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No.374 「骨折治療のため観血的整復手術を受けた女児が、局所麻酔薬中毒を原因とする全身痙攣による酸素供給不足が原因となって死亡。麻酔薬投与と全身痙攣発症後の処置につき医師の過失を認めた地裁判決」

静岡地方裁判所富士支部平成元年1月20日判決 判例タイムズ704号252頁

(争点)

  1. 局所麻酔薬の投与等についての過失の有無
  2. 全身痙攣発症後の処置についての過失の有無

(事案)

A(事故当時小学校5年生・11歳の女児)は昭和60年6月15日午後3時30分頃(以下、特別の記載のない限り同日のこととする)通学している小学校の教室において、友達と一緒に教室出入口の鴨居に両手を掛け、ぶら下がって勢いをつけて後方に飛ぶ遊びをしていて後方に飛び降りた際、前のめりになり、床に手を突いたことにより左手首上方を骨折し、自分で音楽室まで歩いて行き、J教諭に助けを求めたところ、J教諭は、直ちに自己の運転する自動車にAを同乗させ校医であるY医師(昭和37年7月医師免許取得・昭和62年6月6日死亡。)の開設するY外科医院(以下、「Y医院」という。)へAを連れていった。J教諭が来院前にAの患部を見た際、患部に出血は見られなかった。

Aは、J教諭に付き添われて同日午後4時前頃、Y医院に到着した。来院した当時のAは、しばしば大声で「痛いよう」と言って激しい疼痛を訴えていたが、会話の応答は正確で、取り乱して泣き叫ぶということはなく、顔面も蒼白ではなかった。

Y医師がJ教諭に対してAの受傷状況を尋ねたところ、同教諭から、「どこか高いところから落ちた」との説明を受けたが、それ以上の具体的な説明は聞かなかった。

Y医院に来院した当時のAの患部は、左手首がだらんと屈曲し、左手首が横から上に反るような状態で、素人目に見ても一見して骨折と分かるものであり、患部の周囲は血腫で腫脹があり、手指の循環不全が軽度あった。Aを診察したY医師は、Aの保護者の来院前であったが、取りあえず応急処置をすることにし、まず1階レントゲン室にAを連れて行き、正面方向から左手首付近患部のレントゲン写真を4つ切りの大きさで一枚撮影し、すぐその結果を調べたところ、橈骨と尺骨が二本とも骨端で完全骨折し、いずれも数ミリメートルほど左右にずれを生じ、転位していることが分かり、左前腕複雑骨折と診断した。Y医師は、本来であれば、正面方向からのほか、側面等の方向からもレントゲン撮影をすべきものであると考えていたが、Aが泣いていて余裕がなかったので、正面方向以外からのレントゲン撮影をしなかった。また、J教諭からは頭部を打ったようなことを聞いていなかったので頭部レントゲン写真の撮影をしなかった。

Y医師は、レントゲン写真の結果等から、Aの患部の屈曲が顕著で、骨折の転位が著明であり、骨折した骨が血管その他を傷つけるおそれがあるとともに徒手整復によっては脂肪塞栓を発症させるおそれがあると考え、徒手整復による治療では無理であり、直ちに観血的手術をする必要があると考え、Aの母X1(産婦人科医院で准看護師として働いていた)に対し、レントゲン写真を示して、転位がひどいので手術が必要である旨説明した。

X1は、手術の必要性について疑問を感じたりしたが、手術の必要性について確認すると、Y医師より重ねて、「切開しなければ治らない、骨がずれちゃっているから。」などと言われたりしたので、Y医師による手術を受けることを承諾した。

こうしたのち、まもなく、Y医師は、看護師を通じ、X1から、Aの体重が36キログラムである旨聞いたが、手術前に既往歴やアレルギー体質の有無などについての問診をしなかった。こうして、Aは、手術を受けることになり、外来診察室から入院が予定された2階の病室に一旦立ち寄ったのち、同日午後5時前頃、看護師に連れられて2階手術室に入った。

Y医師は、手術室に入ったAを手術台上に横にさせたのち、自ら又は看護師に指示して右上膊部に自動血圧計を巻き、ワイヤレスの心電計をセットした。自動血圧計を動かしてから3分後の最初の血圧は、上が129、下が71であり、11歳の女児としては高かった。

Y医師は、手術に先き立ち、看護師に指示して前投薬アトロピン0.5mgを筋注させ、電解質補液に止血剤トラメチン、副腎皮質ホルモン・グレイトンを混入して点滴を開始したのち、自らAの左腋窩部位を消毒し、20cc入りの注射器2本にそれぞれ20cc注入した局所麻酔薬キシロカインE(10万分の1のエピレナミンを含有する1パーセント液であり、以下同じ)を使用し、左腋窩に浸潤麻酔としてキシロカインEを一定量(少なくとも10cc位)皮下注射し、次いでこの麻酔の効力が効き始めた数分後、左腋窩神経に向かって伝達麻酔としてキシロカインEを一定量(少なくとも10cc位)を注射し、しばらく様子を見ていたところ、大声で泣いていたAが泣き止んだので麻酔の効能があったと判断したが、Aの左手首付近をもって、「どうだまだ痛いか」と尋ねたところ、「うん」という返事があったので、まだ完全に麻酔が効いていないものと即断し、更に左腋窩神経に向かって伝達麻酔としてキシロカインEを一定量注射し、このように僅か数分あまりの間に3回に亘り局所麻酔薬キシロカインEを注射したもので、その使用量は3回合計で30ないし40ミリリットルであった。

