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No.186「胎児が死亡し、帝王切開ではなく経膣分娩で急速遂娩を行った後、妊婦がDICを原因とする出血性ショック及び多臓器不全によって死亡。市立病院の医師の対応に過失はないとし、遺族の請求を棄却した地裁判決」

水戸地方裁判所土浦支部平成13年11月20日判決 判例タイムズ1185号 282頁

(争点)

  1. 医師は、患者が早剥を発症していることの診断を遅延し、患者に対し、早剥とこれに伴うDICの進行予防、症状改善のために必要な治療処置を怠った事実があったか
  2. 医師が急速遂娩の方法として、帝王切開によらずに経膣分娩を行ったこと及びその際にとった処置、方法並びに遂娩後の措置等に誤りがあったか

(事案)

Aは、平成6年(以降、同年については年を省略)1月18日、Y市立Y病院で妊娠6週6日、出産予定日9月8日との診断を受けた。2月15日、切迫流産のおそれからY病院に入院したが、同月19日に退院し、以後、異常はなく、妊娠の経過は順調だった。

8月30日(以降、同日については日付を省略)午前9時ころ、Y病院で主治医のB医師の診察を受けたが、在胎週数は38週と5日であり、特に異常はないと診断された。しかし、同日午後4時過ぎころから、頭痛を感じたため、Y病院へ電話したところ、応対した者から、少し様子を見るように言われた。

その後、頭痛は落ち着いてきたが、持続的な腹緊がでてきたため、午後8時15分ころ、Y病院に再び電話をかけた。応対したC助産婦は、分娩が始まる徴候ではないかと考え、Aに入院を指示した。Aは、午後9時5分ころ、Y病院に到着した。

B医師は、午後9時40分ころAを診察し、胎児心音の不聴から胎児の死亡を確認するとともに、超音波断層検査の結果、胎盤後血腫があることを認め、その旨を診療録に記載した上、夜間の拘束勤務医であったD医師に対し、「胎盤後血腫がある。早剥だ。早く児を出そう。」などと告げた。

そして、B医師は、Aに対し、採血して血液検査を行い、その検査結果の判明を待たずに、直ちに急速遂娩の実施を決定し輸血の準備、点滴のための血管の確保を行った。  B医師は、午後10時ころ、Y病院に来たX(Aの夫)に対して、胎児が死亡している可能性が高いことと、胎児死亡の原因としてはAが胎盤剥離を発症している可能性があることを説明するとともに、早く児を娩出しなければDIC(播種性(汎発性)血管内血液凝固症候群)を発症し母体が危険な状態に陥る旨を告げた。その際、Xが、「帝王切開ですよね。」と尋ねたところ、B医師は、しばらく間を置いた後、「普通分娩でやります。」と答え、Xがさらに「大丈夫ですか。」と聞いたのに対し、「やってみます。」などと答えた。

この頃、Aの子宮口は三指大に開大し、破水しており、B医師は、ネオメトロを挿入して精製水150mlを注入するなどしたが、子宮口が開いているため出てしまい、これを抜去した。

B医師は、Aに分娩促進剤を投与してから、午後10時30分ころ、吸引分娩を開始し、午後10時58分ころ、死亡胎児と胎盤を同時に娩出した。

Aは、分娩直後に2250mlの出血をし(内、1730mlは分娩時既に生じていた内出血であったと考えられる)、その後も子宮収縮が不良で、子宮からの出血量が増え続けたので、分娩直後から、Aに対し、保存血や献血による新鮮血の大量の輸血が行われたが、出血は止まらず、翌31日午前0時50分ころには心停止状態となった。  Aはカウンターショックを施行されて蘇生したが自発呼吸を維持できず、人工呼吸が必要な状態となり、同日午前5時ころにはAの出血量は合計8850g、輸血量は合計7600mlに達した。

Aは、Xの希望により、同日午前5時50分ころ、E病院に向けて搬送され、同病院の集中治療室で治療を受けたが、その後も出血が止まらず、9月1日午前8時38分、出血性ショック及び多臓器不全により死亡した。

その後、遺族であるXとAとXとの子は、Y病院の医師らの対応や治療措置等に過失があったとして、損害賠償を求めて訴えを提起した。

(損害賠償請求額)

遺族(患者の夫と子供1人)の請求額 :計8107万1710円
(内訳:患者の逸失利益4720万1710円+患者の慰謝料1500万円+遺族固有の慰謝料各500万円×2+葬儀費用150万円+弁護士費用737万円

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:計0円

(裁判所の判断)

医師は、患者が早剥を発症していることの診断を遅延し、患者に対し、早剥とこれに伴うDICの進行予防、症状改善のために必要な治療処置を怠った事実があったか

この点について裁判所は、B医師は、Aに対する超音波断層検査の結果、胎児の死亡と胎盤後血腫を確認した時点で、Aが早剥を発症していることを認識し、その後は、早剥に伴いDICを発症する危険があることを念頭に置いた上で、DICの進行防止、症状改善のための治療処置をとっていると認められるのであって、その処置が不適切であったとすることはできない、と判示しました。

医師が急速遂娩の方法として、帝王切開によらずに経膣分娩を行ったこと及びその際にとった処置、方法並びに遂娩後の措置等に誤りがあったか

この点について裁判所は、まず、急速遂娩の方法として帝王切開を行うか、経膣分娩を行うかの選択をする基準となるべき要素としての医学的知見について、次のように認定しました。

一般的には、分娩が進行しており子宮口が全開又は全開大に近い場合、胎児が死亡してその救命の必要がない場合、母体の全身状態が悪化して手術に耐え得ない場合などは、人工破膜、陣痛促進剤の投与により分娩を促進し、吸引分娩術、鉗子分娩術によって経膣分娩を行い、他方、分娩が進行しておらず子宮口の開大が不十分で、分娩が短時間で終了する見込みがない場合、胎児が生存している場合、母体の全身状態が悪化しておらず手術に耐えうる場合等は帝王切開を行うとされるが、特に、胎児が死亡している場合は、胎盤の剥離が相当進んでいることを示し、母体の全身状態が悪化していることが多いため、早急に子宮内容物を娩出する必要があるので、短時間で経膣分娩が終了すると予測される場合を除いては、帝王切開が選択されるべきである。

その上で、本件では比較的速やかに急速遂娩が遂げられたこと、仮に本件において帝王切開を実施していたとしても、経膣分娩より早く遂げることができたとは認められないこと、Aは分娩開始時には既に重篤なDICを発症し、全身に強い出血傾向があったと考えられること、Aに対しては分娩中からDICの進行防止、症状改善のために抗凝固療法、酵素阻害剤による治療がなされ、分娩直後から大量の輸血がなされたにもかかわらず、Aは出血が止まらず死亡していることなどを総合すれば、本件において、B医師が、Aに対し、経膣分娩を選択して急速遂娩を行ったことが不適切であったと認めることはできず、また、帝王切開を行った場合に比べてAを死亡させる危険が高かったとも認められない。

よって、B医師が急速遂娩の方法として経膣分娩を行ったこと、その際にとった措置、方法並びに遂娩後の措置等に誤った点があったとは認められない、と判示しました。

以上から、裁判所はB医師の過失を否定し、遺族の請求を棄却しました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2011年3月 9日
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