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No.71「精神病院入院中の患者が病室で自殺。病院側に損害賠償を命ずる判決」

福岡地方裁判所小倉支部 平成11年11月2日判決(判例タイムズ1069号232頁)

(争点)

  1. 患者の自殺は予見可能であったか
  2. 夜間の巡回体制を整えること等によって、患者の自殺は回避可能であったか
  3. 損害
  4. 過失相殺

(事案)

患者A(死亡当時52際の男性)は、平成8年10月3日、アルコール依存症、精神分裂病、肝障害等の治療のため、Y医療法人が開設経営しているY病院に入院した。

Aは平成9年3月12日午前1時ころ、病室において、窓の格子にシャツを通して首を吊り、死亡した。Y病院病棟の定時の巡回は午前5時から午後11時までは、1時間の間隔で行われていたが、他の時間帯は行われていなかった。患者Aの相続人(兄弟姉妹)4名がYを被告として訴訟を提起した。

(損害賠償請求額)

遺族合計で1400万円
 (内訳:逸失利益1042万0969円+慰謝料1500万円+葬儀費用100万円+弁護士費用200万円合計2842万0969円の内金)

(判決による請求認容額)

遺族合計で610万円
 (内訳:逸失利益0円+慰謝料1000万円+葬儀費用100万円の小計1100万円について5割過失相殺で550万円+弁護士費用60万円)

(裁判所の判断)

患者の自殺は予見可能であったか

裁判所は、患者Aの病状や病棟日誌の記載内容などを検討した上で、患者Aは、自己の病気について病識がなく、症状は一進一退を繰り返し、隔離室と閉鎖病棟の間を行ったり来たりしており、改善に向かっているとはいえないこと、平成9年2月1日から自殺に及んだ3月12日まで、YとしてもAを自殺企図者または要注意者であると認識していたことが伺えると判示し、医師や看護師らにおいて、Aが自殺に及ぶ危険性があることを事前に予見することは可能であったと認定しました。

夜間の巡回体制を整えること等によって、患者の自殺は回避可能であったか

裁判所は、「患者の生命・身体に対する安全を確保することは、患者の治療を行うための前提であるといえるところ、通常、夜間においては、病院関係者及び他の患者の目がなくなるために、日中に比し、自傷他害のおそれのある入院患者が、現実に自傷他害行為に及ぶ可能性が高くなることは否定できないところであって、精神病院においては、夜間において、患者の異変等を早期に発見し、患者の生命・身体に対する安全を確保するための措置が必要であり、夜間一時間毎程度の巡回がなされていれば、通常、患者にとって、自傷他害行為に及ぶことに対する心理的抑制になるうえ、自傷他害行為に及ぶ準備行為等をしている段階で発見して、未然に防ぐことができるといえること、また、自傷他害行為に及んだ後、できるだけ早い時期に発見して、救命の措置等をとることができた可能性が高いといえる」などと判示し、Y病院の職員による夜間一時間毎程度の巡回がなされていれば、患者Aの死亡という結果を回避することは可能であったと認定しました。

損害

患者Aが死亡する4,5年前から生活保護を受けていて、その間は雇用先がなく仕事をしていなかったこと、酒を毎日大量に飲み、アルコール中毒で2回入院したことなどから、裁判所は、患者Aは、もはや就労意欲を失っていたとして、逸失利益の主張を退けました。

過失相殺

裁判所は、本件損害発生においては、患者Aが自ら命を絶っていることが原因となっていることが明らかであるので、損害の公平な分担の見地から、民法418条所定の過失相殺の法理を類推適用して、Yの賠償すべき損害額を減額するのが相当であると判示し、5割減額として、上記認容額の損害賠償をYに命じました。

カテゴリ: 2006年5月24日
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