Y医師は、その後、完全に痛みが取れたと思われたので、左上腕神経叢に長針を2回指してAに指先に痛みを感じるかどうかを発問し除痛を確かめた。

Y医師は、除痛確認後15分位経ったのち、Aの患部を消毒し、点滴していた側管から20ccの蒸留水に溶かした鎮痛剤ソセゴン15ミリグラム2アンプルを麻酔補助として静注してAの左手首骨折部分の橈骨寄りを縦に6センチメートルくらい皮膚切開して整復を始めた。

整復を始めたY医師がAの左手関節を操作していた午後6時過ぎ頃、突如、Aに痙攣発作が起こり、両手足を引きつり、口から泡を出したりした。そのときの血圧は上が194、下が93、脈拍は1分間160で血圧が急激に上昇し、頻脈状態になった。そのため、Y医師は、直ちに手術を中止し、看護師に指示して即効性の筋弛緩剤サクシン(塩化スキサメトニウム)20ミリグラムを点滴の側管から静注させる一方、自ら人工呼吸器による気管内挿管をして酵素を供給したのち、一旦発作の収まったAの骨折の矯正を完了しないまま、切開箇所を縫合して副木を当て包帯を巻いた。

次いで、最初の痙攣発作から20分位経った頃、2度目の発作がきたので、Y医師は看護師に指示してサクシン20ミリグラムを前同様の方法により静注させたところ、発作は一応収まったが、その後、さらに20分位経過した際、3度目の発作の兆候がみられたので、看護師に指示してサクシン20ミリグラムを前同様の方法により静注させた。そのほか、発作が起こったときにサクシン20ミリグラムを2アンプル使用した。

午後7時過ぎ頃、Aの父母であるXらは、看護師に呼ばれて手術室に入った。Xらが見たAの発作は、顔面蒼白になって、顔その他身体全体を痙攣させ、手足をバタバタとし手術台上でバウンドしているような非常に激しいものであった。

Aの激しい全身痙攣は少なくとも2時間位断続的に続いたが、その後、次第に弱くなり、症状が落ち着き、午後11時頃にY医師が人工呼吸器を自動から手動に切り換えたときからすべての体動はみられなくなり、自発呼吸するような状態になり、その頃からY医師は、筋弛緩剤の中和剤を間欠的に筋注したりした。こうした間、Y医師は、鎮痛・抗痙攣剤10パーセントフェノバール(パルビツール酸誘導体の長時間型催眠剤で、催眠量以下の投与でも抗痙攣作用がある。皮下又は筋肉に注射して使用され、静脈注射は禁忌とされている。)2アンプルを2回に分けて筋注したほか、血圧が高くなった時点にアポロプロン1アンプルを筋注し、熱が上がり気味のときに解熱剤タナミンを筋注し、点滴に脳賦活剤ルシドリール・シチコリン、副腎皮質ホルモン・クレイトン、抗生物質ダラシンを混入投与したりした。しかしながら、Y医師は、前記キシロカインEの使用説明書が記していた即効性のある抗痙攣作用を有するジアゼパムの製品ホリゾン注射液を常備し、使用可能であったものの、ホリゾンをAに投与しなかった。

翌16日午前7時過ぎ、Y医師は、Xらの強い希望によりAを転院させることにし、その後、救急車に同乗し、意識喪失状態にあったAに酸素吸入を続けながら、F総合病院に移送した。Aは午前8時30分頃、F総合病院に到着し、直ちに処置室で、不整脈治療のため塩酸リドカイン30ミリグラムの静注を受けたほか、各種の蘇生措置を受けたが、意識を回復しないまま、同日午前10時40分頃、死亡した。

そこで、Aの父母であるXらは、Aの死亡につき、Y医師に対し、観血的手術選択の過誤、局所麻酔薬過量投与の過誤、全身痙攣発症後の処置の不適切といった債務不履行・不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。

(損害賠償請求)

患者遺族の請求額:
両親合計7578万3224円
(内訳:逸失利益4636万7196円+葬儀費用100万円+患者の慰謝料2000万円+遺族固有の慰謝料両親合計1000万円+弁護士費用600万円の合計8336万7196円の内金)

(裁判所の認容額)

認容額:
両親合計4016万9082円
(内訳:逸失利益2086万9085円+葬儀費用70万円+患者の慰謝料1200万円+両親固有の慰謝料300万円+弁護士費用360万円。遺族が複数のため端数不一致。)

