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No.250「整形外科医が右手の指が動かないなどとの症状を訴えた患者を正中神経麻痺との当初の診断を維持したために、脳梗塞の発見が遅れ、患者に後遺障害発生。医師の過失を認め病院側に損害賠償を命じた地裁判決」

大阪地方裁判所平成9年4月30日判決 判例タイムズ969号235頁

(争点)

  1. 脳梗塞発症時期
  2. 脳梗塞を発見すべき注意義務を怠った医師の過失の有無

 

(事案)

X(鈑金加工業経営者)は、平成3年11月ころから、右手が少々だるく感じられ、近所の整骨院に通院したが改善せず、同年12月28日には右手を伸ばすことができなくなり、右手の第三指から第五指が動かなくなったため、通院していた整骨院からY1医療法人が経営するY病院の受診を勧められた。また、Xはその約一週間後には、右手の第一指及び第二指も動かなくなった。

そこで、Xは、平成4年1月6日、Y病院を受診し、Xを診察した院長のY2医師(整形外科を専攻分野とする医師)に対し「平成3年11月ころから右手を伸ばすことができなくなり、その後、右手の全ての指が動かなくなり、右手に痛みがある。」などと訴えた。Y2医師は症状が右手の部位に限局されていたため、特にXの頭部や頸部のCT及びMRI撮影などは行わずに、Xの症状を右手の正中神経麻痺と診断し、同日、Xに対し、ビタミンを注射し、ビタミン剤(B6、B12及び総合ビタミン剤)の服用を指示した。

Xは、平成4年1月6日から同年4月8日までの間、休診日を除いてほぼ毎日、Y病院に通院し、ビタミン注射及び低周波刺激による治療を受け、ビタミン剤を服用していたが、右手及び右手の指が動きにくいという状態はさほど改善されず、かえって同年2月には右上腕から前腕にかけてしびれ感が生じ、同年3月中旬ころには右顔面にしびれ感が生じたため、これらの症状をY2医師らY病院医師に対して訴えたが、Y病院におけるXの病名の診断及び治療法が変えられることはなかった。

Y病院におけるXに対する診断及び治療方法に不安を抱いたXは、同年4月8日、S府立成人病センター(以下成人病センターという)を受診し、症状を訴えたところ、同日、頸椎及び頸部のレントゲン撮影、脳のCT撮影等の諸検査を受け、入院を勧められた。

Y2医師は、同月9日にXを診察した際、Xが口のしびれを訴えたため、末梢神経の疾患のみならず中枢神経系の疾患もあるのではないかと疑い、同日、Xの頭部のCT撮影を行ったところ、右側頭葉に低吸収域が発見されたので、脳梗塞と診断し、Xに対しY病院に入院して治療を受けるように勧めたが、XはY病院での治療に不安を抱き、前日8日には成人病センターを受診していることもあって、Y2医師による入院の勧めを断った。そこで、Y2医師は、Xに対し、脳梗塞の治療として脳循環改善剤の点滴を行うとともに、従来どおり、ビタミン剤の服用も指示した。

その後、Xは、同月10日、11日、及び13日にY病院に通院し脳循環改善剤の点滴を受けたが、同月14日以降は、成人病センターに入院するようになったため、Y病院に通院しなくなった。

Xは、同月14日に成人病センターの内科を受診し、入院を許可されたので同月15日に同センターに入院した。入院後のレントゲン撮影やCT撮影の結果、左後側頭葉に低吸収域があり(以下、「本件脳梗塞」という)、また頸椎のOPLL(後縦靱帯骨化症)があると診断された。その後、Xは、同月24日に成人病センターを退院し、同日から同年5月7日まで脳外科の専門病院であるN病院に入院した。N病院では点滴、脳梗塞の治療薬の内服、高気圧酸素療法及び右上肢のリハビリなどの治療を行ったが、入院期間中、Xの右上肢及び右顔面のしびれ感、右上肢の軽い麻痺はほとんど改善されなかった。XはN病院退院後も同病院及び成人病センターに通院していたが、右上肢及び右顔面のしびれ感並びに右上肢の運動障害は改善されなかった。平成4年6月13日、Xは本件脳梗塞による右手手指の機能の著しい障害が残ったことを理由にC市から身体障害者等級表による級別4級の認定を受けた。Xは、平成4年6月19日、T病院を受診し、同日入院し、輸液療法、内服投薬及び右手のリハビリによる治療を受けたが、右上肢及び右顔面のしびれ感並びに右上肢の運動障害は治癒しなかったため、同年11月14日にT病院を退院した。その後B病院に通院したが、同病院において、右手の症状はリハビリを受けても改善の見込みは薄いと診断され、結局、右上肢麻痺による運動機能障害、右上肢知覚低下、右半身の感覚障害等の障害(以下、「本件後遺障害」という)が残った。

そこで、Xは、Y1医療法人とY2医師に対し、Xの症状は脳血管障害によるものでないかと疑い、病因を特定するためにCT、MRI、血圧測定、血液検査、脳波検査等を実施し、これらの検査によって脳梗塞が発見された場合には、諸療法を実施すべき義務を負っていたにもかかわらず、かかる義務を怠り、Xの症状を、右手正中神経麻痺であると誤診し、脳梗塞に対して早期に内科的・外科的療法を実施しなかったためにXの脳梗塞が治癒せず、本件後遺障害が残ったとして、損害賠償請求訴訟を提起した。

