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No.467「脳動脈瘤のクリッピング手術を受けた患者が、脳内出血による腎不全に基づく急性心肺機能不全で死亡。医師に術後の緊急事態に対応する措置を怠った過失があったとして、病院側に責任が認められた地裁判決」

水戸地方裁判所平成17年2月23日判決 判例タイムズ1242号267頁

(争点)

第2回手術後の措置が不適切であったか否か(更に開頭手術を実施する必要性があったか、同手術を実施すれば救命の可能性があったか否か)

*以下、原告を◇、被告を△と表記する。

(事案)

A(当時65歳の男性)は、平成4年(以下、特段の断りのない限り同年のこととする)1月半ばころ、自宅で倒れ、市内にあるK病院を受診し、頭部CT検査を受けた結果、小さな脳梗塞が発見された。

Aは、同月29日、医療機関経営団体(法人)である△の開設、経営する病院(以下、「△病院」という。)の脳神経外科を受診し、頭部CT検査を受けたところ、脳梗塞が発見されたため、精密検査を行うことになり、2月12日、精密検査のため△病院に入院した(以下、「第1回目入院」という。)。精密検査の結果、Aの脳に未破裂脳動脈瘤があることが発見された。

△病院のB医師は、同月19日、A及びその妻子(以下、妻子を「◇」という。)らに対し、Aの脳に未破裂脳動脈瘤があることが発見されたことや、この未破裂脳動脈瘤が破裂し、くも膜下出血をきたす可能性があることを説明した。

Aおよび◇らは、同月22日、Aが未破裂動脈瘤の破裂を予防するための手術(以下、「本件手術」という。)を受けることを表明し、Aは退院した。

3月2日、Aは、本件手術のために△病院に入院(以下、「第2回目入院」という。)した。B医師は、脳動脈瘤をクリッピングする方法で手術をすること、本件手術においては全身麻酔し、緊急の場合には輸血をする場合もあることを説明した。

3月10日、Aは本件手術として第1回目の手術(以下、「第1回手術」という。)を受けたが、その終了後、脳動脈瘤が存在したのとは異なる場所に脳内出血が発見され、午前2時20分、第2回目の手術(以下、「第2回手術」という。)が行われた。

第2回手術は、血腫の除去及び外減圧(頭蓋骨の一部を外し、腫れた脳がその部分に逃げやすいようにする。)を行うものであり、B医師が執刀し、F医師及びC医師がこれを介助した。仰臥位にて、頭部を左に約20度傾け、第1回手術の手術創を再度切開した。骨片を除去し、硬膜を再切開すると、脳の緊満は比較的強く、脳表の前頭頭頂葉側に血腫が露出していた。顕微鏡を導入し、当該血腫(合計25ml)を摘出した。血餅の周辺には毛細血管が認められるだけで、動静脈奇形等は認められず、出血源はこれらの毛細血管であると思われ、血腫を取った血腫腔をオキセルコットンで止血した。

中側頭回を切開してCT画像上の最大の血腫に到達し、これを摘出した。周辺を観察したが、上記前頭頭頂葉の血餅と同様の所見であり、毛細血管が認められる以外に異常血管や挫傷等は認められなかった。毛細血管の周辺(血腫を取った血腫腔)をオキセルコットンで止血し、出血のないことを確認した。脳の緊満は中等度となり(軽快した)、それ以上の血腫の探索を行わず、外減圧に備え一部を人工硬膜を用いて硬膜形成をした。

なお、第2回手術において血腫が全部取られたわけではなく、大きくて取れるものを取り除いただけであり、全体の約半分にとどまった。

午前4時40分、第2回手術が終了した。

午前5時に麻酔が終了し、午前5時20分にAが帰室した後、△病院医師は、Aに対し、人工呼吸器を装着し、バルビツレイト療法(麻酔薬であるチオペンタール等を使用して静脈麻酔をかけ、全身を麻酔状態とし、代謝機能を落とし、脳の減圧等を得ることを目的とする治療)を施した。

しかし、Aには、午前5時30分に瞳孔散大(左右とも6mm)及び対光反射喪失がみられ、さらに、午前6時には除脳硬直が認められ、脳ヘルニア(高度の頭蓋内圧亢進あるいは頭蓋内占拠物の巨大化、髄液貯留やうっ血や脳浮腫の増悪により、脳組織が局所的な変形だけで代償できず、圧抵抗の低い方向に偏位、移動して脳組織を区画している隔壁の間隙から、正常位でない部分に脳組織そのものが押し出される現象)の状態となっていた。

午前10時30分ころ、△病院医師が頭部CT検査を行ったところ、大きな硬膜外血腫が生じていることが判明したほか、非常に強い脳浮腫がみられ、第2回手術での減圧が不十分であったことが明らかとなった。

B医師は、本件の硬膜外血腫について、ベッドサイドにて、皮膚切開を行い除去した。

Aは、第2回手術後、一度も意識を回復せず、同月19日午前4時30分心停止となり、同40分、△病院において、脳内出血による腎不全に基づく急性心肺機能不全で死亡した。

そこで、Aの相続人ら(妻◇1および子◇2ないし◇4)は、Aが死亡したのは、手術適応がないのに、△病院医師の不適切な説明によりAが本件手術を受けることを承諾したためであり、また、本件手術及びその後の手術において同医師に手技上の過誤があったためであるなどとして、△に対し、診療契約の債務不履行による損害賠償(民法415条)を求めた。

(損害賠償請求)

患者遺族の請求額:
5681万円
(内訳:葬儀費用120万円+逸失利益2450万+慰謝料2600万円+弁護士費用516万円。相続人が複数のため端数不一致)

(裁判所の認容額)

認容額:
3956万2519円
(内訳:(葬儀費用120万円+逸失利益1975万3149円+慰謝料2400万円)×0.8+弁護士費用360万円。端数不一致)
*損害の公平な分担を図るため、弁護士費用以外の患者に生じた損害額について2割を減じている。

(争点に対する裁判所の判断)

第2回手術後の措置が不適切であったか否か(更に開頭手術を実施する必要性があったか、同手術を実施すれば救命の可能性があったか否か)

この点について、裁判所は、本件においては、第2回手術で脳内出血(血腫)は一応十分といえる程度に除去したにもかかわらず、第2回手術が午前4時40分に終了し、午前5時20分にAが帰室してすぐの時点である午前5時30分に既に瞳孔の異常(左右ともに瞳孔散大、対光反射喪失)がみられたのであり、病状が急激に進展していること、減圧の効果があったか、あるいは脳ヘルニアの状態がどのようになっているかを示すものとして、瞳孔の状態は重要な所見とされていること、ドレナージの留置の際や頭皮縫合の最後の過程において、見えないところでの操作を伴う以上、動脈を損傷している場合があることを予見できなくはないことなどからすれば、午前5時30分に瞳孔の異常が判明した時点で、速やかにCTの撮影を行い、3回目の開頭手術(硬膜外血腫の除去及び十分な止血等)を行うべき義務があったと解するのが相当であり、△病院医師にはこれを怠った過失があるというべきであると判示しました。

そして、鑑定の結果及び手術の経過や手術前のAの生活状況を併せ考えると、△病院医師がAに対して3回目の開頭手術を行っていたならば、植物状態になる可能性が高く、少なくとも介助生活は免れ難いとしても、Aが本件での死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認しうる高度の蓋然性を認めることができるから、上記過失とAの死亡との間には因果関係が認められると判断しました。

以上より、裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲で◇らの請求を認め、この判決は控訴されましたが控訴審で和解が成立して、裁判は終了しました。

カテゴリ: 2022年11月10日
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