(裁判所の判断)

1 局所麻酔薬の投与等についての過失の有無

裁判所は、まず、局所麻酔薬の使用は時に重大な危険性を有しているものであるから、その使用にあたっては一般に細心の注意が求められることは当然であり、局所麻酔薬の極量は血中濃度の上昇による急性中毒を防止するために定められているものと解されるので特別の医学上の必要のない限り、極量をこえて使用すべきでないことはもとより、キシロカインEの使用説明書にも明記されているように具体的な症例に対する使用量については年齢、麻酔領域、部位、組織、症状、体質により適宜増減し、できるだけショック様症を避けるためにできるだけ必要最少量にとどめて使用することなどが求められるというべきであると判示しました。

しかるところ、Y医師は、11歳の女児であるAの左前腕骨骨折治療のための局所麻酔に、浸潤、伝達麻酔として僅か数分間余りの間に3回に亘り、成人1回に対する極量からAの体重の36キログラムを基準に換算して得られる極量を幾分上回るか、又はこれを多少下回るだけで極量に近接した30ないし40ミリリットルのキシロカインEを注射したが、手術室に入ったのちのAの血圧は年齢にしては高く、麻酔前に大声を出して泣くこともあり、精神的な不安定状態を示していたのに格別の考慮を払わず、キシロカインE(塩酸リドカイン)は作用発現が迅速確実で持続時間も比較的長い特徴を有するのに、2回目の注射後、左手首付近を持って「どうだ痛いか」と尋ねただけで追加麻酔の必要があると即断して3回目の注射に及んだものであり、また手術前に鎮痛剤ソセゴン15ミリグラムを除痛のため筋注し、キシロカインEの投与直後、麻酔補助のためソセゴン15ミリグラム2アンプルを静注したが、上記ソセゴンはそれ自体がショック症状を起こすことがあるとされている医薬品であるばかりではなく、幼・小児に対する投与の安全性が確立されていないので投与しないことが望ましいとされているもので、しかも上記右投与量は通常成人に対する用量と同量の多量に達し、こうした局所麻酔薬等の使用により、特異体質や死因となるような病変疾患のないAに比較的急速で重篤な局所麻酔薬中毒を生ぜしめたもので、ソセゴンの使用も症状の発現、増悪に関与した可能性もあることなどが認められるものであって、こうしたソセゴンの不相当、過剰投与にキシロカインEの大量かつ一括的な投与事実等によれば、たとえキシロカインEの使用量が30ミリリットルにとどまるものであるとしても、Y医師のしたキシロカインEの投与量は必要最少量を著しく超えたものであると認められると判示しました。Y医師が局所麻酔薬を使用した場合の危険の予見可能性があったことは当事者間に争いがなく、Y医師の局所麻酔施術には医師として課せられた注意義務の違反があったと判断しました。

2 全身痙攣発症後の処置についての過失の有無

この点について、裁判所は、局所麻酔薬による副作用は不可避的に起こる場合もあり、医療行為に携わる医師は、局所麻酔薬を使用する場合には、副作用の発現に備え事前に静脈の確保その他救急処置のとれる準備をなすべきはもとより、局所麻酔薬の使用が原因で全身痙攣が発症する場合もあるが、全身痙攣は数分間のうちに抑えなければ脳に対する酸素供給不足により致命的になるものであるから全身痙攣が起こったときの処置、手技についての知識、方法等も診療時の一般臨床医の水準として確立されたものについてはこれを身につけておくべき義務があるものというべきであると判示しました。

そして、Aの全身痙攣の原因はY医師の使用したキシロカインE(塩酸リドカイン)中毒によるもので、特異体質や外傷性癲癇、脂肪塞栓などが原因ではなく、心疾患もなく、しかも小児における脂肪塞栓の合併や頭部外傷の既往歴のない症例に外傷性癲癇が起こることはほとんどありえないことやAの場合は軽症例ではなく比較的急激な重篤例であるが、重篤例としては多数の麻酔学教科書等に記述されているような典型的な症状経過を示したものであったことなどの諸事実によれば、医師であるY医師にはAの全身痙攣の原因がキシロカインEの中毒によるものであることは容易に認識することができたものであると認めることができ、また、痙攣が起こった場合には人工呼吸等の処置に並んで即効性のある抗痙攣剤ジアゼパムを投与すべきであることはキシロカインEの使用説明書に明記されるなどして広く知られていたことやジアゼパムは心不全に対して禁忌とされていないことなどの諸事実によれば、フェノバールの投与では不十分であり、Y医師はホリゾンを投与すべきであったと認められるから、ホリゾンを投与しなかったY医師には全身痙攣に対する診断ないし処置を誤った過失があるものと認められるとしました。

裁判所は、上記(裁判所の認容額)の範囲でXらの請求を認め、その後判決は確定しました。

カテゴリ: 2019年1月10日
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