 

(損害賠償請求)

患者請求額:3000万円
(内訳:逸失利益5030万2560円+慰謝料850万円合計5880万2560円の内金)

 

(判決による請求認容額)

裁判所の認容額:計1999万3200円
(内訳:逸失利益1524万3200円+慰謝料475万円)

 

(裁判所の判断)

1.脳梗塞発症時期

裁判所は、まず、Xの本件脳梗塞は脳血栓によるものと認定した上で、鑑定人の結論、成人病センター及びN病院の診断などから、本件脳梗塞は、Xが平成3年11月ころに突然右手を伸ばすことができなくなったころに発症したものであると判断しました。そして、本件脳梗塞が平成4年4月9日まで発見されず、脳梗塞に対する適切な治療が行われなかったために本件脳梗塞に起因する症状が右手から右上腕及び右顔面にも拡大し、本件後遺障害が残ったものと認めるのが相当であると判示しました。

2.脳梗塞を発見すべき注意義務を怠った医師の過失の有無

まず、裁判所は、Y1医療法人は診療契約に基づき、またY2医師はXを診察した医師として、Xに対し、善良なる管理者の注意義務をもって、専門的知識、経験を基礎とし、その当時における医学の水準に照らして当然かつ十分な診療をするべき義務を負っていたというべきであると判断しました。
 その上で、裁判所は

(1)正中神経麻痺によって手(手首から先の部分)の回内不能、指(第1ないし第4指、ただし、第4指については親指側のみ)の屈曲不能及び知覚障害並びに第1指と他の指の対峙不能などの症状を呈することはあっても、Xが訴えたような手の伸展不能、第1指ないし第5指の屈曲不能、前腕及び上腕の運動障害並びに顔面のしびれなどの症状を呈することはない。

(2)Y2医師が平成4年1月6日の時点でXを正中神経麻痺と診断し、その後もXの右手の伸展不能及び右指全部の運動障害が継続し、同年2月には右上腕部から前腕にかけてのしびれ感が、同年3月上旬には右顔面にしびれ感がそれぞれ生じたにもかかわらず、同年4月9日まで正中神経麻痺との診断を維持し、正中神経麻痺に対する治療を継続したことは、Y2医師が神経内科ではなく整形外科を専攻分野とする医師であることを考慮に入れたとしてもなお医師として軽率であったとの誹りを免れない。

(3)したがって、Y2医師は、Xの症状は、正中神経麻痺のような末梢神経の障害によるものではなく、中枢神経系の障害によるものであることを疑い、Xに対し、問診(右手の筋肉の緊張、右手の知覚障害、右手の反射、高血圧、糖尿病等の既往症の有無等について確認する。)、尿検査、血液生化学検査、末梢神経の伝達度検査を行い、その結果、脳血管障害による中枢神経系の障害が疑われた場合には、Xの頭部のCTやMRIによる検査を実施し、その有無を確認すべきであって、とりわけ脳梗塞の場合、発症後の初期から患者を入院させるなどして精神的かつ身体的安定を与え、次いで脳梗塞とそのための脳浮腫を軽減するための薬物療法(血栓溶解療法、トロンバキサン合成酵素阻害薬、脳浮腫治療薬の投与)を行うとともに、リハビリを開始し、慢性期に入るとともに運動療法及び脳循環代謝改善薬の投与などの治療を行わなければ、運動障害などの後遺症を回避することが困難であることに鑑み、医師としては、右の諸検査を出来る限り早期に実施すべき義務を負っていたと判示しました。

そして、Xの脳梗塞は平成3年11月頃に発症したものであり、XがY病院を受診した時点では、既に脳梗塞発症後1ヶ月を経過していたものと認められるから、Y2医師が平成4年1月6日の時点で中枢神経系の障害を疑い、諸検査を実施していたならば、本件脳梗塞を発見し得たものと認められること、そして、平成4年1月6日の時点では、本件脳梗塞の発症から約1ヶ月が経過したにすぎず、この時点でXを入院させた上で、脳梗塞とそのための脳浮腫を軽減させるための薬物療法を行うとともに、リハビリを開始し、脳梗塞の慢性期に入るとともに運動療法及び脳循環代謝改善薬の投与などの治療を行っていたならば、本件脳梗塞の完全な回避は困難であったとしても、少なくとも本件脳梗塞による後遺障害の程度を相当軽減することが可能であったと認定しました。

以上により、裁判所は、Y2医師には、上記(3)の注意義務を怠り、Xを正中神経麻痺であると誤診し、その結果、平成4年4月9日まで本件脳梗塞を発見することができず、そのために本件後遺障害の発生を回避しえなかった点において過失があったと判断しました。

そして、Y2医師はY1医療法人の履行補助者として診療行為を行ったものであるからY1医療法人も診療契約上の債務不履行責任を負うと判示しました。

以上から、裁判所は上記「裁判所の認容額」の範囲で、Xの請求を認めました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2013年11月10日
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