行を確認し、埋入方向や深度に注意を払う必要があることが認識されていたと判示し、◇と△との間の診療契約上、かかる神経損傷を生じさせないため、適切な術前検査をして神経の走行位置を確認し、インプラント体の埋込方向や深度に注意を払うべき注意義務が△にあったこと自体は特段争われていないとしました。

△は、本件手術に先立ち撮影していた本件写真1が存在し、口腔模型を作成した上で本件手術を行ったので、同義務の違反はない旨の主張をしました。

しかし、裁判所は、CT画像を撮影すれば、本件手術によって埋入されたインプラントの先端が下歯槽管に重なる位置に達すると分かり、パノラマレントゲン写真であったとしても、そのような読影をし得ること、しかるに、△歯科医師は、そもそもそのような読影をせず、下歯槽管がより下方(顎側)にあると誤解していたと認定しました。

そして、かかる誤解をしていた△歯科医師が、本件手術に先立ち、かつて撮影した本件写真1を見た以上に、下歯槽管の位置を正確に把握しようと努めたことについての具体的な主張立証はなく、口腔模型によって歯茎内部の構造を正確に把握することはできないから、口腔模型を作成した点を捉えて、上記の注意義務(適切な術前検査をして神経の走行位置を確認し、インプラント体の埋込方向や深度に注意を払うべき注意義務)を果たしたことにはならないと指摘しました。

裁判所は、そうすると、△歯科医師は、下顎臼歯部の手術における下歯槽神経損傷というインプラント治療に関わる代表的な偶発症を発生させないようにするための適切な検討を尽くしたと認められないから、上記の注意義務(適切な術前検査をして神経の走行位置を確認し、インプラント体の埋込方向や深度に注意を払うべき注意義務)に反した過失があったと判断しました。

以上から、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇の請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2023年7月10